第105話 私の誕生日 ⑵

 家の最寄り駅から三駅ほど離れた駅で降りる。駅の改札は無人で昼過ぎということもあり、誰もいなかった。

 

 滝沢は先程から無言で着いてきてくれる。


 水族館で笑顔だった彼女の顔は真顔に戻っていた。



  

 田んぼや一軒家がぽつぽつとあり、歩く人はほとんどいない道を歩く。隣の滝沢を見ると不思議そうな顔をしている。


 それはそうだ。


 行き先を伝えていないのでなんでこんな人の少ないところに連れてこられているのか、なぞなのだろう。

 

「滝沢、少し待っててもらっていい? 買いたいものあるから」

「わかった」

 

 一本道の途中にある、こじんまりとした花屋さんに寄った。

 

 滝沢は大人しく外で待っていてくれる。


 今日は従順な滝沢だ。


 こんな滝沢は二度と見れないかもしれないと思うと少し寂しくておかしくて笑みがこぼれてしまう。


  

「橋沼さん、こんにちは。いつものいいですか?」

「あら陽菜ちゃん。今日も来ると思って待ってたよ。だけど珍しいんじゃない? いつも朝早くに来るでしょ?」

 

 橋沼さんはこの辺りで唯一のお花屋さんで、とても気さくで優しいおばさんだ。

 

「今日、午前中は予定があって」

「あの陽菜ちゃんがね……外にいる子かい?」

 

 橋沼さんが何を思ったのかニヤニヤとした表情で外を見ている。

 

 

「はい。今日一緒にお出かけしてて」

「おばちゃんにも紹介してくれたっていいんじゃないかい」

 

 橋沼さんはそう言って私の頭を撫でてきた。



「陽菜ちゃんが幸せそうで私は嬉しいよ。ほれ、例のものできたよ」

 

 橋沼さんは二束渡してくれる。私は橋沼さんに毎年この日はお世話になっていた。そしてこれからも、ここに立ち寄りたいと思っている。


 

「橋沼さん! 私、大学合格すれば来年他県に行くんです。この日には来れないかもしれないけど毎年必ず来るので、その時はまたお願いしてもいいですか?」

「もちろんだよ。毎年楽しみに待ってるからね」

 

 橋沼さんは目を丸くしたあと、微笑みながら近づいてきて私を抱きしめてくれた。私も橋沼さんをぎゅっと抱き締め返した。


 


「お待たせ。ごめんね」

「大丈夫」

 

 花屋を背にして私は前へ足を進める。滝沢と並んで十五分ほど歩くと少し大きなお寺に着いた。


 

 ずっと無言だった滝沢の目と口が開いていた。


「遠藤さん会いたい人って……」

「うん。黙って連れてきてごめんね。毎年この日はお父さんとお母さんに会いに来てるの」

 

 私は滝沢と話しながらバケツに水を組み、手桶を入れた。

 

 私が歩き出すと、後ろからバケツを滝沢に奪われる。

 


「滝沢いいよ、重いでしょ」

「場所どこ?」

 

 場所も分からない滝沢は前を歩いていた。急いで彼女に追いつくように小走りになる。


 

 私の父と母は少し山の方にいる。

 

 夏は終わったけれども気温はまだまだ高く、汗が滴る。重いものを持ってる滝沢はもっと大変そうだ。


 

「ここだよ――」


 私はお墓の周りを掃いたり、磨いたり、花束をお供えしたりした。滝沢は何も言わずに手伝ってくれている。


「この日にしようって謎のこだわり持っちゃって……付き合わせてごめんね」

 

 本当は理由がちゃんとある。

 

 両親が私を産んでくれた日に私は誰に祝われるより前にお父さんとお母さんに産んでくれてありがとうと伝えたいのだ。



 

「別にいいよ。ただ、こういうのは事前に教えて欲しい。ちゃんとお供え物とか用意したかった」

 

 滝沢は私の出したお線香に火をつけて、両手を合わせていた。滝沢のそういう心優しいところが私はとても好きなのだ。


 私もお線香をお供えして手を合わせる。



 


 お父さん、お母さんお元気ですか?

 

 私は今日で十八歳になりました。

 もう成人の年齢です。

 

 お酒はまだ飲めないけど、飲めるようになったら二人と飲みたいのでお酒を持ってきます。


 今日は二人に合わせたい人が居るので連れてきました。

 

 滝沢星空

 

 私と同級生の子で、私は彼女に恋をしています。

 

 叶うのなら、両想いになってお父さんとお母さんみたいな関係になれたらいいなと思っています。

 

 辛いことも、苦しいことも沢山あったけど、今日まで生きてこれてよかった。

 

 こんなに素敵な人と出会えてよかった。


 改めて二人に伝えます。


 私を産んでくれてありがとう――。

 





 私は知らない間につぶっている目から涙が溢れていて止めることは出来なかった。


 目をそっと開けると視界はぼやぼやしていて、目の前にお父さんとお母さんが微笑んで立っている気がした。

 

 

 涙を拭いて立ち上がる。

 

 しかし、涙が止まることはなく立ち尽くしてしまう。


 お父さんとお母さんに生きていて欲しかった。


 生きている間にこの言葉を伝えたかった。



「……っ、うっ……」


 我慢しても抑えることができないくらい自分の中の感情が溢れ出す。


 呼吸の苦しくなった私の鼻に滝沢の匂いがふわりと流れ込む。滝沢が私のことを強く優しく抱きしめるので、滝沢の肩に俯く形になった。

 


「な、みだ……つくから……」

 

 滝沢を離そうとするけど、それを許してはくれなかった。滝沢の熱は私を優しく包み込み、胸の辺りがぽかぽかとする。


 

 滝沢は何も言わずその後もずっと抱きしめてくれた。



 夕日が真っ赤に染まり、日が沈みそうになる。

 

 先程までの気持ちが落ち着き、離したくないけれど滝沢を離した。

 

「ごめん。もう大丈夫」

 

 私の言葉に何を思ったのかは分からないけれど、滝沢は荷物を持って歩き出した。

 

 滝沢の右肩の服は色が変わっている。

 

 滝沢に置いていかれないように最後に挨拶をして彼女を追いかける。


 

『お父さん、お母さん来年もまた来ます』

 

 そう伝えて、その場を離れた。



 

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