第126話 初デート ⑴
「なに着よう……」
滝沢と付き合って初めてのデート――。
私が勝手にデートと思っているだけかもしれないけど、これってデートだよね……。良くも悪くも今まで滝沢との距離が近すぎて、普通の恋人がどんな順序を踏んでいるのかわからなくなっていた。
滝沢はどんな服装の子が好きなのだろう。どんな髪型やメイクが好きとかあるのだろうか。本人に聞くのが一番早いことは確かだが、そんなことまで彼女に聞いて迷惑がかかってしまうかも知れないと思うと体が動かなくなっていた。
結局、滝沢の部屋の前で立ち尽くしてしまう。そうすると、タイミングよく部屋の扉が開き、滝沢が目を丸くしていた。
「どうしたの?」
「…………滝沢にどっちの私服がいいか選んで欲しい」
「なんで私?」
「滝沢がかわいいって思うの着たい」
私は恥ずかしくなって滝沢の顔を見れなくなってしまう。足先から顔に一気に熱が集まってくる感覚に襲われる。
「遠藤さんの部屋行けばいい?」
「――うん。準備の邪魔してごめんね」
「大丈夫」
滝沢を部屋に案内して、二つの服を並べた。
片方はチェックのロングスカートにトップスはベージュのニットのコーデ。もう片方は白ズボンに茶色のトップスをインするコーデ。滝沢は悩むことなくズボンのコーデを指さしていた。
「こっちかな」
「滝沢ってズボンの方好きだったりする?」
今まで滝沢と出かけるときは基本スカートが多かったので変えようのない過去のことが心配になる。
「遠藤さんはなに着てても似合うけど、あんまりこういう格好は見たことないから見てみたい」
さらっと私が喜ぶことを言って滝沢は部屋を出て行ってしまった。
滝沢はいつもずるいことを言う。ただ、無自覚に言っているのではなく付き合っているからそう言ってくれているとするのならと期待してとても嬉しい気持ちが湧いていた。
私は髪を結ってメイクを済ませて、部屋を出た。
部屋を出るとジーンズにタートルネックのニットをインした滝沢がいた。今日の私たちのコーデは似ているかもしれない。
最近、滝沢は大学で一緒に行動している山本さんにメイクを教えてもらっているらしい。
今日も山本さんに習ったというメイクをしていて、綺麗な顔がより映えている。
しかし、それは友達に教えてもらっているのだと思うと、少し自分の中で消化しきれない感情が生まれていた。何よりも納得いかないのは、山本さんが教えたメイクは滝沢の顔をよく理解したメイクであるのと、私の好みのメイクであることだった。私は不服な感情を抑えながらも滝沢の横に腰掛けた。
「今度から私がメイク教えるから山本さんに教えてもらうのやめなよ」
「なんで?」
「なんとなく」
山本さんに嫉妬しているからなんて絶対に言えない。
滝沢が大学で唯一仲良くしている友達を奪う気はない。ただ、嫉妬という感情は殺してもすぐに生まれてしまうのだ。そして、その嫉妬の感情を簡単に落ち着かせる方法はある。
「滝沢、目つぶって」
「なんで……?」
「そんなの言わなくてもわかるでしょ」
滝沢は真顔で黙ってこちらを見つめていた。今まで、なんであんなに自然にできていたのだろうと思うほど付き合ってから滝沢に触れることがえらく難しく感じてしまう。
今までは滝沢に意識して欲しいと必死だったのかもしれない。
「遠藤さんがつぶればいいじゃん」
「そしたら見えなくてできないじゃん」
「目つぶってもできるようになって。あと、リップ取れるから今はしない方がいいでしょ」
そう言って滝沢は「行こう」と立ち上がって玄関に向かってしまった。付き合えて嬉しいはずなのに、どう行動していいかわからず、この距離感をもどかしく感じながらここ数週間過ごしていると思う。
結局、私は滝沢にキスもできずに家の外にでた。
駅までの道をただ滝沢の横を並んで歩く。ちらちらと彼女を横目に見ては前を見て進んでいた。
手を繋ぎたいが、勝手に繋いだら怒られるだろうか……。
滝沢は目立つことが嫌いだ。街中で手を繋いでいたら少なからず、横をただ歩いているよりは目立つだろう。
滝沢の手に自分の手を伸ばしては引っ込めてを繰り返していて、明らかに私の行動は挙動不審になっている。
さすがに私の行動がおかしすぎたので、滝沢が変な私に気が付き、じーと見つめてきた。私は恥ずかしくなって目を逸らしてしまう。
次の瞬間、私の手に少しひんやりしたものが触れてきた。滝沢の手はいつも少し冷たい。しかし、私の手は体温が高すぎるので、滝沢の手と交わるとちょうどいい体温になる。
「た、たきさわ……」
喜びと驚きが混じり合い、変な声が出てしまう。
「遠藤さん、挙動不審すぎ。言いたいことがあるなら言って」
滝沢は少しムスッとした顔をしていた。私のよくわからない行動で彼女の機嫌を損ねてしまったことに深く反省して「ごめん……」と弱々しい声で伝えた。
そんな私の気持ちはスルーされ、滝沢はぎゅっと握っている手を引き寄せて私と体を密着させてくる。それだけの事に心臓が取れそうなほど大きく動き始めた。
「遠藤さんは私と手を繋ぐの嫌?」
そこにはさっきの私と似た少し不安そうな表情をした女の子がいた。
「ううん。ずっと繋ぎたいと思ってて……でもいいのかなって不安なってたから嬉しい」
「ほんと挙動不審過ぎ。言いたいことあるなら我慢しないで言ってよ。その……」
「その……?」
「付き合ってるんだし――」
今日はそんなに暑い日ではないのに滝沢は耳まで赤かった。その行動に心が持たなくなりそうになる。
もう私は片想いではないんだ……。
未だに片想いなのではないかという感覚に陥るが、滝沢のそういう行動が私の心を落ち着かせてくれる。握られた手はどくどくと音が鳴っていた。それは私の鼓動なのか滝沢の鼓動なのかもうよくわからない。
「滝沢、キスしたい――」
「遠藤さんってばかなの。ここ外」
「じゃあ、家帰ったら……」
「考えとく」
滝沢はそのままマフラーに顔を半分隠して前を見ていた。帰ってから滝沢に触れてもいいんだと思うと一緒にデートをすることがどうでもよくなってしまった。そのせいで全然買い物に集中できなくなってしまう。
「遠藤さんぼーっとしすぎ」
「ごめん」
「あと、謝りすぎ」
「ごめ……」
私の言葉は滝沢の親指に遮られる。そのまま唇を指でなぞられた。
「た、たきさわっ……」
「ふっ。遠藤さんほんと変だよ。楽しくない?」
「楽しいよ。楽しい……幸せすぎて浮かれてる」
「そっか。あのさ、パンケーキ焼けるやつ欲しいなって思ってた。見に行きたい」
「なんで欲しいの?」
「遠藤さんと一緒になんか作って食べたいから」
滝沢は私の方を見てくれない。ただ、今日は握った手をずっと離さないでいてくれる。それだけのことなのに私の心はほろほろと崩れていく感覚になる。
私たちの間には柔らかい空気が流れたまま、お昼ご飯を食べることにした。
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