第11話 ひとりじゃない夜ご飯
かなり強引に誘ってしまったことを後悔している。しかも、中学生でのトラウマ以降、誰も呼んでいないこの家に久しぶりに人を呼ぶのだ。
本当はもう誰も家に連れてくる気はなかった。何とかお礼をしたくて、思いついたのが家に呼ぶことだった。
滝沢と無言で家に向かう。自分で誘っておきながら、とても気まずい雰囲気にしてしまったので、何とか会話の糸口を見出そうと声をかけた。
「滝沢、食べれないものとかアレルギーとかある?」
「ない」
相変わらず素っ気ない返答だ。
図書館から家はそう遠くはないが、家の冷蔵庫にある具材を思い出しながら、何を作るか考えていたらあっという間に着いてしまった。
「ここ私の家」
そう告げて一軒家の扉を開けた。
滝沢はとても不思議そうな顔で私の家を見ていた。舞あたりから、私が一人暮らしということは聞いているのかもしれないが、何故一軒家なのだろうと思うことは、何ら不思議じゃない。
特に何も聞かないでくれるとありがたいなと思いつつ、玄関で靴を脱いだ。
「カバン適当に置いていいから。あと、椅子に座ってて?」
「うん」
滝沢はぎこちない感じで席に座って、その後も緊張しているのかキョロキョロしてる。そんな滝沢は見たことがなかったのでくすりと笑いがこぼれてしまった。
「なんで笑ってるの」
「滝沢が面白くて」
「何もしてないし面白くない。それより……」
滝沢は言おうとしてることをやめて黙り込んでしまった。目線の先にはお父さんとお母さんの仏壇がある。
滝沢になら話してもいいだろうか――。
「小学生の頃に両親交通事故でなくなっちゃったの」
「そうなんだ」
滝沢はそれ以上聞いてこなかった。
普通なら一人で頑張ってて凄いとか大変だよねなんて言われることが多い。そう言われるとそんなことないよとか気を使った会話をしなければいけなくなる。
だから、滝沢が深く聞いてこなくて良かったとほっとしてしまった。
テーブルにポットで沸かしたお茶を滝沢の前に差し出す。
「ありがとう」
「今からオムライス作ろうと思うんだけど、嫌いじゃない?」
「うん」
「そっか、準備するから少し待っててね」
私は滝沢が暇にならないようにテレビをつけた。
台所からは滝沢の華奢な背中が見える。
滝沢と一ヶ月近く放課後を一緒に過ごしたが、あまり食べ物を食べているところを見たことがなかった。おにぎりを食べているところなんかは見たが、お菓子やパンを渡してもあまり嬉しそうではなかった。
ほんとに食に興味がないようだ。しっかり食べさせないと体に悪いと思い、余計料理に力が入る。
フライパンを振ってじゅうじゅうとオムライスの具を炒める。
よく溶いた卵をフライパンに流し込むと、熱から逃げるようにぶくぶくと卵に熱が入り固くなり始める。完全に固まってしまう前に、優しく包み混むように丸める。
できたオムレツを予め作って置いたオムライスの具の上に優しく乗せた。いつもはそのまま真ん中に切込みを入れて卵を広げてしまうのだが、今日は滝沢が居るので目の前でオムレツを開いてみる。
ふわっと中からやわらかいものが溢れ出た。
結構上手くいったので、ドヤ顔で滝沢の方を見たら思わぬコメントが飛んできた。
「すごい……前お店で見たのより綺麗」
誇らしい気持ちと共に、さっき言っていた外食はあまりしないという言葉が引っかかった。
「さっきあんまり外で食べないって言ってなかった?」
「この間、たまたま舞とオムライスの有名なお店に行った」
やってしまった。
たしかにこのオムライスは自信作だが、オムライス専門店に勝てるほど味はよくないと思う。
タイミングが悪いと少し落ち込むが、せっかく上手くできたのだから、早く食べて欲しいとも思う。
「冷める前に食べよっか」
「うん」
何にもあまり興味のなさそうな滝沢の目線がオムライスに釘付けになっているのを見て嬉しくなった。
「「いただきます」」
形の整ったオムライスをスプーンですくって一口食べる。
うん、なかなかおいしくできたと思う。滝沢が先週、オムライス専門店に行ってなければ完璧だった。
ちらっと向かいに座る滝沢を見る。
彼女の頬はたくさんのオムライスが詰め込まれてリスみたいに少し膨らんでいる。普段、物静かでクールで、何にも興味のなさそうな彼女のそういう姿は見たことがなかった。
その姿を見て今日は誘ってよかったと思えた。
「味大丈夫だった?」
「まあまあ」
まあまあ?!
食べてる時、嬉しそうだったし自信作だったのでちょっとショックだ。しかし、滝沢の顔を見たらそんな気持ちは一瞬で晴れた。
少しだけだけど、滝沢が笑っていた気がした。勉強を一緒にしている時から綺麗な顔立ちだと思ってはいたが、笑顔は一段と綺麗でかわいい。
「食後のデザート用意しとけばよかったなぁ」
「いらないから大丈夫」
紅茶だけでもと思って席を立つと、急に手首を掴まれて体がビクリと反応してしまった。
「どうしたの……?」
「遠藤さん、ごちそうさま。――ありがとう」
目を見てくれないが、滝沢なりの精一杯の感謝なのだろう。彼女へ少しはお礼ができたのだと思うことにした。
居間のテーブルで滝沢がぼーっとテレビを見ている。本当はもっと仲良くなって、なんで屋上に居たのかとか、ハンカチを渡してくれた時の話とかをしたい。
滝沢は覚えていないと言ったけどやっぱり忘れられてしまったのかな……。そんなことを考えながら紅茶を入れて彼女に出す。
滝沢の見ているテレビは動物特集のようだ。色々な動物の説明をしている。今日はオオハナインコのオスメスの違いについて説明されていた。
同じ種類の鳥なのにオスメスでこんなにも違うのかと驚く。
どちらも綺麗で目立つ色だ。
「私はオスの色合いの方が好きだなぁ。滝沢はどっちの色合いの方が好き?」
「オスかな……」
「だよね! 綺麗な色。かわいいなぁ」
私の反応に対して滝沢の反応は少し微妙だった。滝沢は何に対しても興味がないようにみえる。何を話してもどこか上の空だ。
滝沢は好きな物とかあるのだろうか?
最近、こういうふうに滝沢のことが気になって仕方ないことが増えた。
「もう十時なる。帰るね」
そんなことを考えていると、滝沢が帰る支度をして家を出ようとした。慌てて見送りに向かう。
「家まで送ろうか?」
どうせ近いので送ってもいいと思い聞いてみた。
「大丈夫。今日はありがとう。おいしかった」
「えっ――」
私が声をかける前に彼女は駆け足で外に出て行こうとしたので、慌てて滝沢の腕を掴んで自分の方へ引き寄せてしまった。
滝沢が逃げないように後ろからぎゅっと抱き締める。
心臓がとくとくと鳴っているのが聞こえる。
それを誤魔化すように口を開いた。
「また、食べに来てよ」
「気が向いたらね」
滝沢の言葉は冷たいようでどこか温かい気がする。
きっとまた来てくれる。
そう思ったら、自分の中から不安という文字は消え、滝沢を離した。滝沢の姿が見えなくなるまで彼女の背中を見ていた。
結局、本当に話したかったことは全然話せなかった。
大きな広い家に一人。
さっきまでは滝沢が居てくれて、会話は少ないのに嫌な感覚はなかった。
今は、少し寂しい。
一人の生活にはもう慣れた。
慣れたはずなのにこういう感情に襲われたのは久しぶりだった。
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