第5話 セクシー鶏料理店でバイトする俺

 Q界隈は江戸時代、そう巨きくない河が作った、広い三角州の上に出来た町だ。昔も色町だったらしい。

 Q界隈を囲む河は今では暗渠化されて、いやに細長い緑地になっている。緑地の中央にはきれいな人工の小川が流れている。

 Q界隈はソープを始め、セクシー居酒屋、カラオケ屋、ラブホやサパークラブ、そして在日ブラジル人が集まる飲み屋などが多い。

 キャバクラやホストクラブの類はない。そういうのは他の繁華街に多い。キャバクラなどが風営法で深夜0時に閉店した後、遊び足りないキャバ嬢や客などがサパークラブや居酒屋へ行き、ラブホに行く。サパークラブや居酒屋は表通りにあり、始発の交通機関が始まる朝5時まで営業しているのが多い。ソープ通りは裏道めいていて、最近は廃業している店もあるという。ソープの世界も二極化が進み、一晩で10万円もする高級店と、やや年配の嬢が居る格安店とが混ざっている。廃業したソープの店は、個室サウナやメンズエステになり、「本格足つぼマッサージ店」という看板を掲げた店も目立つ。そういう店は風営法の規制を逃れ、深夜以降の営業も可能だ。

 

 Q界隈に暮らす、家出をした15歳から17歳の若者は「キッズ」と呼ばれている。この年齢なら、Q界隈で夜10時までバイトが出来る。特に女子高生は仕事の需要が多い。

 俺は面接を受け、セクシー系の焼鳥屋にバイトすることとなった。俺の仕事は裏方の調理や食器洗いだ。時給は多くはないが、賄いが付く。中学時代を鶏肉店でのバイトで過ごした俺にとって、適職だった。

 その店では「ファイヤーバードガール」と呼ばれる、大胆に局部だけを隠し、大きなフリルのついた、黒味がかった紫色のビキニを着た女子高生達が、夜の10時までウェイトレスとして雇われている。10時以降は女子大生のバイトの出番となる。嬢達は皆、長い髪をアップにし、うなじを男達に見せることが義務付けされていた。女子高生の嬢達は毛先や耳横の頭髪を明るい紫やピンクに部分染めをしている。手の爪は食品を扱う店にふさわしく、短く切ってマニュキュアはベージュかそれに近い色に限られていた。その代わり、足は素足で足の爪には派手なネイルアートが競うようになされている。サンダルは自由で自費で買うことになっていて、踵の高いサンダルが好まれていた。嬢達はお尻や胸元に、フリルの中から見え隠れするようなタトゥーシールを貼っていた。

 ファイヤーバードガールの嬢達の競争は苛烈を極めていた。

 例えば背の高い、大きな胸の、顔立ちも派手な嬢はファイヤーバードガールの中でも高い位置にあり、頭に何本もの黒味がかった紫色の羽を刺している。店のリーダー的存在で、他の若い嬢達にいろいろ命令を下している。

顔立ちのきれいな、あるいは清楚な風情のある女の子は、客からメニューのオーダーを聞いたりビールや鶏料理を運んだりしている。お触りは絶対禁止、ビールや日本酒を客の杯に注ぐことも嬢達には許されていない。但しチェキやインスタなどの写真撮影はOKだ。フリルから胸のタトゥーシールが見え隠れする嬢は、男性客の人気を集め、ビキニのハンティの腰ひも部分に客から貰った名刺やチップの紙幣を挟んでいた。

 一方、容姿がまあまあな嬢達は、リーダーの嬢に命じられて、専ら下膳やテーブルの消毒や床の掃除をやっていた。

 嬢の中には、店の裏側の出口付近でしゃがんで泣いている者も、ときどき居た。

 嬢にとって店のユニフォームは、ときに身体を冷やし過ぎることもあった。何しろ冬でもビキニに素足だ。これがため、例え高給であっても嬢を辞めざるを得ない女の子も居るという。

 そして俺達バイトの男の子は、嬢と付き合ってはいけない決まりになっている。嬢とは仕事中、個人的な会話は絶対禁止されていた。

 俺達バイトの男の子は、料理を受け渡しするカウンターから嬢をチラ見してはSUKEBEな妄想に一瞬浸った。

 嬢も俺達男の子バイトも、夕方5時から10時まで休憩時間もなく、働かされていた。一日のうちで一番腹が減る時間帯なので、腹の欲求不満が溜まる。ついでに嬢達の姿で性欲も高まる。俺は黙々と鶏を捌いて料理をした。中学時代の鶏肉店でのバイトの経験があるので、俺は店長から重宝されたが、他の男の子バイトからは嫌がらせをされた。

 店のメニューでは普通の焼鳥よりも、唐揚げに人気があった。それに鶏のマリネも。客のほとんどが男性で、背広姿だったりポロシャツを着ていたりする、知的な雰囲気がする客筋が多い。そこにR街の肉体労働者が混じることもある。客達は、ホルモンを食べると精が付くと信じているので、ハツやレバー、砂ずりの料理やモツ煮込みを好んで注文して食べた。

 男達はファイヤーバードガールを眺め、欲求を高め、鶏料理でエネルギーを満たし、そして以降の時間を風俗で楽しむ。俺は同じ男ながら、そういう男の生態が不思議だった。


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