第5話 いつもと同じ青空の下で
空はいつもどおり綺麗だ。
しかし、今日は屋上の端に人がいる。しかも、片足が浮いていてそれ以上前に出れば落ちるだろう。
私にはその人がとても遊んでいるようには見えなかった。
空よりも濃い青に近い黒髪のその子は、明らかに飛び降りようとしてるいるように見える。
自分が人の死ぬ現場を目撃するのなんてごめんだ。誰かが病院のベットで顔を隠され横になっているのはもう見たくない。
体が勝手に動いていた。その子に向かって行き、咄嗟に大きな声を出してしまう。
「ちょっとなにしてるの!」
自分の声とは思えないほど、大きな声が出る。
その子はこちらに驚いた様子で、浮いている足は屋上の床に戻ってくる。そのままそこに居ると落ちそうなので、その子を安全なところまで力いっぱい引っ張った。
その時、初めて顔が見えて、はっとした。
滝沢さんだ。
なぜ彼女があんなことをしていたのか、なぜここにいるのか。
前、いじめのようなものを受けていてそれが原因なのか。そんなことをぐるぐる考えていると、いつも作っている顔を忘れ問いかけてしまった。
「今、何しようとしてたの……?」
――死のうとしてた。
そんな答えが返ってくるのではないかと不安になった。
「屋上の端っこ歩くの好きなんだ」
こちらの目も見ずに、滝沢さんは話す。
絶対に嘘だ。
なぜそんな嘘をつくのか。知られたくない理由があるのかもしれない。そこは深入りして相手を傷つけるより、今の疑問を投げた方が、穏便に済むと思った。
「死んだらどうするつもりだったの?」
誰だって生きていれば家族くらいいる。友達もいるかもしれない。死んだら、周りの人は悲しいのだ。私が一番それを知っている。
置いていかれた人は、その人が居なくなった悲しみを一生背負っていくのだ。
綺麗事と言われるかもしれないが、どんなに辛くても死ぬ選択肢だけは選んではいけないと私は思っていた。
「その時はその時だよ」
いつもクールで冷静そうな滝沢さんが少し声を荒らげていた。こっちは心配したのにその態度はないんじゃないかと私の方が怒りたかった。しかし、彼女の頬には涙が流れていた。
こんな時にそんなことを思ってはいけないのにだけれど、彼女の涙はとても綺麗で私は彼女に引き込まれていた。
無意識に彼女の頬に手が伸びて、涙を拭く。
「大丈夫……?」
心から心配する声が漏れる。いつもは、人に嫌われないようにいい人を演じてかける言葉だが、今は心のままに自分の言葉を話している気がする。
次の瞬間、その手が叩かれてはらわれた。
「触らないでっ」
人が泣いているのに勝手に顔を触って、涙を拭いたことはたしかに悪い。しかし、あの時とは立場が逆で、彼女の涙に吸い込まれそうになった。
彼女は私のことを覚えていなかったが、私は一度滝沢さんに救ってもらったことがある。
「涙……」
それを聞いた滝沢さんが動揺して、その場から逃げ出そうとした。無意識に手を掴んでしまう。彼女を放っておけない。
離してだの、触るなだの酷いことばかり言う彼女の言葉に傷つきながらも、今はこの手を離してはいけないと思った。
多分この手を離したら、滝沢さんとは一生話が出来なくなる。そんな気がした。
腕を強く掴んで止めたくせに、いい解決法が見いだせず、とりあえず涙を拭くものを探す。ポケットに入っているのはハンカチしかなかった。
しかもそれは、大切なハンカチだ。
滝沢さんには見せたくないものだった。
だからといってなにか代わりがある訳でもないので、彼女の手にハンカチを渡した。
「そのままじゃ、色々な人に心配されるよ。とりあえず、ここは私しかいないし、泣き止むまでここに居たら? 私が邪魔なら、ここから居なくなるから」
滝沢さんはハンカチを見て驚いた顔をしていた。当たり前だ。それは滝沢さんから貰ったものなのだから。
「それ今度返してね」
そう告げて、私はその場を離れた。
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