第32話 滝沢が隣に居る夏祭り ⑵
今年もまた一人。
一人には慣れているので、今更悲しむつもりはないが、浴衣は着ない方が良かったかもしれない。
浴衣を着ていなかったら履物で靴擦れを起こすこともなく、きっと今も滝沢が隣に居て一緒に花火を見てくれていただろう。
どかんっ!
花火の打ち上がる音が聞こえる。
夏なのに体が凍りついていく感覚に襲われた。
別に悲しくなんかない。
なのに、頬をつたうものは一体何なのだろう。
「――泣くくらい痛いなら早く言ってよ」
顔を上げるとそこには少し息の上がる滝沢が居た。
目の当たりゴシゴシと拭って声をかける。
「なんで滝沢がいるの……?」
「はぁ……遠藤さんが連れてきたんでしょ」
滝沢はそのまま
靴擦れした場所には消毒液が流されて、絆創膏が貼られる。
滝沢の手の温もりがさっきまで凍りついていた私の体はあっという間に溶かす。
滝沢を見るとすごい汗をかいていた。
「これ、どうしたの?」
「遠藤さんの様子がおかしいから、近くのコンビニまで行ってきた。この辺りよく分からないから迷って遅くなった」
「なんで……」
私はてっきり、私に呆れてどっかに行ってしまったのかと思っていた。でも、滝沢はそうではなかったらしい。
滝沢がそこまでしてくれるその理由が知りたくなった。
「ぬいぐるみのお礼」
そこで滝沢が私を見てくれた。
滝沢はたまに予想外の行動をする。
いつも冷たいんだから今日だって冷たくすればいいのに……。
初めて会ったあの日も彼女の気まぐれだったことなんてわかる。今日だって、たまたま私が射的の景品を渡したからただの気まぐれで、深い意味はないのだ。
そんなことを考えている間も花火の音は鳴り止まなかった。
今なら見えるところまで歩けば、まだ間に合うかなと淡い期待を胸に抱く。そう思っていると滝沢がしゃがんで私に背を向けてきた。
私がきょとんという顔していると
「帰るからはやく乗って」と言われる。
今日は滝沢と花火を見に来た。そのために色々頑張ったし、滝沢だって無理して合わせてくれているのだから、私は足がちぎれても何をしても見に行かなければいけないと気持ちが焦る。
「いや、花火見てないし——」
「花火そんな大切? 足痛くなってまで見る必要ないでしょ。早く乗って」
滝沢の言葉が胸にチクチクと刺さる。滝沢は背を向けて動かない。本気で私をおぶるつもりらしい。
「私、重いから滝沢潰れる」
実際、前に滝沢をベットに移動させた時、すごい軽かった覚えがあるし、私の方が身長が大きいのでそんな私を背負える筋力があるようには思えない。
「花火はまた今度でいいでしょ、早くしないと置いてくよ」
「えっ……」
また一緒に行ってくれるの? と聞きたかったが言うのを我慢した。きっとそう言ったら、今のはなしとか言われて話が変わりそうだったから。
「滝沢、明日筋肉痛なっても知らないからね」
滝沢の言葉に甘えて、彼女の背中に乗ることにした。思いのほかひょいと持ち上げられたことに驚く。
駅までそう遠くないが、人を背負って歩くにはかなり遠いと思う。
滝沢の首筋には汗が
それでも滝沢は文句ひとつ言わず私を下ろすことはなかった。
滝沢の首に回している腕に力がぎゅっと入って、滝沢との距離が縮まる。滝沢の背中から感じる体温が心地いい。
「遠藤さん苦しい」
そう言われて、力を緩めた。
胸がじんじんと熱を放っている。
「滝沢……」
「なに」
「せっかく、花火大会付き合ってくれたのにごめん。滝沢に綺麗な花火見て欲しくて誘ったのにこんな結果になっちゃって……」
滝沢に花火を見て欲しかったし、その花火を見る滝沢を横で見たかった。何にも興味が無い滝沢はどんな反応をするんだろうとか、やっぱりいつも通り無反応なのかとか、色々思考を巡らせていた。
「綺麗な遠藤さんが見れたから、花火はもういい」
「えっ……」
「うるさい、大人しくしてて」
自分の耳を疑いたくなった。疲れて、気が動転しているのだろうか。
でも、後ろからでもわかる滝沢の真っ赤な耳を見て、聞き間違えでないことを認識する。
家に帰るまでほとんど会話はなかった。
ただ、滝沢はちゃんと最後まで私を送り届けてくれた。おんぶされている途中、色々な人に見られて、クスリと笑う声も聞こえた。それでも滝沢の手が緩むことはなかった。
家の玄関で降ろされる。
滝沢かなり汗だくだ。
当たり前だ。自分より軽い人を運ぶにしたってすごい体力が必要になる。太っているとは思わないが、滝沢よりは確実に体重のある私を背負って歩くのは相当疲れるに決まっている。
「じゃあ帰るね」
それだけ言って、滝沢は帰ろうとした。
無意識に滝沢の手を掴む。
「なに?」
滝沢はいつものように不機嫌そうな顔をした。
その顔に手を添える。
私よりも軽い体を自分の方へぐっと引き寄せ、滝沢の唇に自分の唇を重ねた。
なんでそうしたかはわからない。
ただ、したくなったからしただけだ。
自分の心に素直に従った。それだけだ。
滝沢にグッと肩を押される。
「キスしていいなんて言ってない」
さっきよりももっと不機嫌そうな声で言われる。
「今日のお礼今度させてね。送ってくれてありがとう」
「お礼とかいらない」
滝沢はそれだけ言ってその場を去っていった。滝沢が見えなくなるまで、その背中を見つめる。
今年も花火は見れなかったけど、一人ではなかった。今日は私の人生において忘れられない特別な日になった。
滝沢はもう見えない。
胸の小さな鼓動と熱くなった唇の感覚だけが鮮明に残っていた。
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