第14話 目で追うもの ⑵

 土曜日の朝は学校に行く時よりも起きるのが遅い。


 ゆっくり起きて、日中は図書館に行く。

 しかし、今日は緊張で目が早く覚めた。


 今日は舞のバスケの試合を見に行く。


 ただそれだけだ。


 遠藤さんはついでに見るだけだ。


 でも、もし遠藤さんが試合で一番活躍したら、来週の土曜日お買い物に付き合うことになる。



 友達でもないのにお出かけってなんだ。というか、遠藤さんと私ってどんな関係なんだ。どう考えても勉強を教える人と教えられる人で、それ以上でも以下でもないと思っている。


 なんであんなお願いしてきたんだろう。


 極力、関わらないようにしていた遠藤さんとの距離が詰まって、少しだけ息苦しさを感じていた。


 私は薄い水色のタンクトップのワンピースに生地が薄目のカーディガンを着て、髪の毛は右耳の脇に小さい三つ編みを作って織り込んだ。


「髪伸びたな……」


 ボブだった髪は肩につくくらいの長さになっていた。


 支度を終えて家を出ることにした。



 学校の体育館からボールがとんとんと跳ねる音が聞こえる。外には色々なチームの人達がストレッチをしたり、走ったり、声掛けをしてアップをしている。


 私の学校の体育館は確かに広いと思うが、こんなに色々なチームが集まる大会は見たことがない。こういう所に行ったことがないので人の多さに圧倒されそうになる。


「試合始まるよー」

 スマホに舞からメッセージが届いていた。


 体育館の二階から応援しようと二階のロビーに向かう。体育館ではもう試合が始まっていた。


 上から体育館を見渡すと舞と遠藤さんをすぐ見つけることができた。


 意識的に見つけたわけではなく、二人だけが周りと違いキラキラしていたからだ。選手たちは皆汗をかいて顔が赤くなっている。

 

 バスケットボールという競技はすごいと思う。コートには選手が十人いて、サッカーなんかと比べてコートが狭いはずなのに、息が上がるほどその中を動き回っている。


 せっかく舞が誘ってくれたのにただ見るのは申し訳ないと思って、ネットや動画でバスケのルールを少し調べていたので、ルールは何となくわかる。


 普段、常にだるそうで能天気な舞が、真剣に試合で動いていた。舞は身長がそんなに高くなく、ガードのボジションでチームを取りまとめる司令塔の役割をしている。


「陽菜っ!」


 舞から遠藤さんにボールがパスされる。


 遠藤さんは受け取った瞬間にボールをゴールに放った。あまりにも早いモーションだったので、相手の選手は対応出来ていない。


 しゅぱっ


 バスケットゴールのネットを、回転するボールが綺麗な音を立てて通る。


 スリーポイントシュートが決まり、一気に点数が加算される。

 舞と遠藤さんがハイタッチして喜んでいた。

 

 バスケは細かいルールを抜けばすごく単純で、ゴールに多くボールを入れた方が勝つスポーツだ。基本的にゴールにボールが入れば二点が加算されるが、あるラインより遠いところから決めるシュートは、難しいために三点が加算される。

 遠藤さんはその難しいシュートを何回か決めていた。


 遠藤さんがシュートを決めやすいように舞がアシスタントしている。他の先輩らしい人たちも声がけしながらチームを盛り上げていた。



 かっこいい……。


 あんなにキラキラしているふたりと私は関わりがある。


 それに比べて私は……。


 何も無い。


 第二クウォーター終了のブザーが鳴り、ハーフタイムという長い休憩に入った。


 試合に出てた人達が水分補給をしたり、休んだり、ミーティングをしている。二人は二年生なのにチームの中心にいて、チームをまとめていた。


 あまり見すぎてたせいか、観客が多い中なのに、舞が私のことを発見した。


「星空ー! 来てくれたんだ、ありがとう!」

 一階から二階のロビーに向かって手を振られる。

 あんまり目立ちたくなかったのて、しーっと指を顔の前に置くが遠慮なく手をぶんぶんと振ってくるので、遠慮がちに手を振って返した。


 舞の様子に気づいて、遠藤さんもこっちを見てきた。


 やけに驚いた様子で私の方を見てきて、何かを舞と話している。


 何を話しているのだろうか。


 遠藤さんのことだからてっきりお得意の作り笑顔で手を振ってくると思ったら、真剣な顔でこちらを見てきた。


 あまり真剣に見られるので、目が離せずにいるとハーフタイム終了のブザーがなり、選手たちが試合の準備を始める。


 試合はそのまま続いた。遠藤さんに負けずと点数を取る先輩たち。もう、誰が何点取ったかなんて分からないが、真剣にスポーツをする選手はみんなかっこいいし、何より私の友達の舞、そして遠藤さんは誰よりかっこよかった。


 舞を見に来るついでに遠藤さんを見るつもりだったが、遠藤さんから目が離せない。


 ずるいと思う。


 美人でスタイルも良くて学校の人気者で勉強もそこそこできて性格が良くさらに運動までできるなんて。


 神様は不平等だ。


 別に誰に比べられた訳でもないが、自分が惨めに思えてくる。

 

 接戦の結果、私の学校は負けてしまったが、そんなのはどうでいいくらい私の胸は高鳴り、感動し、そして苦しくなっていた。


 舞は落ち着いたら絶対私の元に来るだろうと思って「試合かっこよかった。帰るね」とメッセージだけ送って体育館を後にした。




 午前中、勉強出来なかった分、午後は図書館で勉強を進めていた。


 自分には勉強しかない。


 遠藤さんみたいにキラキラした何かがあればいいと思った。


 でもそれは、勉強しかして来なかった自分が悪い。

 

 姉と全然話さなくなってから、何度か姉から声をかけられたが、全部無視していた。一緒に何かしようと言っていた覚えはあるが、何も話したくないから耳を塞いでいた。

 あの時に、自分の出来ることを増やしておくべきだったのかもしれない。


「はぁ……あの時を後悔してもしかたない」


 大きなため息がこぼれた。


 中間テストはさほど勉強していないのにダントツ一位だった。

 勉強の手を抜くつもりは無い。

 だけど、なにか自分の出来ることを増やしたいと思う気持ちもある。


 姉から貰ったハンカチが頭に浮かぶ。


 私の姉も遠藤さんみたいになんでも出来るタイプの人だ。勉強も運動もなんでも出来るし、私よりも身長が高くスタイルがいい。何より顔がめっちゃ綺麗だ。かなりモテると聞いたこともある。

 しかし、姉が一番好きなのは裁縫だと言っていた。特に刺繍が得意であの黄色いハンカチを私に作ってくれたのだ。


 裁縫――。


 そんなことを考えていると休憩してから三十分も経っていることに気がついて、急いで勉強を再開した。


 夏は暑くてぼーっとしてもしまう時間が多い。

 きっと考え事が多いのは夏のせいだ。



 そんなことをぼんやり考えていると、急に首の辺りにすごい冷たいものが当たる。


 図書館なのに変な声を出してしまった。


 振り向くと、目の前には遠藤さんがいた。


 コーラの缶ジュースを私の首に当て続ける。


 なんで……?


 驚きで言葉が出なかったら遠藤さんから話しかけられた。


「さっき試合終わったあと探したんだよー。どうせ図書館にいると思って、試合全部終わったからきた」


 意味がわからない。ここに来る理由は無いはずだ。


 遠藤さんが一枚の紙を見せてきた。


 それには人の名前と数字が書かれていた。


「今日の試合で取った合計点数、マネージャーにまとめてもらった。私、一番だったよ」


 そういうことか……私が約束守らないんじゃないかとか忘れてるんじゃないかと思って来たわけだ。


 コートにはもうひとり上手い先輩がいたが、多分その先輩と一点差で遠藤さんの方が多く点数を取っている。


「別にご褒美あげるとは言ってない。考えとくって言っただけ」


 考えると言ったが本気で行く気はなかったのでそう答えると、恐ろしいものを見るような顔で遠藤さんが私を見ている。


「鬼! いいじゃん頑張ったんだし!」


 大きな声を出されて焦ってしまう。ここで話しててもらちが明かないので、荷物をまとめて図書館を出ることにした。


 コートでの真剣な顔はどこに行ったのかと思うくらい人形のような笑顔で私を見ている。遠藤さんのその顔は嫌いだ。それなら睨まれていた方がよっぽどましだと思った。



 きっと何を言っても遠藤さんは諦めてくれないのだろう。


「土曜日いいよ。私も買いたいものあるし」

「えっ……」

「なに、行きたくないなら行かないけど」


 遠藤さんが焦って首をブンブン振る。


「いや、ほんとにいいって言われると思ってなくて。じゃあ――」


 遠藤さんのスマホが私に向けられる。


 何がしたいのかよく分からなくて首を傾げていると「当日待ち合わせ場所に行く時、連絡先あった方がいいでしょ」と言われた。


 連絡先を交換したくないわけじゃないが、あんまり関わりたくないと思っていた人の連絡先を登録するのは、気が引ける。しかし、今更自分の言ったことを撤回できる訳もなく、連絡先を交換することにした。



 家に着くとすぐ遠藤さんから連絡が来る。


「今日はありがとう! 土曜日何時集合にする?」

「何時でもいいよ」

「じゃあ、十時くらいでいいかな?」

「うん」

「やったー! 楽しみ」


 最後は適当なスタンプで会話を終わらせた。


 土曜日が憂鬱だ。学校の誰かに見つかったら何か言われそうだ。


 遠藤さんの周りにいる人たちがすごい食いついてきそうだし、下手したら遠藤さんが悪い対応を受けかねない。


 私はどんなことをされても、別に気にしないが遠藤さんが嫌な思いをするのは少しだけ嫌だと感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る