第31話 滝沢が隣に居る夏祭り ⑴


 浴衣は気合いを入れすぎだろうか。


 大丈夫。


 去年も浴衣を着たのだから別に気合いを入れている訳ではない。去年と違うことは、滝沢と一緒にお祭りに行くということだ。


 去年は朱里と奈緒とその彼氏たちと一緒だった。人に合わせるのは苦ではないが、花火が打ち上がる前に、それぞれ恋人と回るといってバラバラになり、一人になったので最後は花火を見ずに帰ってきた。


 次の日、二人にはめっちゃ謝られたりなんかしたが、別に気にはしていなかった。


 ただ、いつもの家が少し広く感じたくらいだ。



 今年は滝沢と一緒だ。


 事前に何回も聞いたが、舞は来ないし、他に友達も来ない。お姉さんも友達と予定があるので来ないと言っていた。


 去年の今頃、来年は最後まで花火を一緒に見てくれる人がいればいいなと思っていた。


「ふぅ……」


 深呼吸をして、浴衣を着ることに決めた。



 浴衣は高校生になった時におばあちゃんがくれたものだ。昔、母が着ていたものらしい。


 薄ピンクがベースで牡丹の柄が入った浴衣は母にとても似合う浴衣だと思う。この浴衣を着ている母を見て、デレデレしていた父の顔が容易に想像出来る。

 

 別に期待はしていないが、私の姿が滝沢の目に少しでも止まればいいと思った。



 服を脱ぐと鎖骨のあたりの赤い痕に目が行く。

 昨日、何を思ったのか滝沢が急に付けてきた。


 別に学校もないから誰にも会わないが、たまたま友達に会って見られたりなんかしたら変な誤解を生みそうで困る。


 何より困っているのが、滝沢の気持ちが全く分からないということだ。


 なんでこんなことをしたのか。


 普通、こういうのは恋人にするものだ。私のだと主張する時とかに使うのだと好きな人がいたことのない私でもわかる。


 服を少し脱がされた時点で嫌な予感はしたが、早めに止めればよかった。


 滝沢の唇が鎖骨に触れたと思ったら、チリチリと痛み、内出血が起こっていた。こんなのを付けられたせいで、滝沢のことで頭の中がいっぱいになっている。



「はぁ……早く準備しないと」


 別に時間に余裕がないわけではないが、考えていると頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだったので準備に集中することにした。


 花火大会なんて小さい頃から何回も見に行っているのに、今年は生まれて初めて花火大会に行くんじゃないかと思うくらい緊張している。



 まだ、集合時間の三十分前だが軽くメイクを済ませて滝沢と初めて会った公園に向かうことにした。


 公園のベンチで待っていようと思ったら、ブランコに座ってゆらゆらと揺れる滝沢がいる。ジーンズに白シャツをインしているカジュアルな格好だ。


 急いで駆け寄って声をかける。


「滝沢、もう来てたの? まだ、二十分前だけど……」

「別にやることもないし公園にいた」


 そういって滝沢が顔を上げて、私を見た。


 何を期待しているのか心臓がとくとくと話しかけてくる。


「浴衣着たんだ」


「うん……」


 ……



「少し早いけど、行こうか」


 滝沢のその一言で、私たちは公園を出た。



 浴衣の感想は言ってもらえなかったが、やっぱり一緒に行くのは嫌だとか言われなくて良かったと安堵する。


 

 電車で隣町の夏祭りに行くことにしていた。理由は学校の人に極力会いたくないかららしい。


 滝沢は私と一緒にいるところを学校の人に見られるのを酷く嫌っている。


 私はむしろ誰かにバレて欲しい。

 そしたら、学校では普通に話しかけられるし、今よりももっと自然に接することができる。


 今更、滝沢と友達というのは遅すぎなのかもしれないが、周りを気にせずいつでも滝沢と話せる関係になりたい。


 

 そんな思いを電車に乗せて、揺られて花火大会の会場に着いた。


 移動時間はほとんど話すことは無かったが、別に居心地が悪いわけではなかった。

 むしろ、滝沢とはそれくらいの方が居心地がいい。お互い無理に合わせようとはせず、気の向いた時に話をする。



「人多いね」


 滝沢はすごく嫌そうな顔をしてぼそりと口にする。人が多いところとか嫌いそうだなとは思っていたが、想像以上に嫌な顔をしていた。


「お祭りだからね。滝沢食べたいのとかある?」

「ない」


 私は緊張のせいでまともに昼ご飯も食べられなかったが、滝沢と会ったら緊張がほぐれて、今はお腹が空いていた。


「お腹すいたから食べ物買ってきていい?」

「うん」


 滝沢が何が好きか分からなかったので、王道な焼きそばとたこ焼きを選び、箸を二膳もらってベンチに座っている滝沢の元に向かった。人が多く、そう遠くない距離を歩くのも大変な中、滝沢の元へ急ぐ。

 


「これ一緒に食べよ?」

「うん」


 二人で焼きそばとたこ焼きをつついた。


 滝沢はたこ焼きばかり食べている。


 たこ焼き好きなのか、八個のうち五個目に差し掛かっていた。


「滝沢、私にたこ焼き残す気ないでしょ……」

「一緒に食べようと言ったのは遠藤さんで、別に誰のとか言ってないからこれは早い者勝ち」


 そんなことを言っている間に六個目のたこ焼きが滝沢の口の中に消えていった。残り二個は死守しなければと思い口に詰める。

 たこ焼きはまだできたての熱さを保っていて、口の中が火傷しそうになった。


 そしたら、滝沢に呆れた顔で見られたがそんなことは気にせずにもぐもぐと口を動かした。



 お腹もいっぱいになった所でお祭り巡りを再開する。今は十九時で二十時から花火が打ち上がる。

 あと一時間は屋台を楽しむことができそうだ。



 横にいる滝沢を見ると、楽しくはなさそうだった。無理やり連れてきてしまったのだから当然なのかもしないけど、少しでも彼女に楽しんでもらいたくて、何かいい方法がないかと考える。


 わたあめやりんご飴、屋台に出ている色々な食べ物で食べたいものがないかと聞いても大した興味は示さず、滝沢の好きな物を全然知らないんだと痛感する。


 そんな楽しくなさそうな滝沢が立ち止まって見ているものがあった。


 射的だ。


 お菓子やおもちゃが沢山並ぶ中、滝沢の目の先には手のひらサイズよりは大きく、抱き枕にするには小さいくらいのラブラドールレトリバーのぬいぐるみがあった。


「あれほしいの?」


 滝沢はハッとした顔をして歩き出そうとするので、腕を掴んでその場に留める。


「滝沢、あの犬のぬいぐるみ見てたよね? 欲しいの?」


「この歳になってぬいぐるみなんていらない。ただ、あほそうな顔が遠藤さんに似てるなと思っただけ」


 なんか、めっちゃ貶されてるけどまあいいかと思い、私はお金を払って射的をすることにした。


 滝沢は横で無言でいるから、やるなと言うわけではなさそうだ。


 三発のうち一発は外してしまった。


 二発目は当たったが少し動いたくらいでなかなか難しい。


「取れないから違うのにしときなよ」

「集中したいから少し静かにしてて」


 別に取れるまでお金を払えばいいが、なんとなく一回で取って、滝沢にかっこいいところを見せたいなんて下心があった。


 頭が重そうなので、頭を倒せばきっと落ちる。


 息を止めて、三発目の狙いを定める。


 ぱんっ!


 弾はぬいぐるみの頭に命中し、見事、犬のぬいぐるみを取ることが出来た。我ながらなんでもできてしまうなと思う。


「はい、これあげる」

「いらない」

「いらないなら、その辺に捨ててもいいから」


 私は滝沢の手に無理やりラブラドールのぬいぐるみを渡した。


「捨てるのなんてかわいそう」

「それなら、滝沢が持ってて?」


 滝沢はぬいぐるみをしばらく見たあと、それをかばんにしまっていた。捨てられなくてよかったと安心する。




 別に滝沢となにか楽しい話をしているわけでもないし、特別なことをしているわけじゃないけど、こういう時間が私にとってはとても楽しい。


 今までは友達に合わせるのに必死で自分が楽しむということをしてこなかったが、自分の好きなように動けるというのはこんな楽しいのだと改めて感じた。



「遠藤さん、今日楽しそうだね」


 滝沢にもバレるくらい、私は楽しめているらしい。そして、滝沢は人のこと意外とよく見ている。そんなに楽しいことなんて顔に出さないようにしているはずなのに滝沢はすぐに気がつくのだ。


「うん。滝沢のおかげで楽しい。今日は一緒にきてくれてありがとう」


 その言葉に返事はなくて、滝沢らしいと思った。



 

 花火が打ち上がるまで、あと二十分。


 これから一番の楽しみがある。

 


 しかし、私は気づきたくないが気づかずにはいられない痛みに襲われていた。

 

 電車を使ったとはいえ、隣町のお祭りまで来て屋台もずっと歩き回っていた。履き慣れていない下駄のせいで靴擦れを起こしてしまっている。


 我慢していたが、我慢できないくらいの痛みになっていて、歩くペースが明らかに遅くなった。

 

 滝沢にバレないようにと笑顔を作る。


 しかし、ずっと真顔だった滝沢の顔はこれでもかってくらい眉間にシワが寄っている。


 滝沢は私の腕を引き、私は公園の隅の方のベンチにつれて来られた。


「ここに座ってて」

「えっ……」

「いいから」


 それだけ言うと滝沢はその場から離れてしまった。


 

 もうすぐ、花火が打ち上がる。


 滝沢はどこに行ったのだろう。


 もしかしたら、私のペースが遅くなったので、一人で回る方が効率的だと思ったのかもしれない。滝沢なら、めんどくさいからって帰った可能性もある。



 ここから花火は見えない。


 もっと花火が見える近くの会場に行かなければいけない。みんな花火の見える会場に行っていいるので、この辺りは人が少なくなっていた。


 今年もまた一人……。


 人々の歩く音、話し声、風に揺れる木々の音、虫の鳴き声。


 どんどんと音が遠くなり、意識が現実から離れていくのを感じた。

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