第59話 17歳 ⑴
二年生も何事もなく終わった。
いや、何事も無かったわけじゃない。
死にたいと思っていた私の人生は、一人の少女によって大きく変えられた。
今年は遠藤さんのせいでかなり濃い人生を歩んでいた気がする。姉との和解、色々な人との出会い、遠藤さんとの勉強の日々。
どれも自分にとっていい影響をたくさん与えてくれた出来事だった。
遠藤さんはほんとに魔法使いみたいだ。
私の周りにぽんときっかけを産み、私はそれを拾っていく。私はそのきっかけのおかげで、前よりは明るい性格になったと思うし、何より生きてて息苦しくなることが少なくなった。
遠藤さんと居ると心が温まる。
今まで一人だった私を優しく包み込んでくれる遠藤さんに甘えてしまう時も甘えたくなる時も沢山あった。
遠藤さんなら少し信頼出来る。
そう思い始めたのはいつからだろう。
遠藤さんは私の家族とは違う。
私の心にそう言った変化が起こり始めた頃と同時期に遠藤さんの様子がおかしくなった。
何回かなぜかと聞いたけど遠藤さんは理由を話してくれない。それだけの事なのに気分がかなり下がり、自分の中に強い不快な感情が生まれる。
クリスマス以降、遠藤さんはいつも通りに見える。
でもどこか違う。
見えない壁のようなものを感じていた。
三年生の先輩たちが卒業し、私たちが三年生になる。
家庭教師バイトの生徒の美海ちゃんは無事、私の高校に合格したので晴れて私の後輩になった。
毎年、長いと感じていた春休みはあっという間に過ぎていった。
受験勉強、家庭教師バイト、遠藤さんとの勉強会、裁縫の練習など。暇よりは充実しているのかもしれないけれど、体力がないので大変なこと多い。
さらに、今年の夏頃に私は姉と一緒に両親と将来のことについて話す。大学のこと、今後のこと。それを考えただけで憂鬱だが、やると決めたからには頑張るしかないと思っている。
最近、見えない距離を感じていた遠藤さんから春休みに入ってすぐに連絡が入った。
三月二十六日空いているかという連絡だった。
空いている。
ただ、その日に遠藤さんと会うのは絶対に嫌だ。
私の誕生日だからだ。
今までは春休み中だから友達に祝われることはないし、ましてや、家族に祝われることなんて絶対になかった。なんでよりによってその日ピンポイントなんだ。
遠藤さんに誕生日を教えたことは無いから、たまたまその日なのだろう。
誕生日を特別とは思っていないが、特別と思っていないからこそ、その日をなにかの予定で埋めるのが億劫だった。
はぁ……毎年勉強をして過ごしている日だ。
今年もそのつもりだった。
しかし、断る理由が何も無いのでその日は遠藤さんと遊ぶことになった。
***
「星空先生、高校生なっても家庭教師続けてくれますか?」
「逆にいいの?」
「はい! 星空先生の教え方分かりやすくてこれからもお願いしたいです」
うるうるな目で見られる。
「いいよ。美海ちゃんのお母さんには相談しておくよ」
「やったー!」
美海ちゃんは素直でかわいい。
遠藤さんもこれくらい素直だったらいいのにと思う。
いや、遠藤さんは素直だと思う。
私が彼女に素直に向き合えてないだけだ。
そんな自分が嫌になる。
最近、会っていないのに遠藤さんのことばかりだ。
遠藤さんに会えばこの嫌な気持ちは消えるだろうか。
早くこの胸のモヤモヤが消えて欲しいと思う。
***
誕生日当日は駅に9時半集合だった。
早いと思いつつ重い体を起こして準備をして家を出る。
駅で集合の十分前なのに遠藤さんは待っていた。
遠藤さんはいつも私よりも早く待っている。
一体、何分前に来ているんだろうと飽きれてしまう。
珍しく遠藤さんはジーパンで、ニットをインしてその上にロングコートを羽織っている。
そして、暖かくはなってきたがまだマフラーが必要なくらいの気温で、私があげたマフラーを巻いている。
クリスマス、遠藤さんに似合うだろうなと思ってあげたマフラーを彼女は毎日つけていて、土日一緒に勉強する時すら付けていた。
そんな遠藤さんを少し愛おしく感じる自分がいる。
あげたものが遠藤さんに愛用されて良かった。あのマフラーもきっと幸せ者だ。
遠くから遠藤さんを見ていると私に気がついたらしく、走って私の方へ向かってきた。
犬が飼い主の元に寄ってくるみたいだ。
「滝沢居るなら声かけてよ!」
「ごめん」
「大丈夫。今日ワンピースなんだ。似合ってる」
「どうも」
遠藤さんは私が何を着ていても褒めるから、あまり真に受けないようにしている。そんな会話をして私たちは駅に向かった。
遠藤さんが電車の切符を買おうとしている?
「今日、駅ぶらぶらするんじゃないの?」
「ううん。今日は滝沢のこと連れていきたい場所ある」
「聞いてない」
「言ってない」
「遠藤さん、今日なんか生意気」
「滝沢に会えて嬉しいからかな」
意味のわからない理由を言って遠藤さんが笑っている。まあ、遠藤さんが笑顔ならいいかと思い、着いて行くことにした。
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