第71話 談話 ⑵

 四人が遠藤さんの部屋に集まると妙な空気になる。


「えー皆さん知っていると思いますが……」


 そんな感じで真夜姉が話を始めた。



 私の両親が真夜姉に家を継いで医者になることを期待していること、真夜姉は家を継ぐのでなく自分で病院を持って医者になりたいこと、私は両親の求める医学部に行くのではなく、教育学部に行きたいこと等もろもろ。



「と、まあこう複雑なんだけど、一応星空と私が親に直接話すしかないと思ってるんだよね。タイミングは夏休み最初の頃かな。夏にさ、星空の学校の家庭訪問あるじゃん? だから、その前には蹴りをつけないとその場の雰囲気とかやばいことなりそうだし」


「私も賛成」


 私がそう言うと聞いてた光莉さんと遠藤さんも頷いていた。


「うまくいかなかったらその時はその時で次の作戦を考えよう!」

 そういって姉は話を締めくくる。



「あ、そういえば二人には言ってなかったけど私たち付き合ってるから」


 真夜姉から信じられない言葉が飛んできて目眩がした。

 


「は?」「へっ?」

 遠藤さんと声が綺麗にハモる。


「真夜、ダイレクトすぎて二人とも困惑してるよ」

「いやだってこれ以外に伝え方ないでしょ」


 真夜姉がすごい嬉しそうで照れくさそうに話してた。

 

 たしかに光莉さんと居る時の真夜姉は昔の真夜姉みたいにきらきらしている。そうなってくれて嬉しいと思いつつ、私にはそれが出来なかったことが少し悔しい。




「二人はどこまでしたんですか?」


 遠藤さんが二人よりもダイレクトすぎることを聞いてきた。



「恋人なんだから、何でもするよ。デートも手を繋ぐのもキスもハグもそれ以上も」

 光莉さんはニコニコと答える。



 もう会話についていけないので、私の口は話すことを諦め、頭を使うことも諦めた様だ。

 


「付き合ってることも両親に伝えるんですか?」

 遠藤さんが質問すると真夜姉は苦笑いをしていた。


「いつかは伝えるつもりだよ。今は私と星空の進路の方が大切だからそっちを先ず解決しないと」

「そうなんですね」


 そんな感じで質問コーナーは終わり、遅い時間だから順番にお風呂に入ることになった。遠藤さんが一番最初に入ると部屋を出てしまう。


 

 三人になると、光莉さんの私に対する質問攻めが始まった。


「星空ちゃんと陽菜ちゃんはどこまでしたのー?」

 ニヤニヤと聞いてくる。何を期待しているのか分からないが光莉さんの求める回答は何一つできないと思う。


「どこまでもなにも遠藤さんと私は友達なので何も無いですよ」


「え?」「は?」

 今度は真夜姉と光莉さんの声が綺麗にハモった。


 真夜姉と光莉さんがすごい顔で私を見てくるので、目を逸らたくなってしまう。



「待って嘘でしょ……だっていろいろしてたよね……?」


 真夜姉が呆れたという声で言ってくるの。なんでそんなことを言われなければいけないのだろうと思った。



「うん。それがどうかしたの?」

「いや、それどういう気持ちでしてるの」

「わかんない……」


 ほんとに分からない。なんでこんな流れになったかもよく覚えていない。遠藤さんとは知らない間にこういう関係になっていた。



 二人がため息をついて頭を押えている。

 なんで?


 次は光莉さんが質問してきた。


「じゃあ、星空ちゃん。もし陽菜ちゃんが他の人と手を繋いだりキスしてたらどう思う」


 どう思うってそんなのわからない。


 その現場を見たこともないし、見たくもない。遠藤さんが私以外の人にあの顔をするのはいやかもしれない。


 遠藤さんの嬉しい顔も悲しい顔もキスする時の顔も全部私だけが知ってればいいとは思う。


「わかんない。嫌だとは思う」


 二人が先程よりも頭を抱えて床になだれ込みそうになっている。


 そんなやり取りをしていると、遠藤さんが上がってきたので私がお風呂に入ることになった。






 お風呂から上がると二人は寝室に向かう途中だった。

「星空ちゃんおやすみー!」

「星空おやすみ」


「おやすみなさい」


 相変わらず騒がしい人達だと思って挨拶をして遠藤さんの元に向かった。





「はぁ……」


 部屋に入ると遠藤さんが大きいため息をついていた。


「遠藤さん、ごめんね」

「ううん。いいんだよ」


 よく見ると、遠藤さんの髪がまだ濡れていた。


「髪、乾かさないの?」

「二人に質問責めされてて乾かせなかった」

 

「——私が乾かそうか?」


 私が勇気を持って声をかけると、化け物を見るくらい驚いた顔で遠藤さんが私を見ていた。


「——いいの?」


 恐る恐る聞かれる。

 私ってそんなに怖いかなと思いつつ、首を縦に降って頷いた。



 遠藤さんの髪はとても綺麗だ。

 何を塗っているのだろうと思うくらい髪に艶がある。触り心地がよくてずっと触っていたくなる髪の毛だ。


 私はその綺麗な髪がぐちゃぐちゃにならないように優しく撫でて乾かした。


「終わったよ」

「ありがとう」

「どういたしまして」


 微妙な空気が流れる。

 遠藤さんが先程から微妙な反応しかしない。


 きっと変なことを質問されたとかそんなことが理由だろう。



「遠藤さん何質問されたの?」

「んー学校のこととかかな」


 遠藤さんが嘘をついている時の顔をしていた。なんで遠藤さんが嘘をついていることまで分かるようになってしまったのだろうと思う。そして、嘘をつかれたことに胸がチクリといたんだ。



「なんで嘘つくの」

「なんでわかるの!?」

「こんだけ一緒にいればそれくらいわかる」

「あはは、滝沢には敵わないなぁ」

「それで?」

「ごめんね、今は答えられない。ただ、いつかちゃんと言うから許して欲しい」

「うん、わかった」


 遠藤さんが少し苦しそうな顔をしていたのでこれ以上追求するのはやめた。



「滝沢、一緒に寝よ?」

「遠藤さんと一緒のベットはいやだ」

「なんで?」

「遠藤さん絶対変なことしてくるから」

「変なことしない」

「遠藤さんさっきも嘘ついたから何もしないっていうのも絶対うそ」


 遠藤さんと一緒に寝ると心臓がうるさくなって寝れなくなるし、たぶん私の方が変なことをしてしまう気がした。



「やだ……」


 小さい子が駄々をこねるようにそんなセリフを放ち、遠藤さんのほっぺが膨らんでいる。



「滝沢と寝るとすごい落ち着く。朝起きて滝沢が目の前にいると生きててよかったなって思う。気持ち悪いと思われてもいいけど、全部ほんとのことだから……。滝沢が私と寝ると嫌な気持ちになるなら諦める」


 少し悲しそうな顔で私の様子を伺う遠藤さんが目の前にいた。


 遠藤さんはずるいと思う。

 そんな風に言われたら私が断れないことを知っていて、言っている気がする。


 私は諦めて布団に入ることにした。

 遠藤さんのことになると特に諦めの悪くなる私は、今後のためにも諦めの悪い癖を直した方がいいと反省をした。


 ただ、遠藤さんももう少し頑固なところは直した方がいいと思う。




 遠藤さんと向かい合うように寝ると、距離が近くなった。この距離だと遠藤さんの呼吸までしっかり聞こえて、胸の当たりがむず痒くなる。




「私も質問攻めされた」


 私は二人に質問されてから、胸の中に何かが潜り込んだ感覚になり居心地が悪い。


「え、なんて質問」

「どういう気持ちでこういうことするのかって」


 そう言って遠藤さんが抵抗できないように手首を抑えて遠藤さんに覆い被さる形で唇を奪った。



 たくさん重ねれば気持ちがわかるだろうか。

 

 どういう気持ち?

 

 わからないけどしたいと思うからする。

 

 なんでしたいの?

 

 遠藤さんとこういうことをすると胸が苦しくなる。ただ、それと同時に落ち着くしもっと欲しくなる。


 


 何回も唇を重ねる。


 遠藤さんの手を握る。


 遠藤さんの体温を感じるくらい、体を寄せ合う。


 それでもわからないから、遠藤さんのもっと深いところに私の体温を流し込む。

 

 遠藤さんは絶対に私を拒絶しない。

 それをわかっていて、こういうことをしている私はずるいのかもしれない。

 

 遠藤さんが私の肩に手を添えて、薄く開いた目と私の目が合う。目が合うと心臓がうるさくなるので目を閉じて集中した。


 私の生暖かい舌に応えるように遠藤さんの熱い舌が混じり合う。


 それだけのことなのに心地いい。


 遠藤さんが他の人とこんなことをしていることを考えると嫌な気持ちになる。その事を考えたせいなのか、キスをしているせいなのか、呼吸が苦しくなる。

 

 遠藤さんは今のままでいて欲しい。

 他の誰のものにもならず、私の隣にいて欲しい。

 


 苦しくなったのを誤魔化すように遠藤さんの舌を強く噛んだ。痛かったのか遠藤さんが逃げようとするので離さないようにぎゅっと押さえる。

 

 ―――いやだ。


 私以外にこういうことをして欲しくないし、したいと思う相手すらできて欲しくない。


 そう思うと、激しさが増す。

 呼吸の仕方も分からなくなるほど遠藤さんと混じり合う。

 

 ずっとこの時間が続けばいいと、思う。


 遠藤さんのことをもっと知りたい……。


 遠藤さんにもっと触れたい……。



「た、き……んっ……」


 遠藤さんがなにか言おうとしているけど、今は自分の感情が分かるまでこうしていたい。

 


「――たきさわ!」


 遠藤さんの声で我に返る。

 遠藤さんは肩が上下に動くくらい呼吸が乱れていた。



 頬は赤くて、服も髪も乱れている。

 今の私の気持ちはよくない。

 わかってるけど抑えられない気がした。


「自分の感情が分からないから分かるまで確かめようと思った」

 

 それを聞いた遠藤さんが耳まで赤くなっていた。

 

「滝沢が変なことしないでって言ったんだよ」

「そうだね、もう寝る」

 

 そう言って遠藤さんに背を向けて寝た。

 遠藤さんに拒否されたことが少しショックだった。

 だから、彼女の方は向きたくない。



 …………



 遠藤さんは従順だ。


 いつもなら背中に感じるはずの体温がない。

 私が変なことをするなと言ったらほんとうに何もしてこない。

 

 少しムカつく……なんでこんな時まで私の言ったことを守るのだろう。

 


 遠藤さんの方を向き直すと遠藤さんはぱっちりと目が開いていた。


 全部、遠藤さんのせいだ。

 


 私の中で遠藤さんを他の誰かと違う何かにしたくはない。



 特別にしたくない。


 大切な人にしたくない。


 だっていつか、私の前からいなくなるから……。



 なのに、少しだけ期待してしまう。


 もしかしたら、遠藤さんは私の前から居なくならないんじゃないかなって。


 そんなことは絶対にないのに。

 


 遠藤さんをぎゅっと抱きしめて耳を噛んだ。


「——滝沢痛い」


 耳をこのまま噛みちぎってしまえば遠藤さんは私の前からいなくなるだろうか。


 それとも、聞こえなくなった耳の責任を取ってもらうためにずっと一緒居てくれと言うだろうか。


 たとえ、遠藤さんが私の前から居なくなっても遠藤さんの中に私が残り続けるだろうか。



 私の前からいなくなっても、遠藤さんの中から私がずっと消えなければいいと思う。

 


 そうじゃない……。


 私の前からいなくならないで欲しい。

 



「陽菜、ずっと一緒に居てよ……」


 そう耳元で囁いて私は遠藤さんをぎゅっと抱きしめた。



 返事はなかった。


 わかっている。


 卒業したら私と遠藤さんの関係はなくなる。


 二年生の頃まであんなに仲の良かった奈緒さんと朱里さんのように呆気なく関わりがなくなることなんて容易に想像できる。


 だから、私は遠藤さんがこれ以上私の中で大きくならないように、特別にならないように努力すべきだ。



 ずっと分かってた。

 そうならないように努力してきた。


 ただ、私のその思いと裏腹に気持ちはどんどん大きくなって自分ではどうしようもなくなっている。



 私の気持ちは自分ではコントロール出来ない場所に行ってしまっている。

 私はそれを追いかけなければいけない。




 遠藤さんを抱きしめる力が強くなる。


 遠藤さんが私の前から居なくなっても、私のことを思い出せばいい。


 そんな欲張りな思いが尽きない夜だった。

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