第61話 17歳 ⑶

「お昼食べよっか」


 遠藤さんにそう言われて、私たちは動物園の中にあるフードコートに向かった。


 色々な食べ物があり、シロクマのカレーライスやクマのハンバーグなどの可愛い形になった食べ物沢山あった。


 遠藤さんがシロクマカレーをじーと見ている。


「そんな気になるならシロクマのカレーライス食べたら」

「子供じゃないんだから食べないよ」

 そういって遠藤さんは少しむつけた感じで、その場から離れた。



 結局、遠藤さんは普通の定食を食べていた。

 

 遠藤さんって子供ぽいとか気にするんだなと意外な一面を知る。そんなことを考えてご飯を食べていると遠藤さんの手が伸びてきた。


「滝沢、ほっぺにご飯粒ついてるよ」


 そう言って遠藤さんは私の頬に触れる。

 この歳になって頬に米粒がついていることが恥ずかしくなり、顔に熱が集まる。


「自分で取れる」


 そう言って恥ずかしさを誤魔化すことにした。


 結局、私も同じだ。

 子供ぽいのは嫌なのだ。


 いつからこうなったかなんて覚えてないけど、まだまだ子供の年齢のくせに背伸びをしたがる。別にそんな頑張る必要もないのに私たちは頑張ろうとする。だから、生きてて息苦しくなる時がある。



 遠藤さんが変なことをするから、微妙な雰囲気のままお昼ご飯を食べてしまうことになった。

 




 午後はふれあいコーナーに向かうことにした。


 うさぎ、モルモット、チンチラ、フェレットなんかはよくふれあいコーナーの定番動物という感じがするが、この動物園には犬も数匹ふれあいコーナーにいた。


 大きいラブラドールと人懐っこい柴犬が今日の担当らしい。


 名札にはゴンとコンと書いている。

 そのラブラドールのゴンはフリフリと尻尾を揺らして、私の元に寄ってきてくれた。

 触ると大きくて安心感がある。懐いてくれたのか顔をぺろぺろと舐められる。


「ふふ、くすぐったい。やめてよ」

 そんなこと言ってゴンをわちゃわちゃしていると遠藤さんがゴンを抱っこして、私とゴンを離す。


 せっかく楽しんでいたのに——。


 ゴンもハカハカと息を立てて、寂しそうな顔をしている。しかし、なんでか分からないけど遠藤さんはもっと寂しそうな顔をしていた。


 やっぱり、遠藤さんは大型犬に似ている。



「滝沢ってラブラドール好きなの?」


 確かに好きだったかと言われたらそうでも無い。遠藤さんに似ているから何となく興味を持つようになった。ゴンと今触れ合ってわかったが、好きだと思う。


「うん、そうかもね」

 

 遠藤さんは不満そうにゴンを離して床に座っていた。しばらくすると遠藤さんの膝にミーヤキャットがやってくる。

 遠藤さんの膝が心地よくなったのかそこから離れなくなってしまった。


 そうすると飼育員の人がやってきて、

「みーちゃんが懐くなんて珍しいんですよ。お姉さんのことよっぽど気に行ったんですね。みーちゃんいつもつんつんしててほとんどの人に心開かないのに」と楽しそうに言っていた。



 みーちゃんは遠藤さんに撫でろと言わんばかりに喉を鳴らしている。遠藤さんが撫でると満足したのか膝の上で寝てしまった。


 遠藤さんの手は優しそうにミーヤキャットを包んでいる。きっと、つんつんなみーちゃんもそんな優しい手に癒されてしまったのだろう。



「遠藤さん完全に懐かれたね」

「動けなくなっちゃった」

「じゃあこのまま私は帰ろうかな」

「えっ! まってよ!」



 今日は遠藤さんの反応が面白くてつい、いじめたくなる。


 しかし、今の私は真夜姉さんが人をからかう時に似ていて、姉に似るのは嫌だなと思いこれ以上からかうのはやめようと思った。



 そんなこんなで私たちは動物園をほとんど見終わり、辺りの景色は赤く染っていた。



「やっぱり動物園といえばお土産だよね」


 遠藤さんはそのままお土産の売っている場所に入り、動物の絵が入ったクッキーなんかをカゴに入れている。



「滝沢はなにか買って帰らないの?」


「私は買わない」


 お土産とかはあまり好きじゃない。

 食べ物でも物でもなんでも、それを見るとその日のことを思い出してしまうからだ。


 今日は自分でもびっくりするくらい楽しみすぎてしまったと思う。自分の誕生日とか関係なく楽しんでいた。

 

 こういうのは良くない。

 あの時楽しかったなと思い出して悲しくなる未来しか見えない。


 しかし、遠藤さんとは思い出を作らないようにと努力しても上手くいかないのだ。



 お店の中をフラフラと回っているとホッキョクグマのストラップが目に入る。

 遠藤さんもそれをずっと見ていた。


 さっきからホッキョクグマばかり見ている。


 そんなに欲しいのなら買えばいいのに…


「買わないの?」

「子供じゃないんだからストラップなんて買わないよ」

「欲しいんじゃないの?」

「かわいいなとは思うけどね」


 そういって遠藤さんはまた別の場所に行ってしまう。


 そこには遠藤さんがかわいいと言ったホッキョクグマのストラップと私だけが取り残された。

 




「お土産たくさん買っちゃった。部活の子たちとかにも配ろうかな。滝沢付き合ってくれてありがとう」

 遠藤さんは満足そうな顔をしている。

 今日は何だか色々な遠藤さんを見れた気がする。



 今から私がすることは、今の遠藤さんの満足そうな顔を嫌な顔に変えてしまうかもしれないし困惑した顔に変えてしまうかもしれない。


 しかし、どんな反応になってもかまわない。


 今は私が行動したいからするのだ。


 私はポケットからホッキョクグマのストラップを出す。



「え、なんでこれ持ってるの?」

「遠藤さん欲しいくせに意地でも買わなそうだったから」

「でも、そんな子供ぽいの……」


 遠藤さんは受け取る様子が無さそうだ。そして、やっぱり困った顔をしていた。



 彼女はいつも変なところで背伸びをしようとする。

 別に子供ぽいのをつけていたっていいじゃないか。


 自分を優先すればいいのに、周りの目や周りの状況に合わせる癖がついているのだろう。



 遠藤さんが子供ぽいからいらないと言うのは分かっていた。


 私はしっかり準備するタイプだ。


 ポケットからもう一つホッキョクグマのストラップを出す。



「私もつけるから。それなら恥ずかしくないでしょ」


 そう言って、私は今日持ってきた黒のショルダーバックにホッキョクグマを付けた。


 遠藤さんが目をまん丸にして見てくる。



 子供ぽいかもしれないけど別にいいじゃないか。私たちはきっとまだまだ子供なんだから。



 私は驚きで動けない遠藤さんを無視して彼女の手にホッキョクグマを乗せた。


 遠藤さんはそれをしばらく見つめたあと、今日持ってきていたベージュのバックにホッキョクグマをつけていた。



 すごい愛おしそうな顔でそのホッキョクグマを見つめている。まるで、欲しいものを買ってもらった時の子供みたいだ。



「滝沢ありがとう。一生大切にする……」


 そんな大層な物じゃないだろと思いつつ、私たちは名残惜しい動物園を出た。

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