第17話 小さな1歩②
目が覚めたら朝の5時だった。
今日の待ち合わせは10時だ。
まだ寝る時間がある。
セミが鳴き始める。7月の上旬。
暑さでだるい毎日を過ごしている。
今日は特に体が言うことを聞かない気がする。
遠藤さんに少し酷いことを言ってしまった。人に何を言ってもあまり気にしなかったのに、遠藤さんがあんな顔をするから忘れられない…
布団を被る。
……
寝れない…
寝れないので起きて支度をした。
前と同じく右側の耳の横に三つ編みを作った。まだ、高校生なので化粧はしないが、リップくらいは塗る。服はただのお出かけだし、ジーンズとパーカーでいいかと着る。
亀よりもゆっくり準備したつもりがまだ、8時だ。
部屋の布団で転がっていたら隣の部屋から物音が聞こえた。
姉は昨日帰ってきて部屋にいる。
裁縫……
黄色いハンカチは遠藤さんに奪われてしまった。正確には私があげたのだが、あのお花の刺繍は可愛かった。あれくらいできるようになったらいいなと思う。
気がつけば姉の部屋の前に立っていた。
一呼吸おいて、ドアをノックする。
「はぁーい?」
「あの、星空だけど…」
バタバタと走る音が聞こえて、ドアが空いた。
「星空から話しかけるなんてどうしたの!?」
「朝からうるさい」
「ごめんごめん。立ち話もなんだから部屋おいで」
姉の部屋に入った。
姉はショートカットが良く似合う。高校では男子からも女子からもラブレターを貰ったりしていたと聞いていた。優しいし顔もいいし頭もいいから当たり前だ。
部屋は女子の部屋とは言い難いくらい整い、シンプルな部屋になっていた。そんな部屋に座ると、とても居心地の悪いものを感じた。
まるで何もかも完璧でなにも人間らしいところがない姉のように。
「で、何かあったの?相談?悩み?」
「聞かれなくても答えるから」
……
「ごめん…小さい頃に貰った黄色いハンカチ刺繍のハンカチ無くしちゃった」
「それで?また欲しいとか?」
今から言うことは私らしくないし、そもそも姉に話しかけていること自体が奇跡に近い。
「刺繍のやり方、教えて欲しい……あれ可愛かったから自分でできるようになりたい」
姉がキラキラとした目で私を見て私に抱きついてきた。
「暑苦しい、今、夏、寄らないで」
「夏じゃなくても星空は嫌がるでしょ?でも、嬉しい。私も最近時間なくてできてなかったから一緒にやろうか。でも、今日は材料とかないしな。あ、でも夏休みは家に帰ってくるからその時、時間取ってやろう」
夏休みに姉に裁縫を習うことになった。
不安が大きいが刺繍できるようになりたい。
「じゃあ、私今から出かけてくるから」
「お友達?」
友達……遠藤さんと私の関係ってなんなんだろう。
「買いたいものあるから行ってくる」
姉の言葉を無視して家を出た。
待ち合わせ場所には15分前に着いて、場所の確認をした。
驚くことに遠藤さんはもう待っていた。
白のロングスカートに夏用の濃いめの茶色のシャツがインされて、いつも足が長いのにより足が長く見える。髪は下ろして、少し巻いている。日が当たって茶髪が綺麗に輝いている。
日差しの遮るものがない中、汗を垂らしながら待っている。
あれでは日に焼けてしまう。
「ばかじゃないの…」
そんなことを口からこぼした。
私も早く来ていることがバレたくないが、遠藤さんを干からびさせる訳には行かない。
「何分前に来てんのばか」
遠藤さんが振り返った。
「早くない?大丈夫?」
「こっちのセリフ」
遠藤さんの方は向かずにショッピングモールに向かう。
「遠藤さん何買い物したいの?」
「色々、フラフラして欲しいものがあったら買う」
「いつもそんなノープランなの?」
「奈緒と朱里と来た時は2人が行きたいところ多くて常に連れ回されてるし、1人で来る時は買い物したいもの決まってる時しか来ないから、今日はフラフラしてみたいなぁって」
「あっそ」
どんな反応をしても、遠藤さんはニコニコして着いてくる。
「逆に、滝沢は友達と来る時どんな感じなの?」
舞と来る時、舞は色々なところに連れていってくれるし、私も少しは楽しもうと努力したが、何に対してもあまり興味がなくて、楽しめた思い出はあまりない。
舞が悪い訳では無い。私が何に対しても不信感を抱いていたり素直に楽しめないことが悪い。
「私が何にも興味無い人間だから、相手はつまらないことの方が多いと思う」
そんなひねくれたことを言ったら、遠藤さんに手を掴まれた。
「じゃあ、今日は楽しも!」
この人は私の話を全然聞いてくれない。
でも、お買い物は思ったより楽しかった、食器が見たいと遠藤さんに付き合ったが、これが可愛いとか使いやすさを語ったりしている。
意外と生活の豆知識が博識な遠藤さんの話はおもしろい。
雑貨屋、駄菓子屋、服屋ほんとに色々なところを回った。あっという間に時間は過ぎ、お昼ご飯の時間をかなりすぎていた。
「お腹減ったぁ、滝沢食べたいのある?」
好きな食べ物で思いつくのはオムライスくらいしかない。
「なんでもいい」
遠藤さんがいつもの作り笑顔で見てくる。
「今日、滝沢少しだけ楽しそうで嬉しい。いつも険しい顔してここに
そんなことを言われて眉間を触られた。
勝手に触られるのが嫌だったので、彼女のほっぺを掴み左右に引っ張る。
「いたい……」
自業自得だ。
「その作り笑顔やめて。嫌いな人に似てて腹立つ。普通に笑った方がかわいい」
最後のは要らなかったと思いつつ、彼女のほっぺを離した。私が引っ張った場所がはっきりと分かるくらい赤くなっている。
「私の笑顔ってそんな不自然?」
少し驚いたように遠藤さんが言う。
「普通の人なら分からないんじゃない。ただ、似てる人を知ってるだけだから。そうやって笑顔作ってヘラヘラしてれば、人と上手く付き合って生きれるよね」
遠藤さんは何も言わなかった。
否定して欲しかった。
遠藤さんが連れて行ってくれたのはオムライス屋さんだった。
遠藤さんが作ったのがおいしかったのだと思いつつ、店に入る。
「滝沢の好きな食べ物ってオムライスくらいしかわからなくてさぁ」
ふふっと笑いながら遠藤さんが言ってきた。
さっきの言葉なんか少しも気にしていないみたいな反応で少しむかついた。
口にスプーンを運ぶ。
熱々ふわふわの卵とチキンライスがマッチしてとてもおいしい。
おいしいけれど、やっぱり、遠藤さんの作るオムライスの方がおいしくて、また遠藤さんのご飯が食べたいと思った。
「そういえば……クッキー美味しかった。ありがとう」
言いそびれていた言葉を口にした。
「何も言ってくれないから美味しくなかったのかと思ったぁ。おいしかったのならよかった!」
お昼を食べたら3時頃になっていた。
思ったよりも自分は楽しんでいたみたいで、あっという間に時間が過ぎた。
今日は帰りたくない……
きっと家族3人でどこかに出かけたり、夕飯を楽しく食べているからだ。
できればみんなが寝ている深夜に帰りたい。
何も見たくない。
「滝沢は行きたいところないの?」
遠藤さんの声にハッとする。
行きたいところ……手芸屋さんに行って刺繍の材料を買いたい。しかし、遠藤さんに色々聞かれるのは恥ずかしい。
しかし行くところもないので遠藤さんにお願いをする。
「手芸屋みたい…」
「いいよ行こっか」
手芸屋にはほんとに色々なものがあった。基本的な裁縫道具やパーツ商品、補修に必要な部品。その中で、私たちは刺繍コーナーに向かう。
あまりにも数がありすぎる…適当に買ってもいいのだが、それにしたって選べないくらい色の種類があった。
「刺繍するの?」
聞かれたくない質問をされる。
「うん。刺繍得意な人に教えてもらう予定」
できること増やしたいからなんていうのは恥ずかしくて言えなかった。
来たはいいもののなにをかっていいかわからない。
「遠藤さんはどんな色が好きなの?」
遠藤さんの取ってくれたのは、青だった。
「青かぁ。青って何色と合うんだろう…」
私がブツブツと言っていると「無難な線を行くなら白かな。オレンジとかも合うと思う」
遠藤さんはいっぱいこの色とこの色が合うと教えてくれたが、結局、分からなくなって7種類くらい無難な色を買ってしまった。
もう、5時になっていた。きっと遠藤さんは帰る時間だろう。ちらりと遠藤さんをみると遠藤さんは変わらず笑顔でいる。
最近、勉強のお礼は貰っていない。3回分くらい何もしてもらっていない。何か欲しい訳じゃないが、今日くらいは許してくれないだろうか……
遠藤さんが前を歩いていて、遠くに行ってしまいそうで心細くなった。
無意識に裾を掴んでいた。
「今日、遠藤さんの夜ご飯食べたい…」
言ってしまった。
絶対に顔を上げられない。恥ずかしい…
そんな私の気持ちを汲み取ってくれたのか
「いいよ。家行こうか」
と優しく手を引っ張ってくれた。
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最後まで読んでいたたぎありがとうございます!
少しでもわがままを言えるようになった星空ちゃんに大きな成長を感じます…
読者さんに読んでいただけたり、作品フォローしていただけたりすることがいつもモチベになってます!
評価いただけると泣いて喜びます、、、
連載中の作品も他にあるので、時間ある時に覗いてもらえると嬉しいです!
今後もよろしくお願いします!
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