第35話 真夜さんと私 ⑵

 真夜さんはブランコを軽く漕ぎながら話し始めた。


「そうだね。何から話そうか……まず、私の話から始めようかな」


 真夜さんからはいつもの嘘みたいな笑顔が消えて、真っ直ぐとこちらを見つめてくる。

 その瞳の奥には何か黒いものが感じられ少しだけ背筋に汗が滲んだ。



「私が星空に対して特別な感情を抱き始めたのは中学生の頃だったね。星空を見たり話したりするとドキドキするし、星空にも同じ気持ちでいて欲しいと思った。ただ、同時に自分のことを気持ち悪いと思ったよ。周りは彼氏とかでき始めてそんな楽しい話をしてる中、私は同性で、しかも妹を好きになったなんて誰にもいえなかった。普通ならありえないからね……」

 

 真夜さんは苦笑いしてそんなことを言っている。誰を好きになろうと自由だと思うけど、目の前にいる真夜さんはとても苦しそうだった。


 

「次に家族のことを話すけど、私の高校受験が終わった頃から、家族が崩壊し始めたんだ。今までは私も星空も大切に育てられた。むしろ星空の方が大切にされていたんだよ。常に気にかけられて、大切にされて。嫉妬してしまうくらいに星空は特別扱いされていた」


「なら、あのお母さんの滝沢に対する態度は一体なんなんですか?」


「星空よりも私が優れていた。それだけだよ」


「……」

 

 一言も言葉を発せなかった。


 そんなことが理由で滝沢があんな不遇な扱いを受ける必要があるのだろうか。


 

「親の子供に対する扱いが変わったとしても、私と星空は何も変わらないと思っていたよ。ただ、そのタイミングで私が嫌なものを見つけてしまってね」


 それは……と聞く前に真夜さんが話し始める。

 

「養子縁組の書類をたまたま見つけてしまったんだ。私はあの人たちの本当の子供じゃない。血の繋がりがあるのは星空と両親だけなんだ。それを見つけた時、同時に嬉しいとも思った。血が繋がっていないなら自分のこの感情も変なことではないのだと認めることが出来たからね」


「でも、星空はそれを望んでいないと思います」


「そうだね……」


 真夜さんは俯いたまま話を続けた。


「父親は自分の跡継ぎが欲しかっただけなんだ。二人の間にはしばらく子供が産まれなかったみたいでね、私を子供として迎え入れてくれた。ただ、その後に子宝に恵まれて星空が生まれた。どちらが跡継ぎでもよかったけど、星空は天才的な頭の良さは持って生まれなかった。父は頭の良い家系で、母はあまり頭が良くなかったから、星空が頭が良くなかったのは母のせいだと父が責めていたのを聞いたことがある。だから、母は自分のせいだと認めたくなくて星空を忌み嫌うようになった」


「そんなの自分勝手すぎる」


 信じられないくらい怒りに満ちた声が出ていたと思う。なんでそんな大人の事情で滝沢が辛い思いをしなければいけないのか全く分からない。



「人間なんて、みんな自分が一番かわいいに決まってる。父親は自分のプライドが傷つかないように、子供も完璧であると示したかったのだろう……私には二つの選択肢があった。高校卒業と同時に親と縁を切って星空を連れて二人で暮らして星空を幸せにする未来と、この家の全てを受け入れて私が跡継ぎになり、星空には家の外に出て自由に暮らしてもらうという二択だった」


 真夜さんが苦しそうな顔で私を見つめてくる。


「私は、好きになった星空に否定されるのが怖かった。だから、逃げた。自分が我慢して、家のことは背負って、星空は誰かが幸せにしてくれればいいと思った。きっと逃げたからバチが当たったんだと思う。家族関係はどんどん悪くなり、私と星空は疎遠になった。その時は辛かったけど、今はそれでいいと思ったよ」


「なんでですか?」


「今、星空を幸せにしてくれそうな人が目の前にいる。私の選択は間違えていなかったのだと思った」


 ニコリと笑って真夜さんは辛そうに語っている。


 ほんとにこの人は訳の分からないことを言う。


 私よりもあほだと思う。



「何を言っているのかわかりません。まず、自分が幸せでもないくせに滝沢の幸せを願ってるとか、自分が不幸になればいいとか悲劇のヒロインぶって楽しいですか? 真夜さんが幸せじゃないのに、滝沢が幸せになれるわけないじゃないですか」


 私の声が思ったより怒りぽかったのか、真夜さんは目を見開いて驚いた顔をしていた。しかし、私は言いたいことを止めることもできず、真夜さんを責め続ける。


「滝沢は不器用なだけで、真夜さんのことを慕っているし大切だし幸せになって欲しいと思っていると思います。少なくとも、二人が話をしているのを見て、私はそう思いました。真夜さんの幸せが滝沢の幸せに繋がるんです。だから、まずは自分の幸せのために生きてください」


 言いたいことは沢山あるが、一番伝えたいことは伝えられたと思う。



「あはは。陽菜ちゃんやっぱり最高だね」



 お腹を抱えながら笑い声を上げて、真夜さんは心から笑っているように見えた。何も面白くないし、この人はなんでこんな時まで笑っていられるのだろう。



「そうだね。勘違いしてたよ。星空と二人でこの家を何とかしていこうと努力していればよかったんだ。なんだかんだ言い訳をつけて、逃げてばかりの臆病者をどうか許して欲しい」


 深く頭を下げられる。

 許すも何も私が謝られる筋合いはない。

 どれだけ話をしても意味のわからない人だと思った。

 


「陽菜ちゃんは、私が星空のことを好きって言って変だと思わなかったの?」

 

「別にそんなこと思いません。私は人を恋愛的に好きになったことがないのでよく分からないですけど、今は大切にしたいと思える人はいます。誰にだってそういう人が一人や二人いる。それがたまたま滝沢だっただけじゃないですか」


 真夜さんはまた驚いた顔をして、その後、優しい表情に変わった。


「陽菜ちゃんさすがだね。想像以上の子だわ」


「それはどうも。それよりも滝沢に会いに行きましょう」


 はいはいと面倒くさそうに腰を上げて、真夜さんは大人しく家に案内してくれた。


 部屋に入るとすぐに「遠藤さんなんでいるの!?」なんて驚かれる。


 

「昨日はごめん。その後、具合悪くなったって聞いて心配で来た」

「別に大丈夫だから」


 滝沢がいつも通り素っ気なくて安心した。



 そんな私たちのやり取りを見ている真夜さんが声をかけてきた。


「じゃあ、私は邪魔しないようにそろそろ出ようかな」


 そういって真夜さんは星空に近づくと、星空の体を抱き寄せ頬にキスした。


 なっ……。


 衝撃のあまり動けなくなってしまう。


「陽菜ちゃんに会えてよかったよ。また、会おうね」

 そういって真夜さんはキャリーケースを持って外に出た。


 私はもう会いたくない。

 


「真夜さんどこか行くの?」


「大学に戻るの。大学、他県だからそっちに帰るみたい。騒がしい日々がやっと終わる……」


 滝沢はふぅっとため息をついていた。


 顔色はあんまり良くない。元から色白だが今日はもっと白い気がする。

 

 あんまり見すぎていたせいか、滝沢がこっちを見て、目が合い、咄嗟とっさに目を逸らしてしまった。


 別に真夜さんに言われたことを気にしている訳ではないが、滝沢とふたりっきりになった瞬間、心臓がとくとくとうるさくなる。


 それにおかしいと感じたのか、滝沢がどうしたのかという顔で私の顔を覗いてくる。


 滝沢の顔が近い。


 あー……もう我慢してるのに……


 滝沢の腕を引っ張って滝沢を抱き締めた。



「昨日、滝沢のおかげですごく楽しかった」


 緊張しているのか、声が少し震えていたと思う。その震えを抑えるように滝沢に回している腕に力が入る。ただ、あまり滝沢に密着してしまうと、心臓の音が聞こえてしまいそうで不安になり少し力を緩めた。


 

「遠藤さんこういうの嫌だ」


 滝沢はそういって私の肩を押して離れた。



「別になにもしてないから。ぬいぐるみのお返しだから」


 少し照れているのか、目を逸らしながら滝沢はそう言った。



 明後日から夏休みが終わるまでの一週間、部活の夏合宿で走り込みが始まる。別に体力がないから嫌だとかではなく、滝沢に会えなくなるのが嫌だと思った。


 今はもう少し長く滝沢と一緒に居たい。

 



「滝沢、今からうちの家に泊まらない?」


「えっ——?」


 さっきの真夜さんと同じく、とても驚いた顔をしている。やっぱり、二人は反応までそっくりな姉妹だ。



「温かい夕飯とお風呂と布団用意して待ってるから」

 そう告げて、滝沢の言葉も聞かずに家の外に出た。


 私が滝沢にできるお返しなんて、夕飯を作ってあげることくらいしかない。そして、滝沢のお姉さんが居なくなったあの家に、息の詰まる思いで居るよりは、ましな時間を提供できると思った。


 少しでも滝沢に幸せな時間を過ごして欲しい。


 来てくれるかも分からないのに、夕飯の材料を買って家に戻った。

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