第57話 やり直し

 昼過ぎくらいに目が覚めると滝沢はまだ寝ていた。よっぽど疲れていたんだと思う。


 私はかなり体温が下がり、頭の痛さや吐き気はほとんど無くなっていた。

 ご飯も食べたし、薬も飲んだおかげだろう。



 お昼ご飯、滝沢に作ろう。



 そう思って起きようとすると私の体に回っていた滝沢の腕に力が入る。


「滝沢、起きてたの?」

「遠藤さんが動くから目が覚めた。どこ行くつもり」

「昼ごはん作ろうと思って」


 せめて、ご飯くらい作らせて欲しい。


「何言ってんの。まだ風邪治ってないんだからベットで休んでて」

 そう言って滝沢がベットから出た。


「近くのコンビニとか行ってくるから」

 そう言ってどこかに行こうとする。


 当たり前に戻ってくるのだろうけど、何か胸に刺さったみたいに不安になり、滝沢の袖を掴む。

 

「私作るから遠くに行かないで欲しい。体調はかなり良くなったから大丈夫」

 

 そういうと、滝沢は大きくため息をついていた。


「そんな遠くじゃないでしょ。すぐそこだし。それなら遠藤さんも一緒行く?」

 今は滝沢と一緒に居れるならなんでもいいと思い頷いた。


 パジャマにコートだけ羽織って行こうとすると滝沢に止められる。


「どうしたの?」

「いいから黙って」


 そう言って滝沢は私の首にベージュのマフラーを巻いた。


「これって……?」

 訳の分からないという顔をしていると滝沢の眉間にシワが寄っていて言葉に詰まっていた。

 

「——今日はクリスマスだから。昨日渡して帰るつもりだったけど遠藤さん風邪やばそうだから帰れなくなった」

 滝沢はムスッとした顔のまま黙ってしまった。


 胸にじわじわと温かいものを感じる。

 滝沢がクリスマスの日に風邪で休んだ私にプレゼントを届けに来たという事実が嬉しい。


 マフラーをぎゅっと掴む。

 滝沢の心みたいに温かい。



 ただひとつ困ったことがある。

 私は滝沢に何も買っていなかったのだ。正確には買えなかったが正解だと思う。


 滝沢の好きな物を知らない私は何をあげたらいいか分からなかった。最終日までには決めようとしていたが、前日に風邪を引いてしまい買いそびれた。

 

「ありがとう。私、滝沢に何買ったらいいかずっと悩んでて、前日こそ買うぞと思ってたら風邪引いて。だから買ってなくて……」

 ごめんという前に滝沢に言葉を阻まれる。


「いらないから、病人は病人らしく大人しくしてな。ほら行くよ」そういって滝沢は私の手を引いてくれて、私たちは玄関を出た。

 

 滝沢は濃い青色のマフラーを巻いている。

 彼女にとても似合うマフラーだと思う。

 このマフラーは私に似合っているだろうか。


 マフラーに顔をうずめてスーパーに向かった。



「遠藤さんお粥でいい?」

「多分、もう普通に食べれる。それより滝沢、風邪薬とかのお金出すよ」

「いらないから」


 そう言って滝沢が買い物を続ける。

 昨日のことが申し訳ないのもあるので、一つ提案をしてみた。


「滝沢が良ければ本当は昨日するはずだったクリスマスパーティーしない?病み上がりで盛大にはできないけど」

 うんとは言われないが嫌とも言われないの嫌ではないと思って買い始めることにした。


「滝沢、シャンメリーとか飲もうよ。あとチキンとピザもあるから買ってこ。あと、ケーキ半分こしよ?」

 滝沢と買い物ができることや風邪が治って少し元気なこともあり、買い物が楽しくなってしまった。



「遠藤さんほんとに病人だったのってくらい食べる気だね」


 滝沢にそう言われ、少し恥ずかしくなる。


「じゃあ、お粥でいい」


 そんな風にいじけていると滝沢が声を出して笑っていた。


 滝沢が笑ったのって初めて見たかもしれない……。


 目が細くなり、瞳は吸い込まれそうなほど綺麗で、長い上まつ毛が下まつげに付きそうになる。目尻に少しだけシワが寄り、絵に書いたように綺麗に口角が上がる。


 滝沢って笑うとこんな感じなんだと初めて知り、びっくりしすぎて言葉が出なくなった。

 


「遠藤さんお粥じゃ足りないでしょ。いいよ、食べれない分、私が食べるから食べたいの買いなよ」


 笑ったのは一瞬でいつもの顔に戻ったが、私にとっては事件に近いくらい衝撃的すぎて何も頭に入ってこなくなった。


 昨日から滝沢はずっと優しい。

 いっそのこと、ずっと風邪をひいていた方がいいのかもしれないと思った。



 そんなことを考えつつ買い物が終わる。


「荷物、半分こしようよ」

「いやだ」


 いつも買い物をすると滝沢がすべての荷物を持って私に渡す気は無いのだ。


「滝沢ってみんなにもこんな感じなの?」

「こんな感じって?」

「優しくするのかなって」

「別に優しくしてないし、人とあんまり関わらないからよくわからない」


 今はこうしてくれるのは私だけなのだと感じると心がふわふわ浮いている気分になった。


 家に帰るとすぐに買ってきたものを広げた。日中だけど、グラスにシャンメリーなんかを注いでご飯を出した。


「おいしいね」

「うん」


 素っ気ない返事だけが返って来る。

 それだけなのにとても幸せに感じる。


「滝沢クリスマスパーティーの前、勉強会誘ったのに断ったじゃん? なんの予定だったの?」

「遠藤さんに教える必要ある?」

「いや、ないけど……いつも舞と遊ぶからとか理由言ってくれるから何でかなって気になっただけ」


 私が元気になったからか、いつも通りの滝沢に戻っている。やっぱり具合悪い振りをしようかなんて思う。


「家庭教師のバイト始めた」

「えっ!?」


 思わず大きい声が出る。



「なんで? 誰に教えてるの?」

「遠藤さんうるさい。大学で一人暮らしするためにお金貯めようと思った。家の近くの中学生の子に教えてるよ」


 初耳だ。

 滝沢が私に教えるみたいに他の子に教えていると思うと胸がもやもやして苦しくなった。


 いやだ。そんなの嫌だ。



「週何回あるの?」

「二回」

「そっか……」

 それ以上何も言えなくなってしまった。

 せっかく、滝沢がクリスマスの振替に付き合ってくれてるのだから明るくしないとダメだ。


 半分にしたケーキの味がしない。


「ケーキおいしいね」

 滝沢がそんなことを言う。私の心はそんなどころでは無い。



 私に滝沢の行動を制限する資格は無い。

 分かっているのに、他の人と楽しそうにいるところを想像してしまい感情が抑えられなくなる。


 やっぱり蓋をしておけばよかっただろうか。



 滝沢のことが好きで、滝沢の特別になりたい。

 滝沢を独り占めしたい。

 誰にも渡したくない。


 でも、きっと今伝えても信じて貰えないと思う。滝沢は人のことをあまり信じていない。

 そもそも恋愛的に好きと伝えても、よく分からないと言われそうだ。


 だからこそこれから行動で示して、少しずつ私が好きだということを伝えていけばいいと思っていた。


 しかし、さっきの話で動揺して焦ってしまう自分を見て今後が不安になる。


「遠藤さんはおいしくないの?」

 そう言って滝沢が顔をのぞき込む。

 

 だめだ……自分の感情に嘘はつけない……

 体が勝手に動く。

 滝沢をぎゅっと抱きしめていた。

 滝沢がグッと私の肩を離す。


「遠藤さんなに? いつも急に抱きついたりキスしたりいつもタイミング訳分からない」


 滝沢が少し怒っているのがわかる。


 どうしていけばこの気持ちは伝わるのだろう。


「これからも勉強会一緒にして欲しい」

「最近、避けてたのはそっちじゃん。私のことはもう必要なくなったのかと思ってた」

 たしかに滝沢への気持ちが大きくならないように避けていたのは私だった。


「そうだよね……ごめん……」

「遠藤さん最近変だよ。何かあったの」

 私は何も答えなかった。


 それ以降、私は自分の気持ちが大きくなり過ぎないように滝沢と過ごすようになった。今まで通り勉強会はするが、滝沢に変なことをしないよう心がけた。今回みたいに、拒否されることがすごい辛いからだ。



 滝沢の好きな物も嫌いなものも謎のまま一、二月は過ぎ、三月の春休みになった。

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