第36話 《おまけ》実らない恋

 駅の近くには多くの人が集まっている。


 買い物に来た人、ぶらぶらしている人、ご飯を食べている人、友達と一緒にいる人、家族と一緒にいる人、恋人と一緒にいる人。


 幸せそうな人達もそうでない人も横目に私は駅に急ぐ。



 私には好きで好きで大好きで誰にも渡したくない人がいる。


 ただ、その人と結ばれることはないだろう。


 それは条件とか状況のせいではなく、私の好きな人が好きになる人はきっと私みたいな人ではないからだ。


 せめて、自分の恋が報われないのなら、好きな人には幸せになって欲しいと願っている。




 今年の夏は自分の中で止まった時計が動き出した瞬間だった。


 今まで塞ぎ込んで、私のことを嫌っていた妹が話しかけてきただけではなく、私に裁縫を教えて欲しいと言ってきた。


 嬉しいけれど、妹が急にそうなった理由が思い当たらない。


 妹は小さい頃から真面目で、なんでも全力で素直な子だったが、家族の関係が複雑になってからは何に対しても興味を示さず、本気になることもなくなってしまった。

 

 それでも私は妹のことが好きだ。


 正確に言えば好きだったが正しいのかもしれない。純粋で素直で誰よりも優しくて、人一倍努力家で、そんな素敵な人間が私の事を慕ってくれていた。

 そんな姉という立場を利用して、ずっと妹の隣に居れると思っていた。



 家族が変わってしまってから、星空の幸せのためにと何事も我慢してきたつもりだったが、その我慢は星空を余計苦しめていたらしい。


 家族が変わっても状況が変わっても私と星空が幸せになる道を選べばよかったのに私は選べなかった。


 自分に自信がなく、親に捨てられるのは私でも怖かった。


 全てを失うのが怖かった。


 保身に走ったのだ。


 そのせいで、星空は沢山傷ついた。


 何回も星空を助けるチャンスはあったのに自分の今を変えることが怖くて何もしてこなかった。


 ただの臆病者だ。


 だから、星空ともこのままの関係でいいと思ってた。


 しかし、一度切れてしまった縁を星空からまた繋げようとしてきてくれた。


 私との仲を元に戻そうとかそういう訳ではないかもしれないけど、私は変わらなくて、星空が変わったのは確かな事実だ。



 ある時に止まった関係が動き出した。


 なぜ?


 すぐに理由はわかった。



 『遠藤陽菜』



 彼女が星空を変えたことは間違いない。


 はじめて図書館で会った時にそう感じた。


 陽菜ちゃんは私と似ているようで似ていない。人に合わせるのも人の感情の変化にも敏感で世渡りが上手なタイプだ。彼女と違うところは自分を大切に思えるかどうかだと、四つも下の女の子に教えられた。


 陽菜ちゃんは両親から沢山愛されたんだろう。今も愛されているのだろう。陽菜ちゃんが自分を好きになれるのはきっと沢山愛されたからだ。


 いや……そんなのも言い訳だ。


 誰に愛されなくても自分くらいは自分のことを愛してあげないといけないし、理由をつけて逃げてばかりじゃ何も変わらないのだ。


 陽菜ちゃんの真っ直ぐな目から逃げることは出来なかった。私が何度も手放したチャンスを陽菜ちゃんが拾って渡してくれた。


「ほんとにすごい子だよ……」


 陽菜ちゃんがキラキラしてたからつい、意地悪をしたくなった。次会った時は意地悪ばかりではなくて、陽菜ちゃんをもっと知りたいと思う。



 妹を大切に思う前に自分を大切にしてみようか。


 自分と向き合い生きていく。




 新幹線の席についてそんなことを考えていると隣の席に星空と同い歳くらいの子が座ってきた。


  顔は童顔で可愛らしい顔つき、金髪で大学生という感じの格好だ。


「お姉さんも東京ですか?」


「——はい」


 その子は目をキラキラと輝かせている。


「今日泊まるところないんです。お姉さんの家に泊めて下さい!」


 童顔な少女は不思議なことを言い始めた。


「いやなんで?」


「お願いします!」


 深々とお辞儀をされて目立っているので

「わかったから静かに座って」と一旦座らせることにした。


「ありがとうございます! 私、阿部光莉あべひかりっていいます! よろしくお願いします!」


 まてまて、新幹線に乗っている間に自分のことをゆっくり考えたかったのに訳の分からないことに巻き込まれている。


 隣の少女は嬉しそうだ。


 知らん人を泊めるのは嫌だが、何を言っても付いてきそうな勢いだった。


 彼女を諦めさせることを諦めよう。

 また、色々と諦めてしまう。

 でも、これくらいが私にはちょうどいいのかもしれない。


 自分の出来ることを少しずつやって行こう。


 新幹線の窓から夕日を眺めて、思いに耽けていた。

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