第41話 お泊まり ⑶

 コンビニで買い物を済ませて家に着く。


「いい運動だったね、朝のお散歩悪くないでしょ?」

「つかれた」


 滝沢は家に着くと手を洗うために洗面台に向かっていた。



「遠藤さん、なんかすることある?」


 彼女はそういうことは得意ではないタイプのはずなのに、私の家に居るといつも気を使ってくれている。


「じゃあ、食パンにバター塗ってオーブンで焼いてもらっていい?」


 お願いすると滝沢はバターを塗ってオーブンの前で焼けるのをずっと見ていた。


 かわいい……。


 滝沢のすべての行動がかわいくみえる病気にでもかかったのかもしれない。母性なのかなんなのか分からないこの感情には困らされる。



 滝沢の焼いてくれたパンの上にベーコンと目玉焼きを乗せる。昨日、作っておいたコンソメスープと牛乳をコップに注いで机に出した。



「いただきます」「——いただきます」

 二人で挨拶をして朝食を始めた。




 お泊まり会したの失敗だったと後悔する。今が幸せすぎて、明日から一人の生活に戻るのが少し辛い。



「滝沢の焼いてくれたパンおいしい」

「何もしてない」


 少しムスッとした顔こちらを見てくる。

 その顔に手を伸ばしたくなるが、怒られそうなのでその手は私の膝の上に置くことにした。



「滝沢、夏休みも勉強沢山教えてくれてありがとう」

「別にお礼言われることしてない」


 そう言って滝沢がコンソメスープを食べ始めるとかなり驚いた表情をしている。



「これ、野菜たくさんなのにおいしい」


 ふふふ、コンソメスープとはそういうものだよと思いつつニコニコと滝沢を見つめてしまう。


「遠藤さんはなんで友達といる時はいつも愛想笑いばっかりで、私といる時はそんなことないの?」


 滝沢が私に質問するなんて珍しいなんて思いつつも答える。


「友達とはそれが一番上手くいくからだよ。平和に学生生活終わればいいなって思ってるから。滝沢に対して違う理由かぁ……色々な恥ずかしいことさせられて、今更そんな気を使う必要もないと思ってるからかな」


 自分で聞いておきながら、うんともすんとも言わない滝沢はずるいと思う。


 何を考えているのか気になって仕方ない。



 今日は午後から部活だ。

 午前中でこの幸せな時間が終わってしまう。



「午後まで予定ないんだけど、お昼ご飯食べてから帰る?」

「いい。もう少ししたら帰る」


 滝沢はそのまま朝ごはんの片付けを始めてしまう。片付けが終わると滝沢は私の部屋にいて、何やら落ち着かない様子だった。



「泊まらせてくれたお礼になにか遠藤さんの言うこと聞くよ」


 滝沢が重そうに口を開いた。


 たぶん、何かをされたままが嫌なのだろう。


 自分で考えて何をしたらいいか分からなくて、一つ言うことを聞くという結果になったところが滝沢らしいと思う。



「じゃあ、質問に答えて欲しい。昨日なんであんなキスしたの?」


 知りたい。

 こんなチャンスないと思った。

 滝沢が何かしてくれるなんて滅多にない。



「わからない……」


 答えてくれないと思っていたが、その回答を少し残念に思う。


「じゃあ、目つぶって」


 そういうと滝沢はびっくりした顔をしたけど、すぐに目をつぶってくれた。


 私より少し低い位置にある、滝沢の綺麗な顔に自分の顔を近づける。自分の心臓の音が嫌というほど聞こえてくる。



 そっと唇を重ねる。そして、昨日、滝沢が私にしたみたいに私が滝沢の口の間に舌を入れた。


 滝沢はそれを拒否することなく受け入れてくれる。


 頬が熱い。


 呼吸が苦しい。


 けれど、滝沢から離れたくはなかった。


 滝沢の腰のあたりに手を回し、滝沢が逃げないよう自分の方に引き寄せる。



「んっ……」


 滝沢が苦しそうに声を漏らして、私の肩を押そうとするけどその力が弱いから、本当に私から離れたいわけじゃないと思うことにして続けて滝沢の熱を感じ続けた。


 口の中が甘い。


 このまま、滝沢をベットに押し倒したらそれ以上のことを許してくれるのだろうか……いや、私は何を考えているんだと自分を残念に思う。


 滝沢は勉強を教えてくれる人でそれ以上でもそれ以下でもない。


 じゃあ、この胸から溢れ出す感情は何?


 いやきっと、こんな恋人がするようなことばかりしているから、錯覚してしまっているのだけだ。


 そんなことを考えていると滝沢に強い力でグッと押された。

 

 滝沢は苦しそうにしている。


 私は私で呼吸を整えて滝沢を見つめていた。




「遠藤さんの変態、すけべ」


 すけべって初めて言われたことが少し新鮮で、思わず声を漏らして笑ってしまう。滝沢はすごい不愉快だと言わんばかりの顔をしていた。


「もう帰る」

「もう少し居たら?」

「帰る」


 そう言ってバタバタと準備を始めて出てしまおうとしたので急いで後を追って、玄関で見送ることにした。



「滝沢、また来てね」

「やだ。遠藤さん変態だからもう来ない」


 滝沢が威嚇したような顔で見てくる。しかしその顔からは少し力が抜けていつもの真顔の表情に戻っていた。



「でも、ご飯おいしかったし布団は温かかった。ありがとう——」


 そう言って走って出ていってしまった。



 今年の夏休みはたくさん出来事があった。

 それは嫌な思い出ではなく、とても幸せな思い出。


 一人では経験することのできなかったこと。


 滝沢が居てくれるからできたこと。


 胸がじんじんと熱いまま私は家に一人残された。

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