第18話 後ろ向き
自分の言ってしまったことに後悔しているし、後悔していない。
家に帰りたくないために、遠藤さんを利用するのは良くないけど、遠藤さんの作った料理を食べたいという気持ちもあったので、お願いをした。
「何か食べたいのある?」
「なんでもいい」
「好きな食べ物と嫌いな食べ物は?」
「ない」
「え、オムライス好きじゃなかった?」
「それは普通」
「そっかぁ。具材ないからスーパー寄ってもいい?」
コクリと頷くとスーパーに連れていかれた。
遠藤さんはテキパキと食べ物をカゴに入れて買い物は10分くらいで終わる。
見慣れた道に戻ってきて一気に気が抜ける。いつもの図書館を通り過ぎ、遠藤さんの家に入る。
真っ暗な一軒家に電気が灯る。
その光景は、私が置いていかれ、両親と姉でご飯を食べに行った日に似ていた。
私の性格が大きく歪んでしまった日のような家だった。
あの時の寂しさや不安は今も忘れられない。
遠藤さんは毎日ここに1人で帰ってくるのか…
それとも、私にしたみたいに頻繁に友達を呼んだりしているのだろうか。そんな小さなことが気になって胸がザワザワする。
「作るからテーブルで少し待っててもらえる?」
返事をしようと思ったが、その前にやるべきことがある。そんな難しいことではないのに言葉につまる。
「挨拶…していいかな……」
遠藤さんが驚いているのか目を見開き、その後に何が面白いのかわからないが声をもらして微笑んでいた。
「滝沢、固すぎだよ。結婚の挨拶しに来た人みたい」
遠藤さんはくすくすと笑っていた。
しみじみした空気にしないよう、いい言葉がないかと探した結果、自分の中で言える唯一の言葉だったのに…
少し不服ではあるものの、許可を貰ったので居間の奥の仏壇へ足を運んだ。
仏壇はすごく綺麗にされていて、お茶とお菓子がお供えしてある。きっと毎日、遠藤さんが綺麗にしているのだろう。前に来た時は遠くからしか見えなかったが、遠藤さんのお父さんとお母さんの顔がしっかり見える。
やっぱり、前来たときの印象は間違えていないと思う。
お父さんは優しい顔をしている。男性というものは関わりがなかったのでよく分からないが、遠藤さんのお父さんは性別とか関係なく写真から伝わるくらい温かい表情をしている。今の遠藤さんの作った笑顔とは真逆の笑顔だ。
お母さんはとても綺麗な人だ。遠藤さんをもっと本の世界の中の人に近づけた感じ。でも、そんな綺麗な顔の後ろには温かいものを感じる。
遠藤さんが人形のようになってしまったのは、やはり両親が亡くなったせいなのか。
遠藤さんの色んなことが気になる……
いや、、、他人の家族のことを捜索するのは辞めよう。
時々、無性に遠藤さんのあの作られた顔を壊したくなる時がある。それはきっと私と姉との関係のせいもあるのだろう。姉はどんな嫌なことをしても絶対に自分の感情を出すことはなくなった。
しかし、遠藤さんはたまにではあるが感情を表に出すことがある。
嫌なことや嬉しいことが出ていたり、難しそうな顔、苦しそうな顔することが少しだけある。
そんないろんな遠藤さんを見たい。
嫌そうな顔でも作り人形みたいな顔よりましだ。
ゆっくりとお線香をあげ、両手を合わせる。
こういう時、何を考えたらいいのか分からないので、元気に暮らしてくださいとか在り来りなことしか思えなかった。
私がゆっくり仏壇で考えていると遠藤さんがお茶とお菓子を仏壇にお供えした。
「滝沢の分のお茶出したからテーブルに置いておいたよ」
遠藤さんの声はいつもの気の張った声ではなく少し和らいでいたような気がした。
テーブルで待っていると、お肉のじゅうじゅうと焼ける音が聞こえてくる。家中においしそうな匂いが漂ってきた。
20分くらいだろうか。
ご飯が出てきて感動した。
メニューはハンバーグだ。
しかも、ちゃんとサラダもポテトサラダも盛り付けてある。彩りがあって余計おいしそうに見える。
早く食べたいと言わんばかりの顔をしていたら、また遠藤さんに笑われた。納得がいかないが、今はお腹も減っているので食べることを優先したいと思う。
「いただきます」
ハンバーグに切込みを入れて1口サイズに切る。
まずはハンバーグだけで食べてみる。口の中にじゅわーっと肉汁が広がり、お肉の旨みが味覚を刺激する。
おいしい…
遠藤さんはお店なんか開けるんじゃないかと思えるくらいおいしい料理を作る。そして、遠藤さんの作る料理は心が温まる感じがするのだ。さっき仏壇にいた2人のように、遠藤さんの料理から彼女の温かさが伝わる。
「どうかな?」
「まあまあかな」
素直になれない自分を残念に思うものの、箸は止まらず動いているので遠藤さんも安心した顔をしていた。
あっという間になくなってしまって少し、寂しく思う。
遠藤さんも食べ終わり片付けを始めようとしていた。
「片付けするね」
「片付け手伝う」
食べるだけでは申し訳ないので、手伝うと伝える。
「大丈夫だよ。これは勉強のお礼だし」
勉強のお礼……
私からお願いしたのだが、その言葉が心に引っかかる。
「いや手伝う」
遠藤さんの言葉を無視して台所に向かった。
「ありがとう。じゃあ、食器拭いてもらおうかな」
私は遠藤さんが洗った食器を黙々と拭いた。
沈黙が続いた中、どうしても聞きたいことがあったので口を開いてしまう。
「遠藤さん、友達とかにもこうやってご飯とか作るの」
気になった。それだけだ。深い意味は無い。
「友達は呼ばないよ」
「なんで?」
「中学生の頃に友達呼んだらちょっと嫌な思い出ができちゃって…それ以降は誰も呼んでない」
「何があったの…?」
「男女でお泊まり会したら、みんなテンション上がって触り合いっこみたいな雰囲気になって、別に私がなにか変なことした訳じゃないけど、自分の家でそういうことされるのは嫌だったなって」
遠藤さんが笑顔でニコニコと話している。
まるで自分の感情を押し殺すように話してきたその態度に苛立ちを覚える。遠藤さんはどんなに冷たいことを言っても、酷いことを言っても顔色変えずニコニコしている。
正直、人間らしくない。
そして、友達は呼ばないということは私は友達という認識はされていないようだ。それを願っていたはずなのに胸がモヤモヤする。
「じゃあ、私は友達じゃないって事ね」
思わず自分の口から出たことにびっくりした。言うつもりのなかった言葉だ。
「いやそういう訳じゃないけど…滝沢は私たちの今の関係をなんだと思っているの」
「勉強を教える人と教えられる人。それ以上でもそれ以下でもないと思ってる」
そうだ。それでいいんだ。
今更だが、あまりにも遠藤さんに関わりすぎた。本当は関わることなんてなかったはずなのに、屋上で私が死のうなんてことを考えているから出会ってしまった。
遠藤さんと居ると少しだけ素直になれる自分がいる。
遠藤さんの本性はわからないが、作る料理やこれまでの行動から偽善者なんかじゃなくて、本当に心の優しい人なのだとわかる。
その優しさに甘えたくなる。
今日も遠藤さんの優しさに甘えて、家に帰る時間を引き伸ばしている。
今の状態は本当に良くない。
私は自分の思っているよりも、だいぶ人に甘える人間になってしまったようだ。
目の前に蜜があれば吸いたくなる。
我慢はできないのだ。しかし、その蜜には毒があったりするものだ。
なんの苦労もしないで自分の都合のいいものが簡単に手に入るはずがないのだ。
私が努力しなかったから、家族を失った。家族なら私を見捨てないと甘えていたのだ。
これ以上、遠藤さんに近づくのは怖い。
高校の友達は高校までだし、大学も同じだ。
卒業が区切りとなって疎遠になる。
遠藤さんも同じだ。
もう、遠藤さんの優しさに甘えるのは今日でおしまいにしよう。
嫌なことをすれば彼女は私を嫌いになってもう関わることは無いだろう。
さっき聞いた話を利用しよう。
少し心が痛むが仕方ない。
遠藤さんはどんなに酷いことをいっても笑顔を崩さず私からは離れなかった。
これしか遠藤さんが私を嫌いになる方法を今は思いつかない。
「遠藤さん、勉強教えるのは終わりにする」
遠藤さんが少し不思議そうな顔をして
「勉強もうしないってこと?終わりにするってどういうこと?」と聞いてくる。
「今日で私と関わるのはおしまい。お互い普通の生活に戻るだけだよ」
「私はこれからも勉強教えて欲しいし、それは滝沢にお願いしたい」
やっぱり遠藤さんは譲ってくれない。
「それなら、今、私のいうこと1つ聞けるんだったらいいよ。あと、勉強教える度に私の言うこと1つ聞くこと、それを守れるならいいよ」
遠藤さんはたぶん、私のいうことを聞かない。
いや、聞けないが正しいと思う。
「わかった。なんでもいうこと聞く」
「私にキスして」
彼女がさっき辛そうな顔を必死で隠すように中学生の頃にあった嫌な話をした。
大切なこの家が汚されたことが許せなかったのだろう。
だから、わざとそこにつけ込んだ。さっき踏み込んで話を聞いて正解だった。
これなら、私が悪者で遠藤さんとの関わりを断つことができる。
案の定、遠藤さんが困惑した表情をしている。
そういう顔をずっとしてればいいのにと思った。そっちの方がよっぽど人間らしい。そんな、非道なことを考えていたら思わぬ言葉が飛んできた。
「いいよ…」
…………?
どういうことかさっぱりわからなくなり、私の方が遠藤さんより困惑した顔をしていたと思う。
洗い物はとっくに終わって、台所でずっと立ち話をしていたので距離が元から近いが、遠藤さんがその距離をもっと詰めて私に近づく。
遠藤さんの手が私の首筋に添えられて、遠藤さんの方へ引き寄せられる。
「目、恥ずかしいからつぶって?」
遠藤さんの顔が近づいて反射的に目をつぶってしまった。
柔らかいものが唇に押し当てられる。
それは指でも他の部位でもなく、確実に遠藤さんの唇だ。
どのくらい時間が経ったのかわからないが唇からやわらかいものが離れて現実に戻った。
目の前には頬を赤く染めた遠藤さんがいる。
「これで約束は守ったから、滝沢も約束守ってね」
全く状況が理解できない。
私はカバンを急いで持って、家の外に出た。
滝沢!と遠藤さんの呼ぶ声が聞こえたが振り返るわけが無い。
唇が熱い、頬が熱い、体が熱い。
あれは何かの間違いだ。
悪い夢を見ているのだ。
そう遠くない自分の家について、布団にこもって呪文のようにそう唱えるだけだった。
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最後まで読んでいたたぎありがとうございます!
2人の初めてのキスの味はハンバーグ味だったようですw初々しくていいですね〜!
読者さんに読んでいただけたり、作品フォローしていただけたりすることがいつもモチベになってます!
評価いただけると泣いて喜びます、、、
連載中の作品も他にあるので、時間ある時に覗いてもらえると嬉しいです!
今後もよろしくお願いします!
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