第83話 おばかな先輩


 なんであんな賭けを持ち込まれたのかよく分からない。どうせ舞先輩のことだから適当に言ったんだと思った。


 しかし、その日から部活に打ち込む姿勢が明らかに変わったことや、試合本番のあの真剣な顔からそういうふうに先輩をあなどっていたことを後悔した。


 いつもふざけていた舞先輩は、最後の試合までひたすらに走り込みや基礎練を詰め込んでいた。そんなに私との賭けが大切なのか、最後だから急に本気になったのか分からない。

 

 試合本番でも訳が分からなかった。

 普段しないような動きを舞先輩はしていた。

 試合中はチームで一番冷静かつ慎重な彼女が本気で勝ちに行くと一番気持ちが前のめりになっていたと思う。

 


 なんで……?

 

 舞先輩の思いもよらない行動のおかげもあり、かなり白熱した試合になった。いつもと違うプレーや動きでも舞先輩はあくまで冷静さを保ち最後まで試合をしていた。


 結果は負けだったが、最高の試合だったと思う。


 試合終了後、みんなと解散し、途中まで一緒だった陽菜先輩と分かれて、舞先輩と帰り道を歩く。

 


 

「試合負けちゃったね。美海との賭けにも負けちゃったわけだ……」

 

 そう言って、さっきまで泣いていた舞先輩の目にまた涙が溜まりそうになる。それを吹き飛ばすかのように明るい声で話しかけられた。

 

「賭けに負けたから、何でも言う事聞きますぞ!」


 頑張って不器用に笑顔を作っていた。この人は普段あんなにふざけているのに、こういう時は相手に気を使ったりするから余計訳が分からなくなる。


「じゃあ、なんであんな賭けを持ち出したか教えてください」

「それが賭けに勝ったお願い?」

「はい」

「んー正直に答えないとダメ?」

「はい」

 

 知りたい。なんで舞先輩はこんな行動をとるのか。私はなんの緊張なのか分からないけれど、胸が苦しくなった。

 

「自分でもさ、よく分からないけど美海には笑顔で幸せになって欲しい。ただ、それだけだよ。予選終わってから美海、時々辛そうな顔してたからさ……私が幸せにしてやるー! って思ったからこの賭けを持ち出した。私なら美海のこと笑顔にも幸せにもできるって謎の自信があったからね」

 

 ピースサインを私に向けて舞先輩はそんなことを言う。なんで全然関係ない舞先輩が私を幸せにしたいのかも笑顔にしたいのかもわからないし、舞先輩に勘づかれるほど辛い顔が表に出ていた自分を情けなく思った。

 


「ほんとにおばかな先輩ですね」

 

「なに!? 先輩に向かっておばかは失礼だぞ! やれやれ、話すんじゃなかったよ……とほほ……」

 

 いつものふざけた舞先輩に戻ったのが少し気に入らなかったので、自分も訳の分からないことを口にしてみた。

 

 

「――なら、先輩が責任もって私のこと幸せにしてくださいよ」

 

 言ってしまった……ただ、このおばかな先輩を少し知りたいと思った。


 予想どおり、舞先輩はフリーズしている。

 最近、私の方が不意打ちにあっていたので少しいい気分だ。


 

「それ意味わかってる?」

「わかってますけど?」

「いいの私で?」

「舞先輩が幸せにするって言ったんじゃないんですか」


 そういうと恥ずかしくなって舞先輩の顔を見れなくなった。舞先輩は少し考えた素振りを見せたがすぐに話を続ける。


「美海、これからもよろしくね。まあ、私らしくがんばるよ」

 

 舞先輩の方を見るといつもの陽気な笑顔で私を見てくれていた。舞先輩のその顔を見てほっとする。

 

 舞先輩はいつも私の心を温かくしてくれる。

 辛かった時期も私と遊んでくれて元気付けようとしてくれたり、部活の時も気にかけたり、笑かそうとしてくれたり。

 


 ほんとにおばかな先輩だと思う。


 ただ、そんなばかな人に私は助けられた。


 舞先輩の背中を追い越し彼女の前に出る。


 私と同じくらいの身長の舞先輩の両肩に手を置き、少し体を伸ばして、唇を重ねる。


 舞先輩が今までにないくらいマヌケな顔をしていたのでおもしろくてつい笑ってしまった。


「恋人になるってこういうこともするってことですからね先輩。私は普通では幸せだって思いませんから、覚悟しておいて下さいよ?」

 

 そう言って、自分の真っ赤な顔を見られないように先輩の前を歩く。


 しばらくは舞先輩の顔を見れなさそうだと思い、早足で家に向かった。

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