第70話 談話 ⑴

「ゴールデンウィークなにしてるの」


 遠藤さんの家で勉強をしていると急にそんなことを聞いてきた。


「受験勉強かな、あと、真夜姉が帰ってくるからなんかどっか行こうとか言ってた。光莉さんも来るらしい」


 そういうと、遠藤さんが近づいてキスをしてくる。三年生になってからこういうことが増えた気がする。

 いや確かに、二年生の終わりにこういうことしてもいいって話したけど、頻度がおかしくないかと思う。


 だってこれでは……。


 深いことは考えないことにしておこう。


 別に遠藤さんとするのが嫌なわけじゃない。

 むしろ心地いいと思う自分がいる。


 そんな自分に呆れてしまうこともある。



 遠藤さんが私の頬を優しく撫でる。


「くすぐったい」

「滝沢のほっぺ柔らかいから触りたくなる」

「遠藤さんってキスとか人の体を触るのが好きなの」

「滝沢にするのはすき」

「へー」

「聞いといて興味無さすぎでしょ」


 たしかにあまり興味はないかもしれない。

 遠藤さんは真面目な顔になり、また話し始めた。


「ゴールデンウィーク空いてる日、勉強教えて欲しい。部活もあるからなかなか時間無いかもしれないけど」

「いいよ」

「滝沢さ、どこの大学行くの」

「それ、遠藤さんに教える必要ある?」

「なくてもいいから教えて」


 最近の遠藤さんはかなり強引だ。

 感情を隠されてヘラヘラされてるよりはいいが、わがまま過ぎても困るのだ。


「そのうちね」


 別に遠藤さんだったら話してもいいが、まだ親に話していないことや不確定要素が多いので今、言う気はない。

 この話は終わりにしたいので勉強に集中したフリをする。



 最近、少し心配なことがある。

 これは舞から聞いた話なのだが、遠藤さんは部活にかなり本腰を入れているらしい。夜も学校が閉まるギリギリの時間まで自主練をしていると聞いた。


 三年生最後の試合だから気合いが入っているのだろうか。



 忙しいはずなのに、私との勉強の頻度は絶対に減らそうとしてない。


 そして、忙しさからなのか私が言ったことを気にしているのか分からないが、私が見てもわかるくらい遠藤さんが痩せた。



「重いって言ったの本気で思ってないからね。別に遠藤さんのこと重いって感じたことないし、重かったらあんな距離運べないから」


 私のせいで遠藤さんが気にしてダイエットをしているのだとしたら申し訳ないと思った。


「そんなこと気にしてくれてたの? 滝沢は優しいね。大丈夫だよ、練習で余計な脂肪落ちてるだけだから」


 彼女はニコリと笑う。

 この笑顔は少し無理をしている時の遠藤さんの顔だ。

 


「その顔は少し無理してる時の顔」


 遠藤さんのほっぺを優しく引っ張った。



「——じゃあ、少し膝枕して」

 

 わがままがほんとに多い。

 なんでこんなにわがまま太郎になったのだろう。


「いやだ」

「じゃあ、高総体で県大会行けたら、滝沢の行きたい大学教えて。あと、試合見に来て」

「なんでよ」

「なんでも、そうして欲しいからお願いしてる。ちなみにうちの高校、県大会行けた成績ほとんどないから結構難しいことだと思うよ」

「ならいいよ」

「難しいことならいいってやっぱり滝沢って意地悪だよね」

「なんとでも言えば」


 

 そう言って私は勉強に戻る。

 遠藤さんの試合を見に行きたいし、本気でやっている部活で結果がしっかり残って欲しいと思う。


 いつまで経っても私は素直になれない。

 二年生の頃に比べて私はだいぶ変わったと思ったが、人はそう簡単に変われないのだと落胆してしまう。



「無理はしないでね」

 この言葉が今の私にできる精一杯の応援だった。


「わかってるよ、心配ありがとう」

 そう言って優しく手を握られる。


 そういうのはやめて欲しい。


 私のことを大切みたいに行動する遠藤さんは好きじゃない。


 大切にされたくない。


 どうせいつか居なくなるのならそれはいらない。


 遠藤さんの手を振りほどいた。


 そしたら、遠藤さんがぶーぶーと横で文句を言っているのが聞こえるが無視することにした。




 ***



 ゴールデンウィーク、姉と光莉さんが帰ってきた。今回は事前に親に伝えていたらしく光莉さんが堂々と私の家にいる。



「やあやあ、星空ちゃん元気だったかい」


 そんなテンションで光莉さんが話しかけてきた。相変わらず明るくてうるさくて、でもそれが光莉さんの良さだから、何となくそのことに安心してしまう。


「元気でした」

「冷たくない?」

「冷たくないです」


 しかし、また騒がしい日々が始まると思うと頭が痛いというのも紛れもない事実だ。姉と光莉さんと私が姉の部屋に集まると真夜姉は真剣な顔で話し始めた。


「星空、早速で悪いんだけどさ今後のことについて話すのにここで話してたら親に聞かれそうだから陽菜ちゃんの家で話し合いたいと思うんだけどどうかな?」


 おいおい、遠藤さんの家は私たちの会議室じゃないんだぞ。そう思ってスマホを見ると遠藤さんから「早くおいでー」なんて来ている。


 真夜姉から直接連絡してたみたいだ。

 ほんとに準備まで完璧でむかつく姉だ。

 何より、いつ遠藤さんと連絡先を交換したのだろう。そうやって勝手に遠藤さんと連絡先を交換した姉に少しイラッとした。


 そんな私の気持ちは無視して真夜姉は話を進めた。

 


「家のことについて、光莉には話してるんだけど、陽菜ちゃんには聞いて欲しくないと思うから、三人で同じ部屋に泊まりたいんだけどいい?」

「遠藤さんに自分のこと話した」

「——え?」

「だから、私が親と上手くいってないこととか今後のこととか」

「星空が自分で?」

「私以外誰がいるの」


 真夜姉はぽかんと言う顔をしている。

 私が誰かにこんな状況のことを話すなんて考えていなかったのだろう。私自身、誰にも話さないと思っていた。

 人生何があるかなんて分からないのだ。


「それなら話は早いね。陽菜ちゃんにも聞いてもらおうか」


 そうして、私たち三人は遠藤さんの家に向かうことにした。

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