第111話 勉強三昧 ⑵

「これ系の問題いつも、間違えるけど間違えない方法とかある?」

「見せて? んー、考える順番変えてみるとかは? どこに行きたいのか定まらないまま解いてるからわからなくなるのかも。この問題の場合は……」

「なるほど、なるほど」

 

 滝沢の説明はわかりやすいし、すんなりと頭に入る。そして、勉強を教えている時の滝沢はとても楽しそうだ。

 

 ほんとに先生とか向いていると思う。滝沢のことを見ていると、不機嫌そうな顔でこちらを覗いてきた。

 

「途中から話聞いてないでしょ」

 

 滝沢は私の少しの変化にすぐ気づくのだ。彼女の前で嘘をついてもすぐにバレる。

 

「うん。聞いてなかった」

「もう教えないよ?」

「ごめん、集中する」


 滝沢と勉強していると時間はあっという間にすぎる。一日ではとても足りないので二日間にして正解だったと思う。


 そして、クリスマスに滝沢と過ごせることが何より嬉しかった。勉強しかしていないけれど、それも私たちらしいのでいいかと思う。

 

 来年は二人でイルミネーションに行きたい。今年は受験のせいでそんな余裕も無さそうだ。

 


「少しだけ待ってて」

「うん」


 私は部屋から袋を一つ持ってきた。

 滝沢にその袋を渡すと眉間に皺を寄せてその袋を見ている。



「これ、滝沢へのクリスマスプレゼント」

「私、今日は用意してない」

 

 二十六日は舞と滝沢と私でクリスマスプレゼントを交換しようと約束している。

 

 だから、滝沢は用意していなくていいのだ。これは私が渡したいから別で用意した。


「去年、滝沢からクリスマスもらって、私は何もしてなかったから。遅くなったけど、そのお返しだから受け取って?」

 

 去年、私が風邪を引いてもクリスマスに滝沢は会いに来てくれた。それだけで嬉しかったのに、さらにクリスマスプレゼントもくれたのだ。


 ずっとそのお礼がしたかった。一年後になってしまったが、ちゃんとあの時のお礼ができて嬉しく思う。

 そして、私が彼女に恋をしてから一年も経つのだと痛感してしまう。一年も彼女と関わって来て、あの時となにか関係が変わっているかと言われると何も変わっていないことに肩を落とした。


「……開けていい?」

「もちろん」

「これ、去年私があげたのマフラーの違う色のやつ?」

「うん、私とお揃いのマフラー」

 

 自分勝手なプレゼントだとわかっている。

 ただ、滝沢とお揃いが欲しかった。


「勝手にお揃いにしないで」

 

 そう言いながらも滝沢はプレゼントを放り投げたりはしなかった。

 

「明日、一緒に巻いてお出かけしようよ」

「明日も勉強でしょ」

「き、厳しい。じゃあ、気分転換に今から少しだけ外散歩しない?」

 

 滝沢とお揃いのものを身につけて外を歩きたいと提案したが、彼女は全然私の方を見てくれなくて、マフラーばかり見ている。


「遠藤さんってほんとバカだよね」

 

 滝沢の言葉は冷たいけれど、彼女の表情を見てこのプレゼントでよかったと思った。

 

 少し微笑んでいる滝沢から目が話せなかった。



 私は彼女の手からマフラーを奪い、さっき滝沢が私にしてくれたみたいにふわふわと彼女の首にマフラーを巻いた。彼女によく似合う青色のマフラーは行儀よく滝沢の首に収まっている。そのままマフラーごと彼女を私の方に引き寄せた。



 あと何回、彼女と唇を重ねれば私の想いは伝わるのだろう。柔らかく熱い唇から私の想いが伝わればいい。それで伝わるのなら何回だってできる。



 ぐっと体を離されて、目の前の少女の顔は明らかに曇っていく。


「なんで勝手にするの」

「したいと思ったから」

「意味わかんない……」


 自分でも恥ずかしい言葉を口にして頬に熱が集まる。


「外行くんでしょ」

「うん――」


 私は滝沢に腕を引かれて外に出た。


 辺りは暗くなっていて、人がちらほらいるくらいに留まっている。街中はきっとイルミネーションやクリスマスを楽しむ人達で溢れているのだろう。


 隣には私があげたマフラーに顔をうずめる少女がいた。私はそのことが嬉しくなり、自分のマフラーに顔をうずめる。


「滝沢、手繋ご?」

「なんで?」

「いいじゃん」

「やだ」


 いやだと言われたけれど私は強引に滝沢の少し冷えた手を握り、自分のポッケの中に迎え入れる。


「温かいでしょ?」

「――うん」


 その言葉に驚き彼女の方を見ると顔を赤くして半分くらい顔をマフラーに隠す少女がいた。

 素直じゃなかったり、素直だったり、よくわからない。


 その後、家の近くを少し歩いたが、私たちは無言のまま歩き続けた。


 部活終わりの暗い夜道を歩いていると、立ち並ぶ一軒家には明かりが灯っているところばかりで苦しくなっていた。


 しかし、今はそう思っていたこの道を歩いていても、苦しくはない。


 きっと、滝沢が隣にいてくれるからなのだろう。


 今日は帰っても彼女が隣にいてくれる。そのことに心は体よりも早くぽかぽかと温められる。



「遠藤さん、マフラーありがとう。暖かい」

「どういたしまして――」

 

 私達はそのまま家に向かった。



 

「寝る準備しようか」

「寝る前にもう少し勉強するよ」

「スパルタきさわ」

「何言ってんの。遠藤さんの不安無くなるまで勉強するよ。どうせ明日休みだし、徹夜でもいいんじゃない」


 厳しいけれど、その言葉の裏には優しさがあって胸が苦しくなる。


 私たちはお風呂に入って勉強を再開することにした。お風呂から上がった滝沢からはシャンプーのいい香りがする。


 滝沢はたぶん、いつも泊まりに来る時、自分の家からシャンプーを持参している。

 

「私の家泊まりに来る時、シャンプーとか使っていいよ?」

「それは申し訳ないから自分で用意する」

「遠慮しなくていいのに」

「そんなこといいから勉強するよ」

 

 そう言って滝沢は勉強を始めてしまった。



 息抜きに計算勝負とかをするが、全く勝てる気がしない。


 十二時を過ぎるとさすがにどちらも集中が切れ始めて寝ることにした。



「滝沢、電気消すよ?」

「なんで一緒に寝ることになってんの。布団敷くから貸して」


 もう今更だ。

 何回も一緒に寝ているのに、まだ別で寝ようと言うのか。


「一緒に寝よ?」


 滝沢の手を掴み、お願いをしてみる。


「なんで」

「滝沢近くにいると落ち着くから」

「意味わかんない」


 はぁ……とため息をついて、私より先に私のベッドに入ってしまった。

 私も急いで滝沢の横に入る。


 滝沢が私に背中を向ける形で寝るので、後ろからぎゅっと抱きつくように滝沢に身を寄せた。


「くっついていいって言ってないんだけど」

「寒い……」

 

 本当は寒くない。むしろ、体中は熱を帯びていて滝沢と距離が近いことに顔まで熱くなっている。


 ただ、滝沢は寒いって言えばきっと許してくれると思って嘘をついた。卑怯かもしれないけれど、彼女のそばに居るために今は嘘が必要だった。


 滝沢は私に向けていた背中を今度は壁に向けた。


 寒いと言ったからか、私をぎゅっと抱き締めてくれた。そうやって、無意識なのか意識しているのかわからないけど、優しい滝沢の行動に私の胸は締め付けられる。

 

「遠藤さん、ご飯の準備とか大変だったでしょ」


 何を思っているのか、滝沢が私の顔に手を添えて、耳を優しく撫でてくる。


「くすぐったい……」

 

 そういうと手を動かすのをやめて、私の頭を撫でてくれた。滝沢はよく私のことをペットみたいな扱いをする。


 ちょっと納得いかないけど、滝沢のそばにいれるのでそれでもいいと思った。



「来年のクリスマスはケーキ作るから食べて欲しいな」


  

 未来の約束は滝沢にとっては禁句だ。


 不確定な約束を滝沢は嫌う。


 いつも、そんなのあるか分からないと否定される。それを聞く度、自分がつくづく信用されていないのだと痛感してしまうのだ。



「合格したらね」

「えっ?」

 

 滝沢が珍しく否定をしないことに驚いてしまった。だから、今なら沢山約束を増やせると思って話が止まらなくなる。


「来年はイルミネーションも見に行きたい」

「それはいや。人多いの嫌い」

「人少ないところなら一緒に行ってくれる?」


 その質問に返答は無かった。



 来年のクリスマスはどんな思い出を滝沢と作れるのだろう。そんな幸せなことを考えていたらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。


 滝沢の温もりを感じながら来年もこうやって滝沢の隣りに居れるようにと、夢の中でも願っていた。



 次の日も鬼のようにスパルタな滝沢の勉強特訓を受けて、私たちのクリスマス勉強会は終わった。

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