第13話 目で追うもの ⑴
じめじめとした梅雨が終わり、セミが鳴き始める。夏は暑すぎて全てのやる気を奪う。
「おーい」
セミは成虫になってから七日程度しか生きられない。生きている大半を幼虫で過ごすのだ。成虫で生きる数日間のために何年も暗い土の中でずっと耐え続け、生きている。
私も今を耐え続ければ、いつか羽ばたけるだろうか。
「おーいってば! 聞いてる!?」
舞が話しかけているのに気が付かずぼーっとしていた。
「ごめん。考え事してた」
「最近多いよね? なんかあった? 相談なら乗るけど」
「大丈夫。なにもないよ」
舞は私の何が良くて私と友達をしてくれるんだろうと思うくらい優しいし、気が利く。いつも私を気にかけてくれる。
いつものようにくだらない話をする舞がいるが、舞に対して以前と変わったことが一つある。
舞の話に少し興味が持てるようになったということだ。
「それでさ、今週の土日うちの学校で大きめのバスケの大会あるのさ、是非見に来て!」
「えー……」
「そんな露骨に嫌な顔しないの! バスケ面白いよ! 星空来てくれたらやる気出るし!」
「バスケのルールとか知らないしなぁ」
そんなことを言いつつ見たいという気持ちもある。遠藤さんもバスケ部だからだ。これで、遠藤さんがバスケもうまかったら、いよいよ嫉妬を通り越して、神様的な扱いになりそうだ。
「まあ、予定は無いなら考えておくよ」
「ほんと! 楽しみだなぁ」
「まだ、行くとは決まってないからね」
「星空のケチ!」
たまには、勉強意外に目を向けて、息抜きだと思って見に行くのはありかもしれない。
最近、舞がにこにこと私を見てくることが多くなった気がする。
「なんか顔についてる?」
不機嫌そうに聞いてみる。
「いやぁ、最近の星空は楽しそうだからさ。ちょっと前は急にいなくなるんじゃないかなって思うくらい深刻な顔してたから、少し嬉しくて」
たしかに、最近、屋上に行くことはほとんどなくなった。死ぬとかそういうことを考える暇がないくらい忙しいのかもしれない。
そんなことを話しながら廊下を歩いていると正面から遠藤さんを含めた陽キャグループが歩いてきた。男女のグループで和気あいあいと楽しそうだ。すれ違う時、少し目が合った気がしたが、すぐに逸らした。
「やっほー」
顔を上げると遠藤さんは舞に向かって挨拶していた。
同じ部活だから、当たり前のことだ。
しかし、それが私に向けられたものじゃないと思うと少し複雑な気持ちになった。
「星空さぁ、陽菜のこと気になるの?」
「えっ……?」
「いや、学校で陽菜とすれ違ったり陽菜が近くにいるとずっと見てるからさ。全然誰にも興味無さそうだったのに陽菜のことはよく見てるから」
自分ではあまり意識していなかった。
意識していなかったし、舞は変なところがやたら鋭い。行動には気をつけようと思った。
放課後は遠藤さんと勉強の約束の日だ。
部活が忙しそうで、最近はなかなか一緒に勉強出来ていないので久しぶりになる。
遠藤さんに勉強を教えることは今も続いている。
しかも、お互い学校の友達には秘密にしている。
私が秘密にして欲しいとお願いした。
私みたいな勉強しか取り柄のない人と関わっているなんて知られたら、遠藤さんが可哀想だし、今の友達と上手くいかなくなる可能性だってあるからだ。
遠藤さんはとても律儀で、勉強を教えた日は夜ご飯を買ってくれたりする。そんなに気を使わなくていいのにと思っているが、ただで人になにかしてもらうのは気が引けるだろうと気持ちを受け取ることにしている。
予定通り、遠藤さんが図書館に来た。
「最近、全然勉強できてなくてこの間、授業ついていけなかった。滝沢助けて」
「勉強できてないせいじゃなくて、どうせ疲れて寝てたんでしょ」
「私のことよく分かってるじゃん」
なんでそんな胸を張って恥ずかしいことが言えるのだろう。
クラスが違うので遠藤さんが学校ではどんな感じか分からないが、たまにすれ違った時に顔から少しだけ疲れが感じられた。
今も少し体調が悪そうだ。
熱はないかと心配になり、手が遠藤さんのおでこに勝手に伸びていた。
熱は無さそうだ。
「な、なに!?」
遠藤さんは何故か焦って机に足をぶつけていた。いつも彼女は図書館なのにうるさいのだ。
「熱ないかなって思っただけだよ。それより早く始めよう」
「う、うん……」
やっぱり遠藤さんの頬が赤い。熱は無いから大丈夫だとは思うが心配ではある。
しばらく集中したあと遠藤さんが口を開いた。
「舞から聞いたんだけど、今週のバスケの試合見に来るの?」
舞は人の個人情報をいつも勝手にべらべらと喋る。舞に呆れつつも答えるしかないので遠藤さんの質問に答えた。
「今のところ予定ないしね、誘われたからいいかなって」
「そっかぁ……」
遠藤さんにしては珍しく素っ気ない返しだ。彼女は眉間に力を入れた後、また意味のわからないことを口にし始めた。
「あのさ、今週末の大会でチームの中で私が点数一番取ったらご褒美欲しい……」
遠藤さんはご褒美がそんなに好きなのだろうか。私にご褒美を求めるのはやめて欲しい。
大して何も持っていないし、何も出来ない。勉強を教えてあげること以外にあまり何も出来ないのだ。
「ちなみに内容は?」
ご褒美をあげる気はないが、どんなことを要求してくるのかには興味があった。
もごもごと遠藤さんが口を開く。相変わらず、頬が少しだけ赤い。
「大会の次の週の土曜日、買い物に付き合って欲しい」
なんだそんなことかと思った。
高級料理店に連れていけなんて言われたらどうしようかと思ったがそれくらいなら問題なさそだ。
いや、問題はある。
休日に学校一の陽キャと学校一の陰キャが歩いていたら、変な噂が流れそうだ。
でも、断る理由もないので「いいよ」と返事をするとすごく嬉しそうな顔をして勉強を再開していた。
「手作りのお菓子作ったんだけど、嫌じゃなければ今日のお礼これでいい?」
あんなおいしい料理の作れる遠藤さんが作ったお菓子だ。おいしいに決まっている。
「ありがたくいただくよ」
ピンクの袋に色々な形や色のクッキーが入っていた。どれもかわいい形でおいしそうな色をしている。
最近、遠藤さんが渡してくれるものはキラキラして見える。もしかしたら、彼女は魔法使いなのかもしれない。
そんな冗談を思い浮かべながら勉強会が終わったので、家に帰ることにした。
「もったいないなぁ……」
作ってもらった可愛らしいクッキーをつんつんと指で触ってみる。
食べ物は食べると無くなるし、しばらくすると味の記憶は消えてしまう。勿体ないが、遠藤さんからもらったものを腐らせる訳にはいかない。
一口食べてみた。
おいしい……ただのクッキーなのにすごくおいしい。遠藤さんはやっぱりお菓子作りも上手だった。
明日、感想が伝えられたらいいな……。
明日は勉強会の日じゃない。
次の勉強会は来週だ。
それまで伝えられないことにもどかしさを感じた。
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