第114話《おまけ》蕎麦が食べたい

 毎年変わらずこの日は勉強に集中して一日が終わる。勉強は一度集中してしまえばあっという間に時が過ぎるのでとても好きだ。


 しかし、今日は何故か集中できない。

 

 二十六日に遠藤さんのあの辛そうな顔を見てからずっと集中できていないと思う。


 

「はぁ………」

 

 自分の配慮の足りなさや、言葉選びが下手なことには呆れてしまう。

 

 毎年、私は年越しそばを食べないで部屋にずっと籠っている。珍しく今年は姉が帰ってこないらしい。色々と大学の方が忙しいようだ。


 毎年三人で年越しをしているのは知っていた。それが聞こえないように部屋で布団を被って過ごしていた。


 

 とんとん


 部屋の扉が鳴り、びっくりして机に足をぶつけてしまう。


「星空、今日の夜一緒に年越しそばを食べないか?」

 

 扉越しに父が話しかけてくる。別にドアを空けて話せばいいのにと思った。

 

 ドアを開けるとすごい困ったような驚いたような表情をしている。

 

 なんで急にと思ったけど、夏休みに両親と話をして以降、二人とも私と関わるように頑張ってくれている。

 

 とても嬉しいし、それを願ったはずなのに、自分の中の違和感がずっと拭えずなかなか素直に受け入れられないことが多かった。


「少しだけ回答待ってもらっていいかな……」

「もちろん。星空の分は用意してあるから遠慮しなくていいからね」

 

 父はそのまま下の階に行ってしまう。


 私は居心地が悪くなり外に出た。


 図書館は空いていないので、街をぶらぶらと何も考えず歩いてしまう。

 


「年越しそばなんて何年ぶりだろう……」

 

 今更、両親とそばを食べたとして何を話せばいいのだろう。ぼーっとそんな事を考えて歩いていると、小さいおばあちゃんが嬉しそうに話しかけてきた。


 

「お嬢ちゃん、今日の蕎麦は決まってるのかい?」


 父から誘われたはずなのにその言葉に黙り込んでしまう。


「おお、その反応はまだ決まっていないね」

「いや……一緒に食べるか決まっていないので……」

「ほうほう。よく分からないが、一緒にそばを食べたい人は居るのかね? 居るのならうちの蕎麦を買っていきなさいな」

 

 きっと、おばあちゃんはそばを売りたいだけなのだろうけど、その言葉がえらく私の胸に刺さる。

 

 両親と一緒に食べたい……?


 

 

 いや、私が一緒に蕎麦を食べたいのは――。

 

 さっきまで胸の奥に何かが引っかかって苦しかった理由がわかった。


 


 遠藤さんに会いたい――。

 


 隣で年越し蕎麦を食べている遠藤さんが見たい。そう強く願ってしまった。


 そしてこの感情は……。



「買った蕎麦一緒に食べれないかもしれないですけどいいですかね?」

 

 遠藤さんは一人だと言っていたけど、私が行っても断られるかもしれないし、急遽誰かと過ごしているかもしれない。その時はその時だ。蕎麦が多く食べれるくらいに考えておこう。


 

「こういうのは気持ちが大切なんだよ。一人で食べたとしても誰かと食べたかったという思いを大切にしてれいば、一人じゃないよ。どのくらい欲しいんだい?」

「二人分。あっ、でも……」

 

 おばあちゃんの顔には疑問符が浮かんでいた。


 遠藤さんの両親も遠藤さんと一緒に年を越したいのではないかなと頭をよぎる。

 

 写真でしか見たことは無いけれど、遠藤さんのことを沢山愛して居たのだと伝わる。きっと今日も一緒に笑って過ごしたかったのではないかと、私の妄想ではあるがそう思ってしまった。


 

「なんか、お供えできるのありますか?」

「おお、ちょうどいいのがあるよ」

 

 おばあちゃんはゴソゴソと袋の中から何かを持ち出した。

 

「これ、うちの限定でカップ蕎麦を作ってもらったんだよ。これならいいんじゃないかい」

「それ二つと蕎麦二人分ください」

「まいど! またいらっしゃい」

 

 店を出て家へ向かう前に振り返るとおばあちゃんが優しく手を振ってくれていた。おばあちゃんの上にある看板には「鶴田蕎麦」と書かれている。

 

 鶴田おばあちゃんありがとう。

 

 心の中で唱えて、家に向かった。



 

 家に着くなり走ってリビングに向かう。

 

 両親は椅子に座ってくつろいでいたが、私がすごい勢いで走ってきたのでこちらをとても驚いていて見ていた。

 

「お父さんお母さん、今日誘ってくれたのにごめんなさい。一緒に年越ししたい人が居るので今から会いに行ってきます」

 

 かなり恥ずかしいことを堂々と大声で言っていたと思う。二人は目をぱちぱちさせていたけど、その後、優しく微笑んでいた。

 

「行ってらっしゃい」

 

 その一言が告げられて、家にはいつもの雰囲気が戻る。


 私はその言葉に後押しされて、遠藤さんから貰ったマフラーを巻き、準備をして家を出た。


 街でフラフラしている時間が長かったから、時間がかなり遅くなっていた。

 

 遠藤さんはまだ起きているだろうか。


 遠藤さんの家に行くまでにやっぱりやめとけば良かったとか、なんて声をかけていいのかとか分からなくなり家のインターホンの前で立ち止まる。


 急にインターホンを鳴らしたら驚くから一応電話をかけようと思った。


 外から遠藤さんの部屋を見ると、遠藤さんの陰らしい姿が見えて家にいることに安心する。


 深呼吸をして高ぶった心を落ち着かせた。


 

 年越しの時も私が一緒に居たいのは両親でも友達でも姉でもない。

 


 遠藤さんと一緒に居たい。


 遠藤さん、一緒に蕎麦食べよう。


 心で何度伝えても伝わらない言葉を胸に彼女に電話をかけた。

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