第122話 卒業式
三月一日。
最初は憂鬱な思いで高校生になったことが懐かしく感じられる。
こんなにも高校生活が豊かになるとは思ってもいなかったので、少し心がくすぐったくなって笑みがこぼれてしまった。
「陽菜、嬉しそうだね」
後ろの席の私と似たような顔をした友達にそんなことを言われる。にやけを抑えながら先生の話を聞こうと努力した。隣の滝沢は先生の話を真剣に聞いている。
卒業式となると先生も寂しいのか話が長くなり、私と舞は飽きてしまっていた。
「後でさ、たくさん写真撮ろうね」
「もちろん」
「星空とも二人で撮りなよ」
「……」
そういえば、滝沢と一緒に居る時間はこの学校にいる誰よりも長かったはずなのに一度も撮っていないと思った。
ポケットのハンカチたちをぎゅっと握る。
滝沢が刺繍したラブラドールのハンカチは学校に行く日は毎日ポケットに入れていたが滝沢と初めて会った日にもらった黄色いハンカチはいつも私のベットの上でお留守番をしている。
彼女と私を繋いでくれた黄色いハンカチには感謝しているから今日は私の卒業式についてきて欲しいとポケットに忍ばせてきた。
ぱんぱんに腫れた制服のポケットを見るとまたおかしくて笑ってしまう。
横を見ると滝沢と目が合った。
滝沢と目が合うだけなのに心臓がとくとくと鳴り、落ち着かなくなる。
「あほそうな顔してないで話聞きなよ」
「私のかわいい笑顔に対して失礼だから」
話しかけられたことが嬉しくて冗談で恥ずかしさをごまかした。
「たしかに、陽菜の笑顔は天使だよね? 星空も実は陽菜の笑顔好きでしょ?」
舞も私のおふざけに便乗してふざけ始めた。滝沢は少しだけむっという表情をしたが、すぐに顔の筋肉は緩んでいた。
「好きかもね」
滝沢は頬を赤らめそっぽを向いてしまう。その反応に私より舞が口をあんぐり開けて随分あほそうな顔をしていた。私もその言葉に顔に熱が集まっていて、縦に変な顔をした二人が座っているように見えるだろう。
そういえば、舞に私たちの関係を話していない。そのうちしっかり話さなければいけないと思った。
「こら、そこ! 最後くらい先生の話を聞いてくれよぉ」
怒ってはいないが先生は悲しい感じで文句を言ってきた。私たちは三人セットで注意されて、そのことに納得の行かなかった滝沢はこちらをぎょっと睨んでいる。
そんなことが嬉しいなんて変なのかもしれないけれど、大学に合格したとしても滝沢と同じ学校では無いのでこの時間がとても大切に思える。
「遠藤さんのせいで怒られた。遠藤さん先生からも私からも怒られてるのにニヤニヤしすぎ」
滝沢は小声で怒っている。私はそんな不機嫌な滝沢の横顔を先生の話が終わるまでずっと見つめていた。
最後のホームルームが終わるとクラスのみんなが別れの挨拶をしたり泣いていたり笑い合ったりしている。最後の挨拶が終わるとクラスメイトは段々外に出ていき、教室には
「美海が二人に会いたいって言うから校庭の方出よう! この教室ともお別れだね」
私はもう一度だけ席に座って、教室を見渡した。三年生は特に濃い時間を沢山過ごしたと思う。それは紛れもなく滝沢と親友の舞が居てくれたからだ。
少しだけ目に涙が滲む。悲しいわけでは無い。幸せだった時間を思い出して、感極まってしまった。
「かわいい星空の横顔見れなくなっちゃうね」
「うん。ほんとに残念……」
「二人ともあほでしょ」
舞と目を合わせて笑いが止まらなくなってしまう。そんな私たちとは反対に滝沢の顔は険しくなる。
「そろそろ行こうか」
不機嫌そうな滝沢を無視して、彼女の手を引いて教室を出た。
『幸せな時間をありがとう』
心の中で精一杯の感謝を込めて伝えた。
校庭に出ると目を真っ赤にさせた後輩がいる。
「舞先輩〜、星空先生〜、陽菜先輩〜」
なんか私はおまけ感があるが、美海ちゃんが泣いている。
「私、寂しすぎて生きていけないかもです」
「大袈裟だよー」
舞が美海ちゃんの事をポンポンと撫でる。その光景が微笑ましかった。
「星空先生に勉強教えてもらえなくなるのも嫌です」
「美海ちゃんは真面目な子だから私が居なくてもちゃんと勉強できるよ」
滝沢もそう言って美海ちゃんの頭をぽんぽんしていた。
ず、ずるい……。私も滝沢に頭を撫でられたい……。そんな願望を口にできる訳もなく美海ちゃんを無意識に睨んでしまっていたようだ。
「陽菜先輩怖いですよ。陽菜先輩はちゃんと好きな人幸せにしてあげるんですよ?」
後輩がイタズラ顔でべーっと舌を出してくる。
この後輩は……。
恥ずかしくなって顔が赤くなる。美海ちゃんにもちゃんと色々と話さなければいけない。滝沢は少し驚いた様子で美海ちゃんのことを見て、私の方を見てそっぽ向いてしまった。
「四人で写真撮ろー!」
舞がスマホで何枚か写真を撮ってくれた。写真を見ると私はなかなかに気持ち悪い笑顔をしている。あまりにもにやけすぎている。それでも今日という日を写真に収められてて良かったとも思う。
「舞と美海ちゃんで撮りなよ」
そう言って二人にスマホを向けるとポーズを構えてくれた。二人ともとても仲が良さそうにくっついていて、微笑ましいなと思ってスマホのシャッターを押す準備をする。
「はい、ちーず」
シャッターを押す瞬間、美海ちゃんが舞の頬に唇を当てていた。急なことにその場のみんな固まってしまう。いつも陽気でふざけている舞が珍しく顔を真っ赤にしている。
「舞ってそういう顔するんだー」
いつも私ばかりがからかわれているのでたまには虐めてもバチは当たらないだろう。
「私も三年間一緒に居て初めて見た。美海ちゃんのこと大好きなんだね」
滝沢が追い打ちをかけるように真顔で語っている。舞の顔はびっくりするくらい赤くなっていた。
「あーもー! 二人ともうるさい!」
隣の美海ちゃんは嬉しそうに笑っている。とても羨ましいと思った。私にはまだまだそんなこと出来る勇気はない。
「星空と陽菜も撮りなよ」
そう言われてドキリとする。
滝沢を見るととても微妙な顔をしていた。あまり写真とかは好きそうなタイプでは無いので納得のいく反応だ。
「さっきみんなで撮ったじゃん」
「いいからいいから」
舞はカメラを構えてくれた。こんなチャンスはないので私は「撮ろうよ」と心の中で唱えて滝沢を見つめる。滝沢は少し考え込んだ顔をしたあと、私の横に並んでくれた。
カシャ
「どっちも緊張しすぎでしょ!」
舞がげらげらと笑っている。写真を見ると確かにどちらも真顔のまま直立不動で証明写真より酷くなっていた。それもまた思い出だと思うと自然と緊張していた体からは力が抜ける。
四人で語り合う時間は終わり、校門へ向かった。校門に向かう途中に、入学式の日に滝沢を見つけた桜の木が目に入る。
あの日、ここで滝沢と再会できていなかったら私は今も自分を隠して窮屈に生きていたと思う。目の前の桜はまだ花は咲いていないが、蕾が大きくなり、今にも咲き出しそうなほど精一杯生きている。
まだ花の咲いていない蕾をカメラに収めた。
カシャ
私から見たらこの蕾は咲いている花よりも綺麗だ。未来に綺麗に咲くために今を精一杯できることを蓄えて自分の開花を待っている。
「陽菜、咲いてない桜を撮るなんて変わってるね〜」
「あはは、たしかに」
舞が陽気に言葉に確かにそうだと感じてしまう。しかし、私にとっては蕾が綺麗だと思ったのだ。だから、その蕾を写真に収めた。
そのまま舞と美海ちゃんは桜を置いて歩き出してしまう。しかし、滝沢だけは立ち止まっていた。
「遠藤さん何撮ってたの?」
「桜の蕾の写真」
「なんで?」
「綺麗だなって。それより、滝沢、入学式の日にあの桜の下で桜の写真撮ってたでしょ?」
「――覚えてない」
「そっか……。入学式の日、私はここで滝沢のこと見つけたんだ〜」
にっこりと笑うと滝沢は目を丸くした後に少しだけ微笑んでいる気がした。
カシャ
音がする方を見ると舞と美海ちゃんが嬉しそうにスマホを覗いている。
「いい写真撮れちゃった」
スマホを除くと心から嬉しそうに笑う私とぎこちなく笑う滝沢が写っていた。
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