第4話 遠藤陽菜の過去

 私 (遠藤えんどう 陽菜ひな)は平穏な日々を過ごす高校二年生で、今日も仲のいい、齋藤さいとう 朱里あかり高橋たかはし 奈緒なおと一緒にお昼ご飯を食べている。


「今日の放課後さ、大輝と颯太も呼んで陽菜の家行っていい?」


 奈緒が突然言い出した言葉に顔をしかめてしまう。大輝は奈緒の彼氏で、颯太は朱里の彼氏だ。その二人を含めた五人で遊ぶことが多い。

 

「今日はちょっと別の予定があって……」


 私は声が小さくなりながら、申し訳なさそうに断った。嘘だけれど、それがバレないように演じる。


「えー珍しい! どんな用事?」


 そんな私の思いとは裏腹に、朱里が明るい口調で純粋な質問をしてきた。


 私は基本的に二人の誘いを断ることはない。どこにでも行くし、ある程度のわがままも聞ける。いつも二人の前では笑顔でいれるし、なんでも合わせられる。


 そして今日は、特に予定はない。しかし、友達が家に来るということはどうしても嫌だった。



「お弁当の買い出しとか、生活必需品不足してきたから色々回ろうと思ってて難しそうなんだ。ごめんね」


「一人暮らしって大変だね。なにか手伝えることあったら言ってね?」


「そうそう! 私たちもたまには陽菜の助けになるから!」


 二人は悪気なく話してくれるし、とてもいい友達だと思う。しかし、二人に自分の家のことを話したことは失敗だった。


 私は一人で家族用の一軒家に暮らしている。

 

 一人では広すぎる家だ。

 


 私には仕事をいつも頑張っていて、お母さんと私を大切にしてくれるお父さんと、家でいつも私とお父さんの帰りを待ってくれるお母さんが居た。


 土日はいつも三人で出かけるのがお決まりで、お父さんは運動が得意だったので私に球技から陸上まで色々なスポーツを教えてくれた。お母さんは運動は得意ではなかったけれど、一緒になって遊んでくれた。


 遊んだ日の帰りはいつも二人の間に私が居て、右手にはお父さん、左手にはお母さんの手があった。


 私が疲れて、歩けないと駄々をこねると、お父さんがいつも肩車をしてくれた。肩車をすると遠くの景色まで見えて、それが気持ちよかったのは今でも鮮明に覚えている。


 私は疲れてもいないのに歩けないと甘え、お父さんの肩に乗せられ、少し下を見下ろせばお母さんがいつも微笑んでいた。


 私はそんな二人と生活をしていて、私もこんな素敵な家庭を築きたいと思った。



 小学六年生の修学旅行の時、小学生最大のイベントだと張り切って楽しみで前日はずっと寝れなくて、ウキウキしていた日があった。


 お母さんに「早く寝なさい」と優しく頭を撫でられる。その日はお母さんとお父さんもウキウキしていた。


 私が修学旅行の間、二人でプチ旅行に行く予定だったようだ。家族三人とも心が踊って寝れない夜もまた幸せだった。



 二泊三日の修学旅行はあっという間で、たくさんのお土産話があることと、お父さんとお母さんがおいしいお土産を買ってくると言っていたので、楽しみで急いで家に帰った。


 帰り道はふわふわと飛んでいるような感覚になるくらい、足が軽く一歩一歩踏んでいる感覚のないような帰り道だった。しかし、家に着くと家の電気が付いていなく、家の中を確認するとお父さんたちはまだ帰ってきていないようだった。



 すぐに帰ってくるだろうと待っていたが、いつもなら夜ご飯が出てくる十八時になっても、二人のは帰って来る音はしなかった。不安になっている時にちょうどインターホンが鳴る。


「お父さん! お母さん!」


 私は急いでインターホンに出た。



 玄関に居たのは、お父さんとお母さんではなく、私のおばあちゃんだった。


 お母さん方のおばあちゃんは隣の県住んでいるので、なんでここに居るのか不思議そうにおばあちゃんの顔を見ると、すごい真っ青な顔をして私にくらいトーンで話をしてくる。


「陽菜ちゃん今から来て欲しい所があるから準備できる?」


 私はこくりと頷き、おばあちゃんの車に乗った。


 連れてこられたのは県内で一番大きいであろう病院だった。


 そこには膨れたベットが二つある。人の形をしていて、顔の部分は隠されていて何が何だかわからなかった。その場所には、恐ろしい顔をしたお父さんの両親とお母さんの両親が居た。


 みんな声を殺しながら泣いている。

 

 誰も喋らない中、病院の先生が私の肩を掴んでこう告げた。

 

「陽菜ちゃん。お父さんとお母さんは交通事故にあって、助けてあげることができなかった。ごめんね……」


 

 私はその言葉の意味を理解できなかった。

 目の前に寝ているのは、お父さんとお母さんだと言うのか?


 起きてよ? 寝てないでよ?


 沢山、修学旅行の楽しい話があるんだよ?


 お土産は?


 お父さんとお母さんの楽しい話も聞かせてよ?


 目の前が真っ暗になった。




 後日、二人の葬式はすぐ開かれた。


 葬儀はおばあちゃんたちが全て進めてくれていたらしい。未だに状況を把握できず、私は、ただただ青い空を眺めていた。


 誰が引き取るとか、今後どうするとか、あの家がどうとか、お金がどうとかそんな話が聞こえた。


 お父さんの両親はすごく遠い場所に住んでいて、お母さんの両親は隣の県に住んでいる。


「どっちかの家に来て欲しいんだけど、陽菜ちゃんどっちがいいかな?」



 そんな事を聞かれても分からない。おばあちゃんたちはもちろん大好きだが、私にとっての家はあそこで、私のお父さんとお母さんは今、白い棺桶かんおけに入っている二人だ。

 



 あまり小さい頃からわがままを言う方ではなかったが、あの家から離れることは辛くて、その時の私には耐えられないことだった。



「――家に帰りたい」



 おばあちゃんたちは目を合わせて、話し合いをして、私を家に連れてきた。

 

 家はとても静かだ。


 お父さんは帰ってくると直ぐにテレビを付けるし、テレビをつけたくせに、私やお母さんとその日あったことや、訳の分からない仕事の話をする。お母さんは、うんうんと優しく聞いていて、私もお父さんに負けずと学校の話をしてた。


「陽菜は学校の人気者だね。将来が楽しみだ」


 自分のことを褒めるかのように、自慢げなお父さんはいつも私の話を聞いて鼻をならしていた。


「そういう、優しくて元気なところはお父さん似だね」


 お母さんが、嬉しそうにくすくすと笑っている。


「顔はお母さんに似ていて、べっぴんさんだ。将来は女優にでもなれそうな勢いだな」


「やめてよぉ」


 お母さんの頬が赤い。お父さんも照れくさそうに話している。

 

 そんなことばかり、思い出す。



 おばあちゃんたちは、私の意見を尊重してくれて、中学生になる私はここで一人で暮らすと決めた。最初の一年くらいは、隣の県のおばあちゃんが面倒を見てくれたが、私が一人で生活をできるようになったので、おばあちゃんを家に帰した。


 ここは私の家でおばあちゃんには帰る家がある。できるだけ早く、一人で生活出来るようになって、おばあちゃんに迷惑をかけないように努力した。


 

 お父さんは自分にかなりの保険金をかけていたらしく、これは好きに使っていいと、おばあちゃんに通帳を渡される。その他に、どちらの祖父母も私が大学生に行けるまで困らないくらいのお金を、通帳に入れて渡してくれた。


 私は、その金額が大きいのか小さいのか分からなかったが、その時感じたのは、お父さんたちが亡くなったことが数字で表されるのがとても嫌に感じたことだけは、今もはっきりと覚えている。



 今も私は家族三人で過ごしたこの家に暮らしている。かなり慣れたが、中学生の頃はすごい寂しかった。帰っても誰もいないこの家は私には大きすぎた。

 

「ただいま」

 

 返って来ることのない言葉をいつも一人で口にする。それでも、この家から離れるという選択肢はなかった。両親が作ってくれた思い出をこの家に閉じ込めておきたかった。

 

 二人の元へ行きたいと思った時は何度かある。

 

 でも、それではきっと、二人は天国で会えた時悲しい顔すると思う。だから、次会えた時、お互いに笑顔で会えるよう、私はこの人生を全力で過ごそうと思った。


 苦しくても、寂しくても、悲しくても。




 中学生では、だいぶ生活に慣れ、友達も沢山できた。我慢するのは得意な方なので、友達に合わせることもそんなに苦じゃなかった。


 私の状況をばかにする友達は居なかったが、遊びに行きたいと言われたことはよくあったので、家に招いたことが何回かある。


 一人は寂しかったので嬉しいと思っていた。


 しかし、中学生の頃に嫌なことが起こってから、私は友達をあまり家に呼びたくなくなったのだ。



 中学二年生の冬休みにみんなでお泊まり会をすることになった。仲のいい子みんなを呼んだから男女三人ずつくらいだったと思う。みんなでワイワイゲームをしたり、枕投げをしたり、そこまでは楽しい思い出だった。


 少し遅い時間帯に一人の男の子が変なテンションになり、触り合いごっこのようなものが始まった。


 中学生二年生だ。そうなるのも仕方ないのかもしれないけど、女子は「変態! やめて!」などと、キャーキャーいって、満更まんざらでもなさそうな態度を取るから、男子も調子に乗ってしまった。


 一人の男子が「おれ、陽菜のこと好きなんだよね」などと、本当なのか嘘なのかわからない言葉を投げかけてくる。ひゅーひゅー、抱きつけ! などと野次が飛び始める。


 私は、みんなのことが大好きだった。

 だから、その子の言う好きがどういうものなのか分からなかった。


 困惑している次の瞬間、その子がみんなの期待に答えるように私に抱きついてきた。


 周りは盛り上がっていたし、その子も喜んでいたが私は吐き気しかしなかった。何がそんなに嫌だったのかはわからないが、私たち家族が暮らしていた家が汚されたという感覚に襲われた。


 次の日、私は学校を休んだ。



 何とか気持ちを整理して学校に行くと、告白してきた子の距離が近くて、それも嫌だった。


 中学生三年生の秋になると修学旅行の班も告白してきた子と同じで、また、なにかされるんじゃないか不安になった。


 さらに、お父さんとお母さんが亡くなったあの日と同じようなことが起こるのではないかという不安がこの上ないくらいに膨れ上がり、中学校の修学旅行は仮病で休んでしまったのだ。

 



 そこから、私は友達と疎遠になってしまったが、高校からまたやり直せばいいと勉強に打ち込んだ。


 おばあちゃんたちを不安にさせない為にも、高校を卒業したら働こうと思っていたので、高校もそれなりに成績のいい高校に入ろうと、頑張った。


 実際、勉強を頑張ってよかったと思う。今の高校はなかなか気に入っているし、いい友達もできた。


 奈緒と朱里はそこそこ仲のいい友達だから、一人暮らしていること、親がいないことくらいは話しても大丈夫だと思って話をした。


 二人は悪い子ではないが、過去のトラウマがあるのであまり家には呼びたくない。


 二人はきっとまた来たいと言い出すだろう。次、また断るのはさすがに苦しいと思う。


 どうしたものかと自分の中で余計な悩み事が増えてしまう。


 その日の午後は授業をサボりたくなった。たまに自分の心が苦しい時や何も考えたくない時、青空を見ていると気が楽になる。


 今日は晴天だ。


 屋上でサボらない理由は無い。


 そんな理由で、ひと月に一回くらい授業をサボる時がある。屋上の扉を開けると綺麗な青空が拡がっていた。


「やっぱり来て正解だなぁ」


 空は今日も青い。とても綺麗だ。

 

 しかし、そこにはいつもと違う景色が広がっていた。

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