第6話 勉強の約束
今日はとても疲れた。
本当なら十八時から予備校だったが、高校に通い始めてから初めて予備校を休んだ。普段なら帰りたくない家に帰り、誰かはいるのに誰も迎えてくれない家に着いて、すぐに部屋にこもった。
先程まで感じていた怒りはどこかに行って、胸の辺りがざわざわとする感覚だけが残っている。
何もかも捨てて楽になろうとして、急に止められて、怒られて、逆ギレして、泣いて、ハンカチを渡された。
感情がぐちゃぐちゃだ。
なぜ涙が出ていたのかもわからず、自分の感情が一気に分からなくなった。何より分からないのは、このハンカチだ。
これは、私が持っていたものだ。たまたま、遠藤さんが同じものを持っていた訳では無い。
これは、姉が小さい頃に手作りで作ってくれた世界に一つしかないハンカチだ。
いつだったか、無くしたと思っていた。物に対して執着もないし、姉から貰ったという嫌な思い出付きなので、探すこともしていなかった。
しかし、なぜ遠藤さんが持っていたのか不思議でしかたない。
ベットの横に置いたハンカチはそこに
深く考えることは辞めよう。
今日は、沢山のことがありすぎて疲れたので考えるのはやめた。
明日、ハンカチをら返そう。
このハンカチは私の物であることは間違いないと思うが、今度返してと言われたので返さなければいけない。
「明日、学校行きたくないな……」
しかし、この息の詰まるような家にいる方が苦しい。疲れていたせいか、そんなことを考えている間に眠りについた。
昨日、早く寝たせいか、体がとても軽い。目覚めも良かった。気分は最悪だが普通に登校して、舞に会う。彼女はとても眠そうに挨拶をしてきた。
「おはよぉ」
「おはよ。夜更かし?」
「昨日ゲームに熱中したらいつの間にか三時になってた」
「自業自得じゃん」
「朝から冷たい」
「普通だよ」
そんなくだらない会話をしていたからか、自分にいつもの調子が戻ってくる。
舞は不真面目そうだが、部活はバスケ部で結構本気で練習に取り組んでいるらしい。コートに立つと人が変わるタイプなのだと聞いたことがある。遠藤さんと同じ部活だと前に話していたことを思い出し、彼女に問いかけてみた。
「舞って遠藤さんと同じ部活だっけ?」
「そうだよー? どうかしたの?」
ちょうどよいので、舞にこのハンカチ返してもおう。今、遠藤さんにはとても会いにくい。
なぜそのハンカチを持っていたのか聞きたいと思う反面、持っていたことに気持ち悪いとすら感じていたので、このことにはもう触れないことにした。
極力、あのような陽キャとは関わらないようにしないと、他の問題にも巻き込まれそうだ。
会話が途切れたところで舞に話しかける。
「今日部活だよね? これ遠藤さんに返して欲しいんだけど」
「なにこれ?」
「ハンカチ」
「いや、見ればわかるよ。なんで陽菜のハンカチを星空が持ってるの? 仲良かったっけ?」
それは私のだと思いつつ、そんな事を聞かれると思っていなかった私は少し焦ったが、適当に誤魔化すことにした。
「昨日、落としてったんだよ。渡しといて」
「自分で渡せばいいのにぃ」
舞のお気に入りのお団子を、少しクシャりと掴ん「いいから渡して」と少し強引に渡した。
舞が「私のお団子がー」なんて嘆いていたが私のリクエストには答えてくれそうだったのでお団子を離してあげた。
とりあえず、今日の任務は完了だ。
これで、授業に集中できそうだ。
今日も晴天だった。
遠くで鳥が飛んでいる。
雲ひとつないこの青空が少し憎い。
羽をなくした鳥のように、私の心はいつからか飛べなくなってしまった。
今日は予備校がないので、図書館で勉強することになっている。
予備校は週に三回でそれ以外の日は家に居たくないので、夜十時まで開いている家の近くの図書館で勉強するのがお決まりとなっている。
「ふぅ……」
かなりの時間、集中していて時計の針を見ると二十時を過ぎていた。
「もう少し頑張ったら帰ろうかな」
そんなことを口に出していると私の目の前に座って来る人がいた。図書館は円形の机が何個も並んでいて、正面に人が座っても、別に不自然ではない。ただ、その前に座った人物に私は息を飲んだ。
「こんばんは。これ、舞から渡されたんだけどなんで直接返してくれなかったの?」
そのまま受け取って、あとは関わって欲しくなかった。まさかここに来ると思ってはいなかった。
「直接返せなかったのはごめんなさい。舞に頼んだ方が迷惑じゃないかと思った。お礼かなんか欲しいならその辺で買うけど」
なんで遠藤さんがここに居るのか。きっと、舞がバラしたのだろう。明日、少し痛い目を見させないと気が済まないと思った。
「お礼ねぇ――じゃあ、中間テストまで勉強教えてよ」
「は?」
「お礼するって言ったの、そっちだよ?」
ニコニコと遠藤さんは嬉しそうに私を見ている。なんでそうなるのか全然理解できなかった。
「いや、そうだけど。普通、お菓子とかだと思うじゃん?」
「私、滝沢さんと仲良くなりたいし、ちょうどいいきっかけかなって。滝沢さん学年で一番頭いいし、そんな人に教えてもらえたら、私は学年二番になっちゃうかも? なんてね。滝沢さん下の名前たしか
やっぱり、この人が苦手だと思った。愛想を振りまきながら、こっちの意見など気にもせず、人の縄張りにズカズカと踏み込んでくるタイプの人間。
「私は別に仲良くなりたくないし、友達でもない人に名前馴れ馴れしく呼んで欲しくない」
かなり冷たい言い方になってしまう。しかし、遠藤さんが悪い。遠藤さんと話すとなぜか、自分のペースが崩される。私は彼女がどこかに行くように冷たくあしらった。
「じゃあ、滝沢で。私は遠藤陽菜。陽菜って呼び捨てで大丈夫だから」
冷たくしているはずなのに、遠藤さんはいつもの作り笑いを崩さずそう告げる。この状況から断りにくくなり、断っても彼女は諦めの悪そうな感じが出ており、私が諦めるしかないのかと思った。
彼女にも聞こえるように大きくため息をついて、「いいよ。中間テストまでね。予備校ない日なら教えられるから」と渋々、承諾した。
「やったっ!」
静かな中、遠藤さんが大きな声を出すので、「静かにして!」っと少し大きい声で言ったら
「滝沢の声の方大きいよ」とぶうぶう文句を言われた。
先が思いやられる。何故こんなことになったのか。最近は変なことばかり起こる。平和に暮らしたいだけなのに……。
そんなこんなで、学年で一番美人で陽キャな遠藤さんとの勉強の日々が始まることになった。
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