第9話 ハンカチの行方
今日も家にいるのは息苦しい。
家の住人は、私を避けるように生活している。母親のご飯を食べたのはいつのことだろう。
両親が私に対して興味を失ってから、毎月生活に困らない程度のお小遣いと、家にいる権利だけ渡される。
一緒にご飯を食べたりすることは無い。
台所でご飯を作ろうとすると家族の邪魔になるので、基本ご飯は買って食べている。洗濯やお風呂はタイミングを見計らって済ませている。
今は、何もすることがないので、厚手のコートにマフラーを巻いて外に出た。
あの息の詰まるような家にいるよりは、寒いけれども近くの公園のベンチに座ってぼーっと過ごす方が楽だった。
私の家の近くの公園は穴場で、人も少ない。
私にとっては最高の場所だ。
しかし、今日は最高の場所に先客が居た。
こんな珍しいこともあるのかと思って、仕方ないから諦めて家に帰ろうと思ったが、私のいつも座るベンチに座っている少女は真冬にしては薄着過ぎることに気がついた。しかも、今日は雪が降りそうな勢いで寒い日だ。
吸い寄せられるように近くに行くと、少し離れた場所から見てもわかるほど、顔が真っ青で今にも死にそうだった。
自分のお気に入りの場所で次の日に人が死んでいましたなんて言われたら、少なからず居心地のいい場所では無くなってしまう。
それは避けたいと思い、声をかけた。
「あの、そこ私の定位置なんですけど……」
自分でも衝撃的なほど冷たい言葉だった思う。しかし、それ以外にかける言葉も見つからず、そんな言葉が出てしまった。
はっと彼女は顔を上げて私を見てくる。
一粒の涙が頬をつたい、それ以降はボロボロと涙がこぼれている。
あまりにも、声掛けが冷た過ぎたせいでこうなったのだろうか。声をかけたことを後悔した。しかし、このまま放置は出来ないのでなにかないかと身の回りのものを探す。
ただ、公園にフラフラ時間を潰しに来ただけなので特に何も無く、涙を拭けそうなものはハンカチくらいしかない。
ポケットのハンカチを渡した。そのハンカチは、肌身離さず持っていたハンカチだ。 まだ、姉と仲が良かった時に姉が頑張って作ってくれたものだ。
あの時の思い出を捨てきれない私がいる。
しかし、そんなもの持っていても現状は変わらないし、意味がないので、むしろ知らない誰かに渡してしまい、記憶ごと忘れるほうがいいのかもしれない。
ハンカチを渡したら恥ずかしくなったので、その場を離れることにした。
「それ要らないからあげる」
なぜ泣いたのか? 私が悪かったのか? そんな小言を話しながら家に帰ることにした。
ジリジリと頭に響く音が私に不快感を与える。無視してもそれは鳴り続ける。
鬱陶しい目覚ましをとめて体を起こした。
中学生の時の夢。
特に印象に残ることがなかったから忘れていたが、たしかに私は遠藤さんにハンカチを渡していた。自分で渡しておきながら、覚えてないとはなんとも私らしい。
中学生の頃に会った遠藤さんと今の遠藤さんはだいぶイメージが違うので、全然気が付かなかった。しかし、私が彼女に会っていたとしても会っていなかったとしても現状は変わらない。
中間テストも近いので、今日もまたいつも通りの一日を過ごす。
平穏な一日を過ごせますように。
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