第56話 恋愛感情

 最近、滝沢と関わらないようにしている。


 それは真夜さんと光莉さんとお泊まり会的なものを開いてからそうしている。理由は私の滝沢に対する感情は許されるものではないからだ。


 滝沢とこれからも関わっていきたいと思うのなら尚更、この気持ちが一度落ち着くまでは滝沢と関わるのはやめなければいけない。


 しかし、離れれば離れるほど滝沢に会いたいと思う気持ちは強くなる一方だった。

 学校ですれ違ったり、目が合ったりするとすぐに声をかけたくなる。


 仲のいい奈緒と朱里に「滝沢のことを見すぎじゃない?」なんて言われるくらい滝沢を目で追っていたらしい。



 自分の気持ちもコントロールできないなんて、最近の私はおかしい。



 それでも、クリスマスパーティーまでには前の私に戻って、滝沢と舞と楽しくクリスマスパーティーができればいいと思っていた。

 自分の気持ちを押し殺すのなんて得意なはずなのに滝沢のことになると何故か上手くいかない……。




 ***




「……高熱過ぎる」


 体温計を見ると三十八度を上回っていた。

 病院に行かなければいけないレベルだ。

 ただ、病院にいけないくらい体調が悪い。

 何もしたくない。


 昨日から熱が出て一人で何も出来ず、水しか飲んでいない気がする。ご飯を食べていないせいで頭がぼーっとする。


 お母さん……お父さん……


 熱を出したのはいつぶりだろうか。

 多分、両親が亡くなってから一度も引いたことはない気がする。


 一人だから風邪なんて引いたら誰も助けてくれない。最近は楽しいことが多くて、ずっと気が緩んでいたのかもしれない。



 今日は滝沢達とクリスマスパーティーをする予定だった。

 毎年、クリスマスは基本一人だ。

 今まで、友達なんかは彼氏がいる人が多かったので一緒に過ごすとかはなかった。


 ——今年も一人。

 例年通りだ。

 ただ、滝沢は私になにをくれるつもりだったのだろうとか考えてしまう。

 

 きっとそれが折り紙で作った鶴一つでも、滝沢から貰えるのなら宝物になる。


「滝沢からのクリスマスプレゼント欲しかったなぁ……けほっけほっ」

 


 頭が痛い。


 何も食べていないのに吐き気がする。


「風邪ってこんなに辛かったけ——」


 意識が朦朧としすぎて、どのくらい時間が経ったかも分からないような状態が続いていた。


 辺りが暗くなってきたから夕方頃だろうか。


 インターホンが鳴る。


 勧誘かセールスか何かだろうと思い無視した。


 しかし、何回か鳴るのでしつこいと思いモニターを見るとその人物に頭が余計くらくらした。熱のせいで幻覚を見ているのかと勘違いする。


 体をよたよたと動かしながら玄関に向かい、扉を開けると滝沢が居た。


「た、きさ、わ……なんで……」

 滝沢が人のお見舞いなんて来るタイプには見えない。ましてや、私のお見舞いなんて来るはずがない。

 熱が上がりすぎて幻覚が見えたのだろう。

 


 最近、私は滝沢にあからさまに嫌な態度を取りすぎた。嫌われて当たり前のような行動も取っていた。

 だから、滝沢がここにいるはずがない。


 

 滝沢は何も言わず家に入る。


 身体に力が入らず倒れそうになるのを滝沢に支えられて抱っこされた。

 私の方が確実に重いはずなのに、滝沢は夏祭りの時も今日も文句を言わず抱き上げてくれる。


 背中に冷たく柔らかいものを感じて私はベットに寝かされているのだと知る。


「こんな酷い状態になるまでなんでほっといたの。馬鹿じゃないの」


 なにか聞こえる……滝沢の怒った顔が見えるが、視界がだんだんと狭くなり、意識が遠くなっていった。




 どのくらい寝ていたのか分からないが目を覚ますといい匂いがした。


 おでこが冷たい。

 タオルが載せられている。


 部屋の扉が開くと落ち着く声が聞こえた。


「遠藤さん、少し起きれるのならご飯食べて欲しいんだけど」

「滝沢、ご飯作れるの……?」

「うるさい。お粥温めただけ」


 熱のこもった体を布団から少し起こすと、お盆に乗せられたお粥と卵スープのようなものが出されてそれを口にする。


 味が薄く作られているのでおいしいはずもないのに、滝沢が持ってきたと言うだけで高級料理くらいおいしく感じる。


 ご飯をしばらく食べていなかったせいか一度食べると次々と口に運びたくなり、滝沢の持ってきてくれたものはすぐに無くなった。


「食欲あるなら良かった。これ飲んで」


 私の手に薬が渡される。

 私が風邪だと知ってからわざわざ買ってきたのだろうか。


 薬を飲み終わると頭に冷えピタを貼られて、布団に横にさせられる。


「ちゃんと休むんだよ」


 そう言って滝沢は部屋の外に行こうとする。



 行かないで欲しい……寂しい……寝るまででいいからそばに居て欲しい……。


「たきさわ……」

「ん?」

「……そばに居て欲しい」

 

 一人にはずっと慣れていた。

 一人が当たり前だった。

 だけど、滝沢と関わるようになって一人が当たり前ではなくなった。

 一人が怖くなった。


 そして、滝沢と一緒に居たいと思うようになった。


 滝沢はいつも私を助けてくれる。

 今日だってそうだ。



 いっその事、いつものように冷たく接して欲しい。

 そしたら私はこの気持ちを折りたたむことが出来る。折りたたんで押し入れの奥底にしまっておける。



「一人で何とかしろ」と出て行って欲しい。



 でも、こういう時に限って滝沢はいつも私の期待を裏切る。


 

「どこにも行かないから早く寝なよ」


 そう言って手を握られて、私の頬をつたう涙をもう片方の手で拭われる。


 なんで泣いているのかも分からない。


 ただただ、握られた手が心地いい。

 この手を離したくない。


 誰にも渡したくない――。





 目を覚ますと朝になっていた。

 滝沢は……?

 昨日の出来事が全て自分の作る妄想だったのではないかと握られていた手を見る。


 滝沢が手を握ってくれていた。

 しかも、ベットにもたれかかるように寝ている。


 こんな寒い日に……これでは滝沢が風邪を引いてしまう。

 私が焦って体を起こすと滝沢も起きてしまった。

 目をこすって私の方を見る。


「遠藤さん、起きたの……?」


 滝沢の顔は疲れていた。

 当たり前だ。昨日、私の介抱をさせた上にこんなところで寝せてしまった。


 そんなことをあたふたと考えていると、滝沢が顔を近づけてきた。



 何を期待したのか私は咄嗟に目をつぶる。


 おでこに滝沢のおでこが当たる。


「んーまだ熱いね少し。もうちょっと寝ないと。てか、寒い」


 そう言って、滝沢は私の布団に入って私を抱きしめる形で横になる。


 さっきまで静かだった心臓が息を吹き返したかのようにどくどくと鳴っている。



「遠藤さん熱まだ少しあって、暖かくてちょうどいい」


 滝沢の体は冷えていてかなり心配だ。

 少しでも温めないとと思い滝沢に体をくっつける。

 それよりも——。


「滝沢、学校は……?」


 今日まで学校だ。明日から冬休みなので学校に行かなければいけない。


 滝沢が学校を休むなんてありえない。


「——遠藤さんのせいで今日は休む」

「え……?」

 

 体をぎゅっと強く抱きしめられた。

 

「心配で授業、集中できないから行かない」

 そう言って深く呼吸して、滝沢は目をつぶってしまった。

 

 私の心臓の音だけがこの部屋に残る。



 滝沢はいつだってずるい。


 そうやって私の気持ちも知らないでこういうことをしてくる。

 私の辛い時にいつもそばに居てくれる。

 それが当たり前のようにやってくれる。


 滝沢は誰に対してもきっとこうなんだろう。


 ただ、私以外に対してそんなことしているところは見た事がないから、これからもずっと私だけであって欲しいと思う。




 どんなに蓋をしても、沸騰した鍋からお湯は溢れ出す。

 グツグツとえきり、抑えられなくなった熱が外に出る。



 気づきたくなかった。

 気が付かないふりをしていた。


 でも、この想いから目を背けることはできない。

 


『私は滝沢星空のことが好きだ』

 


 友達としてではなく恋人として彼女の隣に居たい。

 滝沢に触れたい。

 滝沢を独り占めしたい。

 

 今もこの温もりが心地いい。


 誰にも感じたことのない感情。


 何度も蓋をした。

 見て見ぬふりをしてきた。


 でも、もう抑えられない。


 私は滝沢の腕から体を伸ばし、滝沢の唇に自分の唇を押し当てた。


 さっきまで寝ていた滝沢が目を開ける。

 受け入れて貰えなくてもいい。

 いや、拒否された方がいいと思いつつ、滝沢の口を舌でこじ開ける。


 滝沢はすんなり口を開けてくれて、滝沢の柔らかい部分に私の舌が当たる。口の中で混ざり合う熱が体中に伝わり、足先まで熱くなっていくのが分かる。


 滝沢は私の熱に返してくれるように私の口の中に熱いそれを入れる。滝沢は優しく私の中を撫でる。それが気持ちよくて変な声が出てしまっている。


 自分でも嫌になるくらい滝沢とのキスが気持ちいい。

 


 滝沢がこうしてくれるのはなぜなのか聞きたくなる。ただ、聞いたらこういうことを二度としてもらえなくなりそうで言えない。


 私は臆病でずるいと思う。


 どんな形でも滝沢にこういうことをされることが嬉しい。

 そう思っていると滝沢の顔が離れる。

 


「風邪移る。家に居たくないし勉強出来なくなるからいやだ」


 そう言って体も離そうとするから、私は滝沢が離れられないようにぎゅっと抱き締めた。


 こんな時まで勉強のことで頭がいっぱいなところは滝沢らしい。

 ただ、そんなに勉強が大切な滝沢が学校を休んで私の隣に居てくれる。



 滝沢も風邪を引けばいい。もっと沢山滝沢の唇に触れて、私の風邪を移したい。

 滝沢が風邪をひいたら私がずっと隣で看病する。

 そしたら、また滝沢と二人きりになれる。


「滝沢が風邪ひいた時は勉強できるようになるまで私が看病する」


 返事はなかった。

 

 滝沢は疲れたのか寝てしまっている。



 ずっと自分の中でぐるぐるとしていた気持ちを認めたくないけど認めざるを得なかった。しかし、認めると案外すんなりと自分の中に収まり、私を曇らせていたものは消えていく。



 自分の体に残るのは滝沢のことが好きという熱い感情だけだった。


 滝沢のことが好き……。


 そう伝えたられたらどれだけ幸せだろうか。


 あわよくば、滝沢にも同じ気持ちでいて欲しい。


 滝沢の性格からそんな未来が訪れることは無いことは分かっている。

 ただ、今くらいはいい夢を見させて欲しい。

 


 寝ている時も綺麗な滝沢の顔を見ていたら、安心して私もいつの間にか寝てしまっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る