第88話 《おまけ》悩み


 バタバタと廊下から音が聞こえる。

 真夜さんがすごい顔をして戻ってきて部屋のドアを閉めた。


「陽菜ちゃん、星空と付き合えたの!?」

 

 この人はいったい何を勘違いしているのだろう。そんなことが叶っているのなら私は今頃、家の中でスキップしているだろう。


「いや、付き合ってないですけど……」

「えっ……」

「真夜なんかあったの?」

 

 光莉さんと私はキョトンとした顔をして真夜さんを見た。


「星空の鎖骨にキスマークついてたけどあれ陽菜ちゃんがつけたんじゃないの?」

 

 心臓が急に弾けそうになる。今、忘れものを取りに行った時にたまたま見たのだろう。


「私もそれ聞こうと思ってた! 陽菜ちゃん隠してるつもりかもだけど隠れてないよ」

 

 そう言って光莉さんは私の首筋を撫でる。

 バレてしまっていた。いや人生の先輩たちだ。バレないわけが無い。


「いや……あの……」

 

 私はなんて言えばいいのか分からない。2人はわくわくとした顔で私を見てくるが、2人の望んでいる回答はできないことを残念に思う。


「滝沢がなんか今日変で、めっちゃ付けられて。今まで見えるところになんて付けなかったんですけど、今日はなんか怒ってて……」 

「うんうん」

 

 二人ともすごく嬉しそうに聞いている。


「でも、散々こんなことしておいて急にごめんって謝られたんですよ」

「なんで?」

「わからないです。ただ、私はそれを利用して私も滝沢につけたいって言ったら許してもらっただけで……」

 私は下を向く。

 

「前と何も関係変わってないです……」


 二人も下をうつむいていた。


「君の妹ちゃんは思ったより独占欲強いんだね。姉妹揃ってやれやれだよ」

「光莉うるさいぞ」

 

 真夜さんは光莉さんの首にがっちり腕をホールディングして身動きを取れなくしていた。


「星空さ、家で複雑な顔してたよ。光莉と陽菜ちゃんが泊まってるの嫌だって言ってた」

 

 真夜さんがこの上ないくらい嬉しそうに答える。

 

「それって……」

 

 滝沢が嫉妬してくれてる……?

 いやそんなわけない。滝沢は私が嫌がる顔が見たかっただけなんだと思う。


「陽菜ちゃんも苦労してるねぇ。まあ、どっちも不器用すぎると思うけど」くすくすとひかりさんが笑ってそんなことを言う。 

「今年の夏祭りは星空と行かないの?」

 

 夏祭り……私は去年も花火を見れなかった上に滝沢に大迷惑をかけた。だから、自分から誘うとかそういうおこがましいことは出来ない。

 

「私からは誘わないつもりです。去年迷惑かけたので……」

「そっかぁ……じゃあ質問変える。星空のどんなところ好き?」


 それならたくさん答えられると思った。



「冷たそうに見えて優しい、何事にも精一杯頑張る、かわいい、顔が綺麗、動物が好き、不器用、私のわがまま聞いてくれる、私のことを応援してくれる……」

 

 滝沢の好きなところは溢れてくる。

 

「なにより、私は滝沢に命を救われました」


 二人がえっという顔をしている。ベットの枕の下に入れている黄色いハンカチを出す。


「私、両親がなくなって辛いことが重なった時に両親に会いに行きたいなと思ってました。でも、滝沢はそんな私に不器用にも寄り添ってくれて、このハンカチを渡してくれました。本人に助けようなんて意思はなくて、たまたま会っただけなんですけど、声をかけてくれてそんな優しいことができる滝沢のことほんとに好きなんです」

 

 滝沢について語りすぎて顔が熱くなる。


「わかるよ、自分の妹ながら素晴らしい子だと思ってる」

 

 えっへんと言った顔を真夜さんがしていたので光莉さんと目を合わせて2人で笑ってしまった。


 そんな会話をしていると滝沢が戻ってきた。


「それじゃあ、私がお風呂入ってきますね」


 そう言ってその場を後にした。

 お風呂に浸かると色々なことを考えてしまう。


「滝沢、私の事好きになってくれないかな……」

 

 最近、キスだけでは足りなくなっている自分がいる。滝沢にもっと触れたいし触れて欲しい。それは今の関係では絶対にできないことだ。


 そのうち理性がなくなり、滝沢に嫌なことをしてしまわないか心配だ。一人になると滝沢のことばかり考えてしまい、お風呂に入っていなくてものぼせそうになる。


 この悩みはいつまで続くのだろうと気が遠くなった。

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