第10話 中間テスト
今日がテスト前、最後の勉強会になる。
遠藤さんはいつも通り集中していた。
私はテスト前日になると、詰め込んでもあまり意味がないので、いつもだらだら勉強してしまう癖がある。
「遠藤さんなんで私に勉強教えて欲しかったの?」
遠藤さんがまともに答える人には見えないが、ずっと気になっていたことを聞いてみる。
「前も話したじゃん。早く大人になりたいって」
案の定、求めた回答が返ってこなかったので、質問を変えて彼女に問いかけた。
「じゃあ、早く大人になりたい理由は?」
「んー早く社会人になって、一人でも生きていける力が欲しいからかな。卒業する時、成績いい方が職に困らないかなって」
遠藤さんは一人暮らしだと前に舞から聞いたことがある。私からしたら、十分ひとりでも生きていけてると思った。嫌でも、親のスネをかじって生きることしか出来ない私とは全然違う。
遠藤さんが作り笑顔で私の顔を覗き込んできた。
遠藤さんの顔は整っているが、作った人形みたいな顔は好きじゃない。その裏にどんな思いがあるのか分からなくて怖くなる。
「滝沢、私が今回のテストで三十番以内に入ったらご褒美欲しい」
遠藤さんは私に勉強を教えてもらった上に、ご褒美まで欲しいと傲慢な態度を取ってきた。どこまでも図々しいやつだと思ってしまった。
「いやだ。なんでご褒美あげなきゃいけないの」
自分でもわかるくらい嫌そうな顔をしていると思う。そんな私を無視して遠藤さんはつらつらと言葉を並べた。
「やっぱり何かご褒美無いとやる気出ないじゃん? 滝沢も自分の時間割いて私に勉強教えてくれてるんだから、いい成績取って欲しいとか思うでしょ?」
たしかに、それは一理ある。勉強を教えて、それが活かされれば少なからず役に立てたと嬉しくなる。彼女は頑張っているし、少しならお願いを聞いてもいいのかもしれないと思ってしまった。
「参考までにどんなお願い?」
「……キスしてほしい」
「絶対に無理。変態。ご褒美とかなしだから」
頭で考えるより先に拒否の言葉が出ていた。少しでも彼女のわがままを聞いてあげようと甘い考えを持った私の頭を叩きたい。
「冗談だってっ!」
「冗談でも言って良いことと悪いことがある」
私が怒ると、珍しく遠藤さんが焦って話をしていた。作り笑顔以外の顔はあんまり見たことがなかったので、少し新鮮だった。
そして、表情が変わった彼女から少し人間らしさを感じた。
「テスト終わったあとも、部活ない日に勉強教えて欲しいです……」
思いもよらないお願いで、少し硬直してしまう。別に教えることはかまわないが、なんか私にあまり得がない気がしたので断る方向に話を持っていくことにした。
「それ、ご褒美にしては期間長すぎない?」
私が冷たく答えると遠藤さんが難しそうな顔をしていた。そういう顔もできるのかと、胸の奥がざわざわする。
「そしたら、勉強教えてもらえる日は一つ滝沢のお願い聞く」
遠藤さんはにっこりといつもの作り笑顔に戻ってしまった。別に遠藤さんに聞いて欲しいお願いがあるわけでもないし、私にとって何も得がない気がする。適当に嫌なことを言って諦めてもらうと思った。
「服全部脱げとか言うかもよ」
「いいよ」
信じられない要求に彼女は即答だった。そこは否定してくれと思ったが、遠藤さんが捨てられた子犬のような目で見てきて、懇願してくる。その顔でそのお願いするのはずるいと思う。
「順位良かったら考えてあげる」
結局、断れず曖昧な回答をしたまま中間テストを迎えることになった。
遠藤さんが余計なことを言うから、テストに全然集中することが出来なかった。一番を取れなかったら全部遠藤さんのせいだと憎みながらテストに挑んだ。
数日後、私はいつものように図書館で勉強をしていた。
なぜ、目の前に遠藤さんがいるのだろう。
彼女はニコニコしながら私を見てきて、私の勉強を邪魔してくる。
「二十四位だったよ。初めてこんないい点数取った。滝沢ありがとう」
「良かったね」
私はこれ以上彼女が入り込んでこないように愛想なく返事をするがその努力も虚しく、この状況を変えることはできないらしい。
「約束覚えてる?」
覚えてないわけが無い。あんな約束のせいでテスト後が憂鬱になり、テストに集中出来なかったのだから。
「覚えてない」
「えー、滝沢って約束とか破るタイプなの?」
「考えるとは言った。考えた結果あの話はなし」
早くこの状況が終わって欲しい。これ以上この人と関わりたくない。そんな思いで必死になっていた。
「今日嬉しくて部活の後、急いできたのに」
静かな図書館でブーブー文句を言われる。周りの迷惑になるからそういう行動は慎んで欲しいのだ。
「一旦、外出よう」
今の状況に耐えられず、図書館を出ることにした。
正直、遠藤さんは真剣に頑張っていたので、点数が上がったことや頑張りが報われて嬉しいと思う。しかし、それは今後も遠藤さんに勉強を教える理由にはならない。
そもそも、私は遠藤さんと友達ではないし、友達になる気もない。こういう太陽の下で生きてますってタイプは苦手だ。彼女の周りにいる似たような人たちにも巻き込まれそうなので、極力関わりたくない。
「なんでそんなに私がいいわけ? 塾とかほかの友達と勉強するでいいんじゃないの」
そう言うと、今まで何を言ってもニコニコしてい遠藤さんから笑顔が消えた。
「今まで塾も行ったことあるし、ほかの友達と勉強したこともあるけど、点数は変わらなかったよ。ほんとに滝沢の説明分かりやすくて勉強楽しかった。だから、また教えて欲しいんだ。家庭教師って形でお金払うのでもいいからやって欲しいんだ」
遠藤さんが早く大人になりたいために勉強をそこまで頑張れる理由がわからないが、ここまでお願いされて断る理由も無くなってしまった。重い腰を上げて答える。
「お金とかいらないから。空いてる日あったら
言い方は冷たいかもしれないが、事実と自分の出来ることしか言っていない。ちらっと遠藤さんを見ていると、すごく目がキラキラしていた。
「部活ある日も来れるようにする! あと、滝沢の言うことなんでも聞く!」
「いや来なくていいから。あと、遠藤さんにお願いすることとか特にないから」
そんなこんなで、私たちの勉強の約束が決まったのだ。
「今回のテストのお礼したいんだけど、今日、どこかでご飯一緒に食べれたりしない? 家で夕食あるとかだった大丈夫だから!」
悪気のない遠藤さんの言葉に胸がちくりと痛む。帰ってもご飯が出てくることはないし、今日も適当にコンビニで何か買って済ませようと思っていた。お礼という程のこともしていないのでここは断るべきだ。
「適当にコンビニで済ませるから大丈夫。あと、お礼とかいらないから」
そう言うと、遠藤さんはとてもつまらなそうな顔していた。
「じゃあ、明日は? 明後日でもいいよ?」
「外食とか高いし、食べたいものとかないし」
高いご飯をご馳走してもらうのは申し訳ないし、食べ物に対して関心がなく、胃に入ればなんでも同じだと思っている。それなら簡単に済ませられる方でいいかとなるのだ。
「それだったら……私の家おいでよ。ご飯作るから。それならお金かからないし」
うん……そういうことではないのだ。
しかし、彼女の押しに負けて、今、遠藤さんの家の前にいる。
初めて知ったが、私の家と遠藤さんの家はとても近い。公園で会ったことがあるので近いのだろうとは思っていたが、徒歩十五分圏内の近さだ。もしかしたら、近くのスーパーなんかですれ違っていたのかもしれない。
学校の人の家なんて初めて行くから、緊張しながら彼女の家に足を踏み入れた。
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