第25話 夏休み①
「暑いー集中できないー」
隣の美少女がそんなことを言いつつ床にゴロゴロ転がっている。
まだ、30分も勉強していない。
遠藤さんの集中力の無さには呆れる。
残念ながら、夏休みに入っても遠藤さんとの関係は続いている。
いつ終わってもおかしくないこの関係は、遠藤さんがもう勉強を教えて貰わなくてもいいと言ったらそこで解消される。
正直、この関係は遠藤さんにとってあまりいい関係ではない気がする。それでも彼女は勉強を教えてくれと頼んでくる。
なにか企んでる?
まあ何を企んでいても構わない。
私は勉強は教えるし、教えたらそれだけの対価は貰う。
夏休みは遠藤さんは、部活が忙しいらしいので週に1回か2回くらいしか、勉強会は開いていない。
週の1回くらいは頑張って欲しいものだ。
夏休みの私の予定と言えば、勉強くらいしかない。強いて言えば、姉が8月に帰ってくるので、その時に裁縫を教えてもらう予定だ。自分でお願いしておきながら、あの時なぜあんな行動に出たのかと自分の行動を恨んでいる。
勉強意外にできることを増やしていきたい。
思ったままに行動した。
そう思えたのは遠藤さんに出会ったからかもしれない。
勉強が全ての私の家で、勉強意外に私の生きる意味は無かった。
なんでも出来る遠藤さんを見て、私も何か優れているものや特技が欲しいと思った。
今ある特技と言えば、勉強と遠藤さんに張り付いた笑顔を剥がし、苦しい顔をさせるくらいだ。
今日も、指を舐めさせることにした。
遠藤さんの舌使いはなんかこう変な気持ちになるのだ…
彼女が私のいうことを聞くはずなのに、私が聞かされている気分になる。
それでも、抵抗はあるらしく、嫌な顔をしながら舐めている。
今日もそれが見れて良かったと思うと次の瞬間、指先に鋭い痛みを感じた。
今まで従順だった犬に噛まれる飼い主はこんな思いをしているのだろうか。そんなことはどうでもいいくらい、痛い。噛みちぎりそうな勢いで指を噛んでくる。
「痛いんだけど…」
かなり険しい顔で答える。
そしたら遠藤さんは嬉しそうに指を離した。
「たまには仕返し、こういうことしたくなる滝沢の気持ち少しわかるかも」
遠藤さんはこの上ないくらい嬉しそうににこと笑っている。
「仕返しする権利ないと思うんだけど」
指には遠藤さんの歯型がついている。
「私ばっかり恥ずかしことされられてるもん」
「だって、そういう約束じゃん。それが嫌なら私と関わらないで」
はやく私から離れていけばいいと思う。
「ごめんごめん。それよりさ、8月15日にある花火大会って見に行ったりするの」
私の言葉は軽く受け流され、話題を変えられた。花火大会…人が多くてあまり行きたくない。
去年は舞に連れ回されて5年分くらいの生命力を奪われた気がする。
「今年は舞にも誘われてないし、行かないかな」
「誘われたら行くの?」
「そりゃ、予定無かったら行くよ」
遠藤さんが何か考え事をしている。
真剣な表情の遠藤さんは綺麗だ。顔が整っているだけで、こんなにも映えてしまうのはずるいと思う。
「花火大会一緒に行こうよ」
「は?」
何を言っているんだこの人は。友達でもない私たちが花火大会に行くのはおかしいだろう。いや、友達じゃない人と行く人たちも世の中にはいるのかもしれない。でも、遠藤さんと私が夏祭り行っているところを学校の人に見られたら厄介だ。
遠藤さんがきゅるきゅるな目で見てくる。
こういう時に自分の美貌を使ってそういう作戦はずるいと思う。
「予定がなかったらね」
遠藤さんの顔には満面の笑みが浮かび、ほわほわとお花が咲いているように見える。
まだ、行けると約束した訳じゃないのに、遠藤さんが珍しく素の笑顔だったのでこれ以上いじめない事にした。
遠藤さんは前よりも私の前では表情がコロコロ変わるようになった。嫌なことは嫌な顔をするし、嬉しい時は嬉しそうだ。しっぽと耳が見える。餌を貰って喜ぶ大型犬のようだ。
今年の夏休みはあっという間に過ぎる。
予備校に学校の宿題、遠藤さんの世話。
8月になると姉が家に帰ってきた。
部屋に許可なく入ってきた姉はぎゅーぎゅーと私を抱きしめて、「会いたかったよ愛する妹よ」なんて言っている。
私は微塵も会いたくなかったよお姉ちゃん。
大学生は8.9月が夏休みらしい。
姉は8月は家にいるが9月は勉強のため大学に戻ると言っていた。
私は、はやく裁縫を教えてもらって、あとは姉に関わらないようにしたい。
馬鹿が移るみたいな顔で見てきて、姉と私を離そうとする。
そんな事しなくたって私はお姉ちゃんの邪魔をしたりしない。
そんな親の目を気にせず教えられるようにと真夜姉はカフェでやろうと言ってくれた。
今日、遠藤さんから勉強教えて欲しいと言われたが、真夜姉との約束が先約だったので断った。
メッセージで誰との約束だとかなんだかんだ事情聴取されたが、面倒だったので無視をする。
刺繍だが、不器用なこともあってなかなか上手くいかなかった。真夜姉とちゃんと話すのは何年ぶりだろう。久しぶりのこの関係に緊張も加わって上手く出来なかったと言い訳しておくことにした。
全然上手にできない私に、真夜姉は嫌な顔せず教えてくれる。だから、私も真夜姉のその誠実な思いに応えたいと頑張った。最初は布に練習で花を縫ってみる。
完成はしたがそれはどうにも花とは言い難い形になり、不格好である。
まるで、私のように。
一方、姉は黙々とハンカチに花の刺繍をしていた。
裁縫している姿もキラキラして女神様みたいだ。こんなに完璧な人間が好きになったり、付き合ったりする人はどういう人なのだろう…
「真夜姉は好きな人とか付き合ってる人いるの」
全然興味のなかった姉に対して、なぜか今日は興味が湧き、聞いてみたくなった。
真夜姉はニコニコと笑顔を崩さない。
「大事な妹がいるのでそれ以上何もいらないかなぁ」
何を言っているんだこの人は…
私は信じられないくらい彼女に嫌がらせもしたし、大事にされる理由は無い。
「真面目に答えてくれないならいい」
私は手元の刺繍の練習に意識を戻した。
会話が終わっても、真夜姉は手を動かしながらニコニコと私を見てくる。
その愛想笑いみたいな顔で見られると、息が詰まる。
大好きだった、あの心からの笑顔にどうやったら戻せるのだろう。
いや、もう今の私に彼女を変えるだけのことは出来ないのかもしれない…
お昼も食べずに集中していたら14時になっていて、姉とお昼を食べて、家に帰ってきた。
家に帰ってからも刺繍に集中していたら夜の7時を過ぎており、さすがに夜ご飯は食べないとお腹が減ると思い、散歩がてら近くのコンビニまで歩くことにした。
夏は嫌いだが、夏の夜はそこまで嫌いじゃない。日中の暑さは落ち着き、虫が様々な音色を奏でて鳴いている。
コンビニでおにぎりや飲み物をカゴに入れる。飲み物のところによく遠藤さんが飲むオレンジジュースがあった。
遠藤さんがなぜ今の関係を続けてくれるのかわからない。
でも、今更友達になるのも怖い。
遠藤さんは人との距離感がバグっているから、あれ以上仲良くなったら卒業の時少しだけ悲しくなる自分が想像出来る。
だから、今のままでいいのだ。
それでも気になることはある。
なぜ私と一緒に居てくれるのだろうか…
遠藤さんの好きなオレンジジュースを飲めば、少しは気持ちが理解できるだろうか?そんなことを考えていると無意識にオレンジジュースに手が伸びていた。
伸びた手に他の人の手が当たる。
すみませっ……
「遠藤さん?!」思わず大きい声が出てしまった。
珍しく遠藤さんが何も声をかけてくれない。
というか、なんか怒ってる?
ムスッとした顔をしている。
いや確かに今日勉強できなかったのは申し訳ないけど、予備校とか遠藤さんの部活の関係でできない日があるから、それが原因では無いと思う。しかし、他に思い当たる節はない。
腕を掴まれて
「明日は勉強会できるの」と聞かれる。
うんとだけ答えると、遠藤さんはオレンジジュースを買ってコンビニを出ていこうとした。
「今日、星がよく見えるから見てみて」
そう言い残して彼女は行ってしまった。
私もコンビニで会計を済ませて外に出る。
別に遠藤さんに言われたからではなく、今日は色々あったと思いに深けて上に目を向けただけだ。
私の住んでるところは都会では無いから、灯りは少ないと思う。
灯りが少ないせいか、いや、そんなの関係ないくらい星が綺麗に見えた。
一つ一つがキラキラとここに居るよと教えてくれる。
こんな綺麗な景色なかなか見れないと思う。
私の両親はどういう思いでこの名前をつけたのだろう。
今更そんなことを聞けるような関係でなくなったが、少しだけ家族について知りたいことが増えた日だった。
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最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
噛み癖ある人最高ですよね(完全に個人的な意見)
友達の名前の由来とか聞くのがすごい好きでした。人の名前にはそれぞれ色々な思いが詰まっていて、素敵だなと感じております。
読者さんに読んでいただけたり、作品フォローしていただけたりすることがいつもモチベになってます!
評価いただけると泣いて喜びます、、、
連載中の作品も他にあるので、時間ある時に覗いてもらえると嬉しいです!
今後もよろしくお願いします!
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