第127話 初デート ⑵

「昼何食べたい?」

 

 遠藤さんに声をかけるとすごい眉間に皺が寄っていた。彼女がそんな顔をするなんて珍しいと思いつつ、眉間をなぞる。そうすると遠藤さんはあたふたするのだ。その行動に口元が柔らかくなってしまう。


 最近の遠藤さんは見ていて飽きない。

 

 なんでこうなったのかわからないけれど、楽しくないわけじゃないようなので、私はいつも通り彼女の隣に居ることにした。


 ただ、一つだけ困ったことがある。

 

 今まで遠藤さんにどう触れていたか分からなくなってしまったことだ。


 高校生の時は勢いでなんでもできていた。大して歳をとっていないくせに、若さってすごいなとしみじみしてしまう。

 

 隣から熱い視線を感じるので首を動かしてそちらを見るとひょいっと顔を逸らされる。気にせず前を向き直すとまたこっちに熱い視線を感じる。やっぱり遠藤さんの行動は挙動不審過ぎて思わず声を漏らして笑ってしまった。


「なんか楽しいことあった?」

「遠藤さんが面白すぎて」

「私、何もしてないんだけど……?」

「はいはい」


 ぽんぽんと頭に手を置くと私よりも少し大きい体がきゅっと縮こまっていた。私はそんな彼女の手を引いて前を歩く。


 私たちは結局ファミレスに入ることにした。


 さっきまでずっと繋がっていた手から体温がなくなり、私の左手の温度はどんどんと下がっていく。そのことが寂しいなんて私の体はどうかしているのかもしれない。


 私たちはメニュー表をテーブルに並べお昼ご飯を選ぶことにした。遠藤さんは色々なハンバーグメニューを目を輝かせながら見ている。


 やっぱりハンバーグ好きなんだなぁ……。


 もっと沢山料理の練習をして彼女の好きなハンバーグを美味しく作れるようになりたいとふと思ってしまった。ご飯が来るまでも食べている時も常に嬉しそうな少女が目の前にいて、今日は遠藤さんとこういう時間を過ごせて嬉しいと思う。これからもこういう時間を増やしていきたいと思えた。


 お昼を食べ終わると、買い物を再開した。


 ふと、ショッピングモールの掲示板を見ると天文台のパンフレットがあり、遠藤さんが釘ずけになっている。


「行きたいの?」

「ううん。買い物続けよ」


 そう言って遠藤さんは前に進んでしまった。


 彼女はたまによく分からない行動を取る。変なところで大人ぶったり無理をしたりする。出会った頃よりはだいぶ良くなったが、彼女の中で癖がついているのか、自分の思っていることを無意識に隠したり我慢したりすることが多いと思う。少しずつでいいから私の前くらいでは素直な遠藤さんでいて欲しいと思った。

 

 ご飯を食べる前に繋がっていた手は今は繋がっていなくて、寒い季節でもないのにひんやりとしている気がする。さっきはあんなにすんなり繋げたのに二回目はえらく難しく感じる。


 私は無意識に遠藤さんの裾を掴んでいた。


 「どうしたの?」と遠藤さんが不思議そうに私を見て優しく語りかけてくれる。ここまで来て逃げることは出来ない。ただ、自分の気持ちを素直に伝えることがやっぱり今も難しいし、それが遠藤さんのことになるともっと難しいと思う。

 遠藤さんも素直じゃないが私の方がもっと素直じゃないのだと思った。



「――遠藤さんは私と手繋ぐの嫌?」

 

 これを聞くのは今日二回目だ。こんなに同じことを確認するなんて遠藤さんは呆れてしまわないだろうか。自分の発言を少しばかり後悔した。

 

「なんで!? すごくうれしいけど……」

「遠藤さんから手繋いでくれない……」

 

 自分の口から出た言葉に驚いてしまう。そんな子供じみたわがままを言うなんて私は大学生にもなって何をしているんだろう……。ただ、遠藤さんが私に合わせてくれているだけなんじゃないかと不安になった。


 さっきまで冷たかった手がそっと握られて、手からじわじわと遠藤さんの体温が広がっていく。ふっと顔をあげて彼女の方を見ると顔を真っ赤にしてこちらは見てくれなかった。遠藤さんがそんな顔をするから私も彼女の顔を見れなくなって私達の間には会話がなくなる。


 ショッピングモールの行き交う人達の楽しい声を聞きながら、私達は目的の場所に着いた。



「滝沢、どの形のパンケーキメーカーがいい?」

「遠藤さんはどの形がいいの?」

「滝沢が好きなやつ」

「遠藤さんが好きなやつにしなよ」

「言い出しっぺの滝沢が選んで」

「いいから、遠藤さんが選んで」


 さっきまであんなに楽しそうだったのに今はむっとした表情に変わっていた。確かに欲しいと言い出したのは私だが、遠藤さんに少しでも喜んでほしいから提案した話だ。遠藤さんはこっちを見つめるばかりで譲ってはくれなさそうだった。いつまでもこのままというわけにもいかないので、ホットケーキメーカーの並ぶ棚に目を移す。


「これにする」

「滝沢、私に合わせてるでしょ」

「うるさい。もう決めたから」


 私はそのまま遠藤さんの手を引いてその場を離れる。私の手にはクマの似顔絵が焼けるホットケーキメーカーが握られていた。


 私たちは買い物を終えて、家に向かう。夕食を済ませ、お風呂から上がると眠そうな遠藤さんがリビングの椅子に佇んでいた。少しおぼつかない足つきで私の方に寄ってきて、服の裾をそっと掴まれる。


「私の部屋で一緒寝よ?」

「なんで?」

 

 なんでと思う。いや、逆になんで私はこんなにも彼女と寝ることに対して理由を求めるようになったのだろう。


「滝沢、さっき我慢しないで言っていいって言った。今日は滝沢と隣で寝たい……」

 

 いつもよりも少し甘えた声でそんなことを言われるので、私はそのまま遠藤さんの部屋に体が向いていた。


 遠藤さんの布団に入ると彼女の匂いで包まれる。この感覚がとても久しぶりで無意識に呼吸を止めていた。少し前まではあんなにも彼女のベットの上で寝ていたはずなのに心臓がどくどくと鳴り止まない。


 平常心……。



「滝沢、今日もありがとう」

「お礼言われることしてないよ」

「滝沢と一緒に居れるだけで幸せ。あと、パンケーキ焼くの楽しみ」

 

 遠藤さんを見るとニコニコと幸せそうだった。

 

 かわいい……。


 遠藤さんはとても綺麗でかわいいと思う。


 そんな彼女の笑顔が私の理性を簡単に壊してしまう。私は遠藤さんに覆いかぶさり、唇に優しくゆるりと唇を重ねた。

 

 なんで、こんなに心臓がおかしくなりそうなんだろう、息が苦しいのだろうと思う。

 自分は今までどうやって遠藤さんに触れていて、どうやって彼女とそういうことをしていたのか分からなくなっている。


 まるで記憶喪失にでもなったかのようだ。


 しかし、体は勝手に動いていてもう止めることは出来ないらしい。彼女に触れたい欲はもう崩壊するほど大きくなっていた。


 優しく何回も唇を重ねる。

 

 私は頑固な遠藤さんの唇を私の熱い舌で優しく舐める。遠藤さんはゆっくりを口を開くので私はそのまま自分の思いと一緒に流れ込ませた。遠藤さんは私のそれに応えるように優しく舌を押し返してくれた。

 

 私たちの唾液が絡まる。普通ならおかしなことだし、気持ち悪いことなのかもしれない。ただ、遠藤さんとそういうことをするのは何よりも心地よく、もっと、もっとと貪欲になる。


 触れたい。

 遠藤さんにもっと触れたい――。


「遠藤さんって……」

 

 それ以上聞くことを躊躇ってしまった。この後どうすればいいとか、こういうときはどういうことを言えばいいとかよくわからない。


 遠藤さんと付き合うようになってから恋人ってどういうことをするんだろうって調べた。調べてわかったことは私は遠藤さんと付き合っているのに恋人らしいことは何もしてあげられてないということだった。


 そのことになぜか焦って、なにかしなければと思っていたのだと思う。私が知識不足なせいで遠藤さんがどこか遠くに行ってしまうことが怖かったのだ。


「ふふ。滝沢の顔険しいよ」

「遠藤さんのせい……」

「私? なんでそんな険しい顔してたの?」

「遠藤さんが私としたいこと教えて」


 暗い部屋の中で目が慣れてきて少しだけ彼女の表情が見える。目を丸くして驚いていた。と思えばいつの間にか起き上がって今度は私に覆い被さるように遠藤さんが唇を重ねていた。もっと欲しいと何度も熱を求められ、そのことに私の心は確実に喜んでいた。


 遠藤さんが私のお腹の辺りに手を置いて服を捲り上げるのでぴっと体が硬直してしまう。そのまま耳元で優しく大好きな声が鼓膜を震わせた。


「こういうこともしたいと思ってる」


 自分でもびっくりするくらい心臓がはやく動いた。なんて答えるのが正解か分からなくて戸惑っているとまた「ふふっ」と笑い声が来て遠藤さんは私の横に横たわる。


「二人でしたいことゆっくり探していこ?」

「ゆっくり……?」

「うん。いやってくらい私と一緒に居てもらうから」

「遠藤さんはそれでいいの?」

「いいのかと言われると……まあ、滝沢が嫌なことはしないように頑張る……」

「……?」


 どういうことか全然分からないけれど、遠藤さんは二人で一緒に考えていこうと言ってくれた。その言葉がさっきまで焦っていた私のことを安心させてくれる。

 


 次の日、パンケーキを二人で焼いてクマの顔を半分こにして遠藤さんと分け合った。私がしたいと言ったら遠藤さんもしたいと言ってくれた。ただ、パンケーキを焼いて食べるだけ。そんな時間が私にとっては幸せでこうやって遠藤さんとしたいことを見つけていけばいいんだと思えた。


 

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