第33話 ばかだと思う
今日は別に楽しむ気は元からなかった。
遠藤さんについて行っただけだ。
夏祭りは苦手だ。
家族で一緒に楽しくいる人たちを見ると、小さかった頃の自分の家族を思い出して辛くなる。
公園で集合と言われたので、待ち合わせ時間よりも早めに公園に来た。
家にいるのが嫌だったから。
遠藤さんは友達も多いし、なんで私とお祭りなんて行きたがるんだろ。そんなどうでもいいことが気になって仕方ない。
「滝沢、もう来てたの?」
遠藤さんの声が聞こえる。
顔を上げると浴衣姿の遠藤さんが居た。
浴衣の牡丹の花柄が綺麗で、遠藤さんにとても似合っている。牡丹の花言葉に『誠実』なんて言葉があった気がするが、花言葉まで遠藤さんにぴったりだ。
そんな綺麗な浴衣が見劣りしてしまうくらい、遠藤さんが綺麗だった。
そんなことを素直に言えたら、私はもっと姉や遠藤さんみたいに人付き合いの上手い人間になっていたのかもしれない。
特に遠藤さんを褒めることもなく夏祭りに向かうことになった。
やっぱり人が多い……人が多いのを見るだけで疲れてしまう自分が時々嫌になる。
私はそんなことをぼーっと考えているが、隣の遠藤さんはどうやら違うらしい。焼きそばとたこ焼きを食べる時も私に勧めてくる屋台の説明をする時も常に楽しそうだった。
いつも、その笑顔でいればいいのに。
今日は遠藤さんが楽しんでいる姿が見れて良かったなと思い、私も屋台を見ていたら、遠藤さんに似ているぬいぐるみと目が合う。
誠実そうな顔をしたぬいぐるみは私から目を離さない。ぬいぐるみなのだから、私が目を離さないかぎり、目が合い続けるに決まっている。
欲しいなんて思っていなかったし、ただ目が合っただけだ。
それなのに、遠藤さんに欲しいの? と聞かれる。
いらない。
人から貰うものは呪いのようなものだ。
姉からもらったものは今もその時のことを思い出させて私を苦しめる。楽しかった頃とその頃に戻れない今を比較してしまう。だから、欲しいものを誰かにお願いするのは嫌だし、何かをもらうのも嫌だ。
そんな私の想いとは裏腹に、遠藤さんが勝手に射的用の銃を構える。綺麗な浴衣をまくり、細くて綺麗な腕が見えた。
おもちゃの銃を構える姿さえ美しいのは反則だと思う。
ぱんっ
私と目が合っていたラブラドールのぬいぐるみは下に転がる。
遠藤さんは勝手に取った景品を無理やり私の手に渡してきた。
そのラブラドールのぬいぐるみは私の手の中で私のことを見てくる。遠藤さんが私のことを見ている時みたいに真っ直ぐと見てきて、私は落ち着かなくなってしまう。
いらないと返したら、いらないなら捨てろと言われた。こんな真っ直ぐな目で見られたら捨てれるわけがないのに、遠藤さんはそんな意地悪を言う。
その子が落ちないようにバックの奥の方にしまった。
先程から、遠藤さんの様子がおかしい。
さっきまで楽しそうだったのに険しい顔になっていた。
私は下ばっかり向いているからもっと前から険しい顔をしていたのかもしれないけど、今更その顔に気がついた。
そのまま足元に目をやると遠藤さんの足が赤くなっている。
はぁ……原因はこれか。
私以外の理由で遠藤さんの苦しい顔は見たくない。今日ばかりは下を向いていて良かったと思った。
人の多いところだと目立つので、遠藤さんを人の少ないところに連れていく。絆創膏を買ってくると言ったら、また、作った笑顔で大丈夫とか言いかねない。今日は遠藤さんの作った笑顔は見たくなかった。
今日はせっかく遠藤さんが最初からずっと素でいてくれた。今日くらいは遠藤さんに自然体でいて欲しい。
だから何も言わずに走った。
微妙に田舎だからコンビニが遠い。
一番近いであろうコンビニに到着して、広くない店内を駆け回り、必要なものを急いで買って戻る。
急いで戻ると遠藤さんが泣いていた。
なんで……。
遠藤さんはばかだと思う。
泣くほど痛いなら無理しなければいいのに。
人に合わせなければいいのに。
いつも彼女は我慢してばかりのように見える。
とりあえず、遠藤さんの手当が先だ。
なんで? とかそんな理由を聞いてきたから適当に答えておいた。
なんでと聞かれてもよく分からない。
自然と体が動いていた。
下駄の紐が当たっていた場所は、皮が向けて血が出ている。こんなになるまで我慢していたなんて本当にばかだ。
ばかだけど、きっとそれを我慢してでもお祭りを楽しみたい理由があったのだろう。
私は優しく包み込むように彼女の足に触れた。
赤くなったそこは消毒液で満たされて、余計赤くなる。不器用に貼られた絆創膏が彼女の赤い部分を覆った。
きっと連れ帰らないとまた無理をする。
大して力もないけど、遠藤さんをおぶって帰ることにした。
小さい頃、公園で転んで真夜姉におんぶされて帰ったことがある。
そんな身長も体重と変わらなくて大変なはずなのに、笑顔で「もうすぐだから痛いの我慢してね」と私のことを励ましていた。
小さい頃の私は姉のことなんか考えてなくて、痛い痛いってずっと泣いてたと思う。
別に姉のようになりたいからではない。
ただ、人と関わることを避けてきたから、こういう時どうするのが正しいのかわからない。
しかし、その時の道しるべになるのが過去の姉だ。姉の真似をしていれば大抵のことは間違えていないと勝手に思っている。
遠藤さんは重くはないが軽いわけでもない。
道中、色々話しかけられたが暑さで意識が朦朧としていたので会話をよく覚えていない。
こんな汗だくになるし、遠藤さんが悲しそうだし散々だったけど、綺麗な遠藤さんが見れたこととぬいぐるみでちゃらにしようと思った。
これで貸し借りはもうなしだ。
遠藤さんの家に着くと家は真っ暗だった。
私には怪我したら姉がいて、姉が慰めてくれた。
遠藤さんは一人だ。
私がそんな心配する必要もないが、辛いことくらいわかる。
遠藤さんの家に着くと、視界が曇り始めていることに気がつく。
早く帰らないと——。
遠藤さんが黙ったと思ったら、唇に柔らかいものが当たり、目の前にはぼやけた遠藤さんがいた。辛いとも違うが幸せそうな顔ではなかった。
ぐっと彼女を離す。
また、お礼だなんだと言っていたのでいらないと返答して意識があるうちにその場を離れた。
家に帰る途中、姉に遭遇して私の具合が悪いのにすぐ気づいた姉は私をおぶってくれた。
姉の背中の心地良さと安心感は昔と何も変わっていなかった。
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