第43話 秋風 ⑵
家に帰ると姉が居た。たまたま時間ができたので帰ってきているらしい。ここ最近、真夜姉に大学のことを相談するかずっと迷っていた。
真夜姉を頼りたくない気持ちが強いが、大学のことについては私一人では多分どうにも出来ないことが多すぎる。
無意識に姉の部屋の前に立っていた。
するとノックをする前にドアが開いて体が固まった。
「星空? どしたの?」
「真夜姉こそどうしたの?」
「いや、トイレ行こうかと思って」
「ごめん邪魔して」
タイミングが悪かった。すぐに背を向けて帰ろうとすると部屋に連れ込まれてしまう。
「どしたの? 星空、なにか相談したいって顔してるよ?」
鋭い姉だ。その通りだ。
ただ言葉にするのが難しくて、なんて言ったらいいか分からなくなっていた。
「その……大学についてなんだけど……」
真夜姉をちらりと見ると真剣に私を見ている。
「うん、それで?」
「私、両親を裏切ることになるのは分かるけど、医学部には行きたくないんだ……。でも、それは真夜姉に家のこと押し付けることになるし、そしたら真夜姉が……」
自分の目からは涙が溢れそうになっていた。
それをグッとこらえる。
真夜姉の前で泣くのは嫌だった。真夜姉に限らず誰かの前で泣いて弱い所を見せるのは嫌だ。
この目に熱く溜まるものは親に期待されないことに対する悲しみなのか、姉に全てを押し付けることの罪悪感かなんなのかわからない。
そんな私を真夜姉はそっと私を抱きしめてくれる。
「星空は星空のいきたい道を進みな」
「でも、それじゃあ真夜姉が……」
弱々しい声で話してしまう。
「私がいつ、この家を継ぐって言った?」
いつもの顔とは違う優しい顔で真夜姉が私を見てきた。
「星空にはずっと黙ってきたけどさ、私だってこの家継ぐの嫌なんだ。医者にはなりたいよ。それは本心。たくさんの人を助けたい。ただ、お父さんの跡継ぎじゃなくて、私の理想の医者になる。そう決めてきた。私たちはさ、親の道具じゃないんだよ? 星空は優しい子だから親のために頑張ろうって努力してきたのかもしれないけど、自分のために生きる人生を歩んでもいいんじゃないかな?」
真夜姉は親に従順だと思っていた。いや、つい最近まで従順だったはずだ。
なぜそんな心境の変化があったのか?
きょとんと私が真夜姉を見ていると姉は少し苦笑いとも違う表情をして話を続けた。
「くそ生意気なガキに教えられたんだよ。自分の幸せのために生きたらどうかって。ほんと四つも下のくせに生意気だ」
そういって姉はくすくす笑っている。
姉の自然体で笑う顔を見るのは小学生以来だ。
誰が姉をこんなに変えたんだろう。
「私たちは自分のために生きていいんだよ。星空のこと教えて? 何になりたいとかあるんでしょ?」
そう言って真夜姉は私の頭に優しく手を添えてくれた。
「まだなりたいとか決まったわけじゃないけど、勉強教えるのが好きだなって思った。だから、教育学部に行きたいなって——」
「それは、陽菜ちゃんの影響?」
「別に遠藤さんじゃなくても誰かに教えてたらそう思ってたと思う」
そうだ、たまたま遠藤さんがきっかけだっただけだ。
姉は呆れたような顔をして私の頭をポンポンと撫でた。
「いつか、家族会議だね。憂鬱だけど、星空の大学生活の必要生活費ぐらいは出してもらうようにお願いしよう! ただ、出してくれないというか、家を追い出される可能性もある。だから、今から私はアルバイトとかでお金を貯めようと思ってる」
「そしたら、私もアルバイトする」
アルバイトなんて私ができるのか分からないが、姉と二人で頑張りたい。
「星空、接客とかできるの?」
姉のその心配そうな言葉にぐうの音も出なかった。ただ、これからのためなら何とか頑張るしかないとも思った。
「星空にちょうどピッタリのバイトがあるんだ。週一だけど家庭教師のバイトはどうかな? 近くに住んでいる同級生の妹が中学三年生になるんだけど、受験勉強教えて欲しいらしくてさ」
勉強を教えることは苦じゃない。ただ、それにお金という対価が発生するということは私にとって重い話である。しかし、教員になりたいのならいい経験なのかもしれない。ここは自分を変えるチャンスだと思って姉の提案に乗ることにした。
「頑張ってみたい」
自分でも勢いで話していることは分かるが、勢いがある時こそやるべきだ。
「よし! じゃあ話してみるよ。陽菜ちゃんの許可は取らなくていいの?」
真夜姉が遠藤さんを下の名前で呼ぶくらい親しいことがなんかちょっと気になるし、ムカつくが、それよりもなぜそんな質問するのかとそっちの方に腹が立ってしまう。
「遠藤さんには関係ないじゃん」
「んー……、まあ、いっか。私が怒られそうだけど」
意味のわからないことを言っている。
なぜ真夜姉が怒られるのか。
「じゃあ、この話は進めておくね。あとね、全然関係ないんだけど、一人めんどくさいのに絡まれてて大変なんだよ」
「めんどくさい?」
真夜姉の押し入れが急にガラガラと開く。
「こんにちは! 阿部光莉って言います! これが真夜ちゃんの妹さんかぁ! かわいい!」
ベタベタと阿部光莉と名乗る女が私を触ってくる。
「この間、大学の方に帰った時に知り合って、ずっと私の元に居候してるんだよね」
なんか訳の分からないややこしい話になってきた。姉が頭を抱えたくなるのもわかる気がする。
じゃあ、この子についても詳しく話そうかと姉が少し考え込んでいた。
部屋の中は混沌としていて、沈黙が広がった。
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