第87話 家族会議の準備 ⑷


 準備は無事終了して、みんなお風呂に入ることになった。光莉さんと真夜姉はすごいスピードで風呂に入って戻ってきた。理由は遠藤さんと話したいかららしい。私と話すことは無いのかと少しモヤモヤした気持ちになる。

 

「滝沢、先入っていいよ」

 

 遠藤さんにそう言われて私は納得のいかないままお風呂場に向かった。服を脱ぎながら今日は色々あったなと思っていると、風呂場の扉がトントンと鳴り、姉に入っていいかと聞かれる。


 私は裸になっていたが姉ならいいかと思い、扉の鍵を開けた。


 

「ごめんシャンプーの入れ物そのまま置いてたから取りに来た」

 

「早く取って」

 

 姉はそそくさと忘れ物を取って戻って行ったので風呂場の鍵を閉めた。別に女の子しかいないし、意識することではないのかもしれないけど、遠藤さんに裸を見られるのだけは何故か嫌だった。遠藤さんに見られるのはなんか恥ずかしい気がした。


 そんなことを考えて、鏡を見ると時間を巻き戻したくなる。

 

 さっき遠藤さんに付けられたキスマークのことをすっかり忘れていた。お風呂に入っていないのにのぼせそうなくらい顔が熱くなってしまう。


 姉は私の体見てたっけ? すぐに取って出ていった気がするし、妹の体そんなに凝視しないと思うけれど……色々とぐるぐる頭をめぐり何かに潜りたくなるほど恥ずかしくなる。見られていないと信じてお風呂に浸かった。


「遠藤さんのばか……こんなのしばらく消えないじゃん……」

 

 遠藤さんがつけた赤い印は自分がつけるのよりも濃く付いている。そして、それはさっきの痛みとは違い、すぐには消えない。

 

「――遠藤さんのばか」

 

 そう唱えることしか出来なかった。


 



 お風呂から上がると三人が和気あいあいと話していて、何をそんな楽しそうに話しているのだろうと思いつつ私もテーブルの横に座る。

 

「私もお風呂入ってきますね」

 

 私が戻ると、そう言って遠藤さんはお風呂に行ってしまった。


 姉にキスマークのことを聞きたいが聞いたらやぶ蛇だろうし、質問されても困るとドキドキしていた。

 


「星空ちゃんさー、すごい変わったよね。なんかこうふにゃふにゃーだったのがピシッと言う感じになったというか」

 

 光莉さんの発言にさっきまでの緊張感が一気に抜けてしまう。彼女の擬音語は全然わからないが過去の自分が褒められたものでないことはよくわかった。

 

「やっぱり、陽菜ちゃんの影響?」

 

 真夜姉が真面目な顔で聞いてくる。めんどくさい姉が二人いるなと思った。


 

「――遠藤さんのおかげだね」

 

 そう答えると面倒な質問が増えそうだと思うけど、事実だ。遠藤さんに屋上で出会ったあの日から私の人生は変わり始めた。

 嫌でも感謝してしまう。


「星空にとって陽菜ちゃんはどんな存在?」

「……大切な人」 

「それは……」

 

 真夜姉はそこまで答えると困った顔をしていた。真夜姉の質問が止まると、今度は光莉さんの質問が始まる。


「星空ちゃんはさ、陽菜ちゃんとどんな関係になりたいの?」

「どんな関係って?」

「んんん、例えば友達みたいにいっぱい遊びに行きたいとか……?」

 

 私が質問を返すと微妙な反応が返ってきてよく分からなくなってしまう。

 

「何かしたいとかはないですけど、高校生が終わるまでは今のまま一緒に過ごしたいです」

「高校生までって? 高校生終わったら絶交でもする気なの?」

「だって、大学違くなったら会う理由もないし他県に進学したら尚更じゃないですか?」

「会いたいと思わないの?」

 

 その質問に胸がぎゅっと締め付けたられた。今は高校が同じで、三年生になってからはクラスが一緒になったから遠藤さんと会えるし関われていると思っていた。

 

 会えるのなら大学生になってからも会いたいと思うのだろうか。

 

 私は……


「会いたい……」


 本音がポロリと漏れてしまう。遠藤さんにはこれからも仲良くしていて欲しいと思う。しかし、それは私の一方的な思いだ。



「ただ、遠藤さんはそうじゃないと思います。今も学校で人気者でキラキラしてて、クラスの中心にいるような人なので大学に行ってもすぐ友達が出来て私のことなんて忘れるんだろうなって」


「そういうこと陽菜ちゃんに聞いたことあるの?」

「聞いてないです」

 

 怖くて聞けるわけが無い。

 来る未来は想像出来る。だから、残りの生活を充実したものにしたいと思った。


「うるさいお姉さんから言えることは、もっと陽菜ちゃんに質問した方がいいってことだけ伝えておくね」


 光莉さんはニコニコと笑顔で私の頭を撫でてきた。みんなして私の頭を撫でるのだ。私は子供扱いばかりされている気がする。そんなこんなで時間は流れ光莉さんのあくびが増え始めた。

 

「私たちはそろそろ寝るね。陽菜ちゃん上がるの待ってたいけど光莉が限界そうだから」


 そう言って二人は部屋を出てしまい、一気に静かになった。真夜姉にキスマークの事聞かれなくて良かったと安堵する。しばらくベットに寄りかかり天井を見ていると遠藤さんが戻ってきた。

 

「二人は?」

「光莉さんが限界そうだったから寝室行ったよ」

「そっか、滝沢ももう寝る?」

 

 遠藤さんの方を見ると、お風呂に入ったので隠していた私が付けたものが首筋に見えていた。

 

「布団どこ? 自分で敷くから教えて」

「いつもみたいに一緒に寝ようよ?」

「やだ」

「なんで?」

「だって、友達ってそんな事しない」

「友達でも一緒に寝たりするじゃん」

「遠藤さんって友達なら誰とでも一緒に寝るんだ」


 遠藤さんとあんな距離で寝ている友達が居るのかと思うと少し苛立ち、そんな子供じみたことを言ってしまう。

 

「ごめん、嘘ついた。友達とは一緒に寝たりしない。でも……滝沢とは一緒に寝たい」

 

 いつもそうだ。そうやって、真剣な顔で恥ずかしいことを平気で言う。なんでそんなことを言うのだろう。遠藤さんの気持ちはいつもよく分からない。


 さっき、光莉さんに言われたことを思い出す。

 

 はぁ…………。


「私の質問にふざけないで答えてくれるなら一緒に寝てもいい」

 

 光莉さんの言う通り、分からないのならもっと本人に聞くべきなのだ。返ってくる返事が自分の望まないものだとしても、しっかりと遠藤さんを知るべきだ。


 遠藤さんは電気を消して布団に入るので、私も遠藤さんの横に入った。体が密着して触れている部分が熱くなる。夏のせいで余計暑いので遠藤さんから少し離れようとすると手を握られた。


「変なことしないで、暑いから離して」

 

 遠藤さんの手を振りほどこうとするけど離してくれない。

 

「滝沢こうしてないと逃げそうだから」

 

 そんな事しなくても逃げないし、手を握られたせいで顔が熱くなり余計離れたくなる。


「滝沢質問ってなに?」

「……大学ってどこの県にするの?」

「……今は答えられない。ただ、ちゃんと滝沢に話すから」

「今話せない理由は?」

 

 …………

 

 遠藤さんは黙ってしまった。遠藤さんをいじめたいわけではないので、違う質問に変えた。


 

「遠藤さんって大学行ったら……」


「うん?」

「大学行ったら私と関わることなくなる?」

 

 ほんとは大学に行っても私に会いたいかと聞きたかったけど恥ずかしくなったので言い方を変えた。


「なんで? 今こんなに色々しといて、関わらなくなることある?」

「だって、遠藤さん人気者だから、大学行っても人気者になって、私じゃない人が勉強教えてくれるだろうし、私って必要ないかなって」

 

 実際、遠藤さんが私を必要としてくれるのは勉強を教えられるからだ。それ以外に彼女が私を必要とする理由が見当たらない。

 

「じゃあ、大学に行っても滝沢が勉強教えてよ……」

 

 遠藤さんは手を離して私を抱きしめてきた。

 急な出来事に息を止めてしまう。息を止めると急に心臓の音が聞こえ始めて、意識が体の中心に集まる。


 どれくらいそうしていたかわからないが、遠藤さんが口を開いた。

 

「さっきの質問だけど、ほんとは滝沢の行きたい大学の近くの大学に行きたいと思ってる。そこなら自分の将来したいことに近づけるし、滝沢にも勉強教えてもらえるでしょ。ただ、今のレベルでは全然成績足りなくて、言えなかった。だから、行けるレベルになったら話そうと思ってた」

 

「……そこに入学できたとしても、大学なったら学部違うと勉強することも違うから、私では勉強教えられないよ」

 

 大学というのは専門的な知識に特化した学校になる。学部が同じならまだ教えられることはあるかもしれないが、遠藤さんと私は全然勉強する内容が違う。


 つまり、私は必要ないのだ。


「じゃあ、勉強なんて教えてもらえなくてもいい」

「それなら、同じ県にする必要ないじゃん」

 

 そう言うと遠藤さんがぎゅっと私を抱きしめてきた。いつもより力が強くこもっていて少しだけ苦しくなる。

 

「大学生になっても滝沢に会いたいからそこに行きたい……」

 

 遠藤さんの言葉に耳を疑いたくなる。遠藤さんも私に会いたいと思ってくれるのだろうか? なんで? どうして? 聞きたいことが沢山ある。

 

「それはなんで? 友達だから?」

 

「滝沢だからそう思う」


 心臓がどくどくとうるさくて、遠藤さんとの会話に対する集中はどんどん薄れていく。


 今日の遠藤さんはいつもよりずるいと思う。

 

 私だから一緒に寝たいと言った。

 私だから大学に行っても会いたいと言った。


 自分の頭の中で整理が追いつかない。


 なんで私なのか。遠藤さんならもっといい人たちと仲良くなれるのに理由がわからない。これ以上聞くのが怖くなってしまった。

 


 私が特別だと思われたい。私が遠藤さんのことを大切な人で特別と思うようにそう思われたい。でも、違う答えが返ってきたら私は酷く落ち込むと思う。


 最初はこんなこと思わなかった。

 私が大切だと思うのなら大切と思い続けるそれだけでいいと…………今は変わってしまった。欲張りになるっている。こんな自分は良くない。

 

 遠藤さんが変なことを沢山言うせいだ。


 私は遠藤さんのくっついた体を離して、遠藤さんを見た。常用灯だけなので暗いけれどだいぶ目が慣れて、遠藤さんの顔が見える。少し赤い頬を撫でる。柔らかい頬が冷たくてそこに私の熱い手を重ねた。


「滝沢は高校卒業したら私と会いたくない?」


 その質問はずるい……答えたくないので彼女に覆い被さるような形で唇を奪う。


 遠藤さんとはこういうことを何回もした。普通、何事も回数重ねれば慣れるものだ。勉強なんか特にそうだ。

 

 しかし、遠藤さんとのこういうことは何回しても慣れないし、する度に体の熱くなる温度が高くなっている気がする。

 唇が離れると寂しさが込み上げ、もっと遠藤さんの熱が欲しくなってしまう。

 


「――遠藤さんにとって私ってどんな存在?」

 

 さっき姉から私にされた質問を私も遠藤さんにしてみる。


「滝沢にとって私はどんな存在なの?」

「質問に質問で返すのは無し」

「滝沢だって、私の質問に答えないで質問してきた」


 たしかにそうだ。私は「会いたい」の一言すら言うことが出来ない。

 

 遠藤さんの特別になりたい。

 大切な人になりたい。


 そんな感情が溢れてしまう。

 もう我慢することは出来なかった。

 

「――遠藤さんは大切な人だよ」

 

 言ってしまったことを後悔した。恥ずかしくて顔から火が出そうだ。遠藤さんは目を丸くして私を見ていた。早くこの話を終わらせなければいけない。


 

「この話おしまい、質問もおしまい」

 

 恥ずかしくなり遠藤さんに背を向ける。しかし、そんな私の恥ずかしさを無視していつも遠藤さんは行動してくる。


「滝沢、今言った言葉がほんとなら大学生になっても私と一緒に居てよ」

 

 その言葉にじわじわとしたものを胸に感じる。私にとって今の言葉は何よりも嬉しかった。

 もしかしたら、遠藤さんと過ごせる時間は大学生になっても続けられるのかもしれない。そう思うだけで心が温かくなり安心する。



 

 光莉さんのアドバイスに従って良かった。少しだけ遠藤さんのことを知ることが出来た。

 

 私の背中に遠藤さんが密着してくる。


 背中が熱くてしばらく寝れなくなった。


 だから、夏は暑くて嫌いだ。


 寝れるように目を瞑った。

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