第60話 17歳 ⑵

 電車で遠藤さんの隣に座る。

 会話は少ないけれど、やっぱり遠藤さんの隣は落ち着く。電車に三十分近く揺られて、乗ってから7駅くらいのところで降りた。


 着いた先に私は驚く。


「ここ……」


「そう、今日は滝沢と動物園行きたいなって」

「聞いてないし、子供じゃない」

「言ってないし、子供だと思ってない」


 今日の遠藤さんは反抗的だ。

 一体、春休み期間に何があったのだろう。

 もう来てしまったから諦めるしかないと思い、チケットを買って中に入ることにした。

 冬が終わり暖かくなってきたからか人が少し多い。


「なんで動物園?」

「滝沢の好きな物ってなにかなーってずっと考えてた。私さ、滝沢と話すようになってもうすぐ一年近く経つのに滝沢のこと何も知らないんだなって思った。頑張って、滝沢との今までのこといっぱい思い出したら、もしかしたら動物好きなのかなって思ったからここ選んだ」


 私が自分のこと話さないのだから、その事について遠藤さんが気にする事はないはずだ。変なところで気を遣う遠藤さんはよく分からない。

 

 でも、確かに動物は好きだ。

 見てるだけで癒される。

 人に懐く動物もいれば、威嚇してくるのもいる。ぼーっとしているだけのも居れば餌を取り合って競争したり、争ったり、寝たり、わけも分からず騒いでいたり。


 何を見ていてもかわいいと思える。

 人間よりも行動が素直だからだろう。

 人は何を考えているか分からない。

 動物はわかりやすい。

 だから、かわいいと思える。


 

 遠藤さんはマップを広げてどこから回るかなんて楽しそうに話をしている。


 

 私だって遠藤さんの好きな物分からないと思った。


 得意なことはたくさんあるんだろうけど、好きなものがなにかはわからない。


 遠藤さんは動物好きなのだろうか?

 私に合わせてくれたのだろうか?

 無理していないのだろうか?


 ……


 なんで動物園に来てまで遠藤さんのことばかり考えているんだろう。細かいことを考えるのはやめて、目の前のことを楽しむことにした。


 動物園は始めから楽しいものになった。

 入ると、すぐにペンギンやハクチョウが迎えてくれる。


「ペンギンってスイスイ泳いでてすごい」

「滝沢って泳ぐの苦手そうだもんね」

「失礼だな遠藤さんより得意だよたぶん」


 いや絶対に遠藤さんより下手くそだ。

 昔、少し習っていたくらいで彼女に勝てるわけが無い。彼女は泳ぎも得意だったりするのだろうか? 海とかで派手めな水着を着て、きらきらしている遠藤さんが容易に想像できる。



 少し進むと、大きい広間にゴリラが二匹いる。人が集まっているから何かと思えば、どうやら物を沢山投げるゴリラらしい。

 観客の人がゴリラが何かを投げるとわーわーと騒ぐ。ゴリラは嬉しそうにその行動を何度も繰り返していた。


「ゴリラってコントロールいいね。狙った場所にちゃんと投げれてる」

「バスケしてる時の遠藤さんみたいだね」

「えっ……滝沢には私があのゴリラみたいに見えてるの」

「うん」

「えっ……」

「嘘だよ」


 遠藤さんが面白いのでつい冗談を言ってみたくなった。


「滝沢って冗談とか言うんだ。そういうの言わないと思ってたから、一瞬本気かと思って自分を見つめ直そうかと思ったよ」

「冗談くらい言うよ。だけど、遠藤さんは自分のことは見つめ直した方がいいかもね」

「えっ」

 

 遠藤さんは納得していない顔をしていたけどそんなことはいいかと思い、気にせず次に進んだ。


 各世界の珍しい鳥が沢山いてテンションが上がってしまう。見た目が綺麗な鳥、面白い鳴き声の鳥、小さい鳥から大きい鳥までおもしろいのが沢山いる。

 絶対に種類と名前を覚えられないと思いつつ見て回った。

 唯一わかるのはダチョウくらいだ。


「あのダチョウ、舞に似てない?」

「遠藤さん、それめっちゃ悪口」

「だってさ、ぼーっとしてるのに前には進んで歩いてるとことかめっちゃ似てるよ」

「たしかに」


 遠藤さんと目が合うと同時に笑ってしまった。久しぶりに遠藤さんと目が合うと、心臓がドクリと鳴った。そのせいで、遠藤さんからすぐに目を逸らしてしまった。


 そのことを誤魔化すように話を続けた。

 

「舞にチクッとくから。遠藤さんバカにしてたよって」

「そしたらいいよ、滝沢も共犯にするから」

「それは困る」



 今日は自分でもビックリするくらい話をしていると思う。でも、話をせずに居られないくらい楽しい。


 遠藤さんとのくだらない会話が楽しい。

 いや、動物園が楽しいのだ。

 誰と来たって変わらないに決まっている。


 もう記憶が無いくらい小さい頃、家族で動物園に来たことがある。その時の記憶も楽しかったという記憶だ。やっぱり動物園は楽しいし、好きなのかもしれない。



 パンダとクマがいる場所に着いた。

 パンダはかなりだるそうにゴロゴロしている。


「あのパンダ、寝起きの遠藤さんみたいだね」

「いや、どちらかと言えば滝沢でしょ?」

「私すぐ起きるし寝起きいいよ」

「うぐ、たしかに……」


 認めざるしかないと悔しそうな顔をしている。


 今日の遠藤さんはコロコロ表情が変わる。

 遠い場所で知り合いが誰もいないからだろうか。

 そんな遠藤さんから目が離せなくなる。



「パンダってこんなに可愛かったんだ。癒されるね」

 さっき遠藤さんがパンダに似てると言ったのにそれを可愛いという遠藤さんはあほだと思った。



 少し進むとレッサーパンダが私たちを迎えてくれる。


「レッサーパンダってさこんなにかわいい顔してるのに気性荒いんだって」

「へー」

「滝沢って興味無いものわかりやすいよね。パンダの時とかすごい喜んでたじゃん」

「あれは喜んでたんじゃなくて、遠藤さんに似てるから面白いと思って見てただけ」



 しまった……言ってから自分の発した言葉に後悔した。


 なんかこれでは私が遠藤さんに興味あるみたいに聞こえてしまう。

 遠藤さんは何も言ってこない。こういう時にだんまりする遠藤さんはずるいと思う。

 


 その後も遠藤さんは色々な動物の説明をしてくれる。

 今日のために沢山調べたのだろうか。

 楽しませてくれようとしているのだろうか。


 今日の遠藤さんの意図が何も分からなくて、そのことに胸がもやもやしてしまった。

 


 動物園の醍醐味の猛獣コーナーにやってくると、ライオンやトラ、ホッキョクグマがいた。


 ライオンたちは自分たちが人気なことをよくわかっているのか、人の近くまでよってくる。


「迫力すごいね」

「遠藤さん怖いの?」

「怖くないに決まってるでしょ。ちゃんとバリケードあるんだから」


 その瞬間、そのガラスのケースをどんとライオンが叩いてきた。

 遠藤さんがびくりとする。


「やっぱりビビってたんじゃん」

「ち、ちがうもん!」


 そんなやり取りをする私たちの前をホッキョクグマがぷよぷよと浮いていた。そんなほんわかな空気が変わるくらい、勢いよく動き始め、泳いで陸に上がっていた。


「かっこいいね」

 遠藤さんはホッキョクグマに釘付けだった。


「ホッキョクグマ好きなの?」

「いや、本物は今日初めて見たけど思ったより俊敏だなって」


 なんだその感想はと思いつつ、遠藤さんを見る。

 

 今日の遠藤さんは最近感じていた壁を感じない。


 少し嬉しい。


 そのまま私もホッキョクグマを見てると遠藤さんが少し遠くに行った気が気にせず、ホッキョクグマを見ていた。



 大きい動物コーナーでは、キリンやゾウがいるが少し遠くにいるのでなかなか見えない。家族連れの親が子供を抱っこしたり、歩かないと駄々こねたり大変そうだ。


 そんな所に一人でうずくまっている女の子が居た。遠藤さんを見るとその子には気が付かないで動物を見ている様子だ。



「遠藤さんちょっとここで待ってて」


 なんでという顔をしている遠藤さんを置いて、私はその子の元に駆け寄る。



「お母さんとお父さんは?」

 その女の子はぐすぐすと泣くばかりで答えてはくれない。


 両親に見捨てられたあの日の私もこんな感じだった気がする。不安で堪らなくて、辛かった。


 その子を持ち上げ、とりあえず迷子センターまで連れて行くことにした。


「たきさわ!」

 後ろから声がして遠藤さんが走ってくる。


「どうしたのその子」

「迷子みたいだから放送で流してもらおうかなって」

 私の腕の中でその子は泣き止んでいた。


「なんで呼んでくれなかったの?」

「遠藤さん楽しそうだったから」

 遠藤さんの邪魔はしたくなかった。そのまま、楽しんでもらいたかった。ただそれだけだ。


 しかし、はぁっと大きくため息をつかれる。


「一人で全部何とかしようとしないでよ」

「ごめん……」


「お名前なんて言うの?」

 遠藤さんが優しく女の子に話しかける。


「はな……」

「はなちゃん?」

 遠藤さんがにっこりと優しそうに聞く。

 その子はこくりと頷いた。


 遠藤さんが優しく話しかけてくれたおかげで、はなちゃんはかなり落ち着いた様子になった。


「一緒にお父さんとお母さん探そうか」

 私はそう言ってはなちゃんを持ち上げ肩車をする。


 高いところに居た方が見つかりやすいだろうと思った。

 そしたら思いのほか肩車を喜んでくれて、動物が見えやすくなったのか動物に夢中になり始める。

 子供は素直でかわいい。


 

「おねえちゃん! 見てみて、キリンさんいる」

 さっきまで泣いていたのが嘘かのように楽しんでいる。


「キリンさんより大きくなれるかな」

「キリンさんよりは無理かもだけど大きくなれるよ」


 そんな在り来りな事しか言えない自分を情けなく思う。遠藤さんだったらなんて答えたんだろう。


 そう思って遠藤さんを見るとびっくりするくらいニコニコしていた。


 なんで?



 そんなこんなで動物園の本部の方まで歩いていると、はなちゃんの両親らしい人達が近寄ってきた。


「あ、ぱぱとまま!」

 そう言われて私ははなちゃんを肩から下ろした。


「すみません……うちの子が……」

「迷ってたので、今放送流してもらおうと思ってました」

 遠藤さんがはなちゃんの両親と受け答えしてくれる。そういうのは遠藤さんに任せた方がいいと思い、私は少し離れて待つことにした。



 はなちゃんはぱぱ! まま! といって両親にくっついている。

 両親に頭を下げられてその場を離れようとするとはなちゃんが大きい声で言ってきた。


「またね!」


 もう会うことは無いだろう。

 子供は純粋だ。

 今の感情を素直に伝えられることが羨ましいと思った。



「遠藤さん手伝ってくれてありがとう」

「滝沢だけじゃ両親の人と上手く話せなくて、誘拐犯とか疑われそうだもんね」

 遠藤さんはたまに失礼だ。

 いや、結構失礼だと思う。


 確かに人と話すのは苦手だけど、ある程度の常識は持ち合わせていると思っている。



「滝沢って意外と力あるよね」

「まあ、重い遠藤さん家まで運べるくらいにはあるんじゃない」

「重いは余計」

 遠藤さんが失礼だったので失礼で返してみた。彼女は自分で話題を持ち出したくせに、納得がいかないのか私のほっぺを引っ張ってくる。


「いたい」

 痛くは無いが離して欲しいので適当に言葉を放つ。


「滝沢って優しいよね」

 遠藤さんが私を真っ直ぐ見つめて真面目な顔でそんなことを言うから、恥ずかしくなって目を逸らしてしまった。


「普通でしょ」

 

 私たちは中断していた動物園巡りを再開することにした。

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