第3話 いつもと違う屋上
「ちょっとなにしてるの!」
心臓が飛び出るほどビックリして、無意識に足が後ろに下がった。それは聞いたことのある声だった。なぜ、遠藤さんがここに居るのか。
すごい形相で遠藤さんは近づいてくる。
前に助けられた時と同じように強く腕が引かれ、屋上の広場に連れていかれた。
今だったら、きっと何もかも上手くいったのに――。
私は無意識に恨めしそうな顔で遠藤さんを見ていたと思う。彼女は怒っているとも、悲しいとも言えない顔で尋ねてきた。
「今、何しようとしてたの……?」
私は、誰にもこの感情を話したことは無いし、今後、誰かに打ち明ける気もない。それが、友達でもない遠藤さんに悟られるは嫌だったので、適当にその場を誤魔化すことにした。
「屋上の端っこ歩くの好きなんだ」
かなり無理のある嘘だ。それでも今私が考えられるこの場を誤魔化す精一杯の嘘だった。
「死んだらどうするつもりだったの?」
確実に怒っているという顔で、遠藤さんが近づいてきた。そんなことを彼女に心配される筋合いはない。これは私の問題で彼女は赤の他人で何も関係ないのだ。
「その時はその時だよ」
遠藤さんは悪くないはずなのに、ムキになって適当な言葉を並べて彼女を責めてしまった。しかし、彼女も悪いと思う。
前々から感じていたが、遠藤さんみたいなタイプはすごい苦手だし、関わりたくない。彼女は良かれと思ってやっているのかもしれないが、私から見たらただの偽善者だ。
彼女に助けられたあの日から、なぜ私を助けたか気になり、遠藤さんのクラスの前を通ると無意識に彼女を探し、彼女の行動を見てしまっていた。しかし、彼女の生活を見れば見るほど苛立ちを覚えた。
遠藤さんは私の大っ嫌いな姉に似ていたからだ。
姉はいつも「大丈夫だよ。私は星空の味方だから」と私の手を握っていた。私以外の家族三人でご飯を食べに行ったあの日も、私が部屋で泣いていると、「ごめんね、ごめんね……」と何回も言い、私が寝るまで頭を撫でてくれた。
その日、沢山泣いて、疲れて眠い中、姉が言ったことと、あの顔は今も忘れられない。
「この家は私が何とかするから。私はずっと星空の味方だから」と笑顔で言っていた。しかし、それは心からの笑顔ではなく辛いことを押し殺した愛想笑いにしか見えなかった。
辛いくせに何が私の味方だ。
そうやって一人で家のことを背負って行くみたいなことを言われて腹立たしかった。
なんで、姉がそんな辛そうな顔をするのか。
なんで、私を頼ってくれないのか。
二人で頑張ればもっと状況は変わるかもしれないのにと、一人ではどうしようもない状況に苦しめられていた。
その日から姉はずっと勉強ばかりになり、親にも友達にも私にも嘘の笑顔で接するようになっていた。彼女は愛想が良くてみんなから好かれた。親からも大事にされていて、そんな姉に嫌気が差し、姉と関わることを避けるようになった。
私は、姉が心から笑顔になっている時が一番好きで今もその時の笑顔を探している。姉は面倒見が良くて、私たちは公園でも家の中でもよく遊んでいた。
この時間がずっと続けばいいなと思うほど、楽しくてずっと二人で幸せそうに笑っていた。
なんで姉がこうなったのか。
そんなの理由は一つだ。
私の出来が悪く生まれてきたからだ。
大好きだった親からは自分達の子供ではないかのような扱いを受け、大好きで唯一頼れる姉からは嘘をつかれるようになった。
偽善者は嫌いだ。
お姉ちゃんなんか大っ嫌いだ。
そんな大嫌いな姉に、遠藤さんはそっくりだ。
友達といる時、何を頼まれても笑顔でいる。でも、心から笑っているようには見えない。
友達からの頼みを断るようなことは、私が見る限りなかった。周りに合わせて、自分が傷つくだけで平穏に過ごせるなら、それでいいみたいな顔をしている。
『偽善者』
姉にも遠藤さんにもよく似合う言葉だ。
また私を助けたと思って、良いことをしたと思っているに違いない。
今の私は良くない状態で、色々な感情が混ざりイライラを抑えられずにいる。普段は自分の感情をコントロール出来るのに、姉に似ている遠藤さんに感情をぶつけてしまった。
そもそも、遠藤さんが私なんかを助けなければ、こんなに彼女の生活を見ることもイライラすることもなかったのだ。
「大丈夫……?」
遠藤さんの手が私の頬を撫でた。その事に急に背筋に風が当たった感覚になり、嫌な気持ちが沸きあがる。
「触らないでっ」
私は反射的に彼女を叩いてしまった。
「涙……」
そんな私の態度は気にせず、ぽつりと彼女はそう言った。
涙? 自分の頬を確認すると、感情的になって頭に血が上っていたせいか、自分の体に起きていることに気が付かなかった。
私はなぜ泣いているのか自分でも訳がわからない。とにかく、遠藤さんに見られたくない。走ってその場を逃げ出そうとしたら、また彼女に腕を掴まれる。
「離してっ! 触らないでっ!」
彼女の手を振り払おうとしたけど、彼女はしっかり私の腕を掴んでいて少し痛いくらい彼女の手が私の腕にめり込んでくる。
「そのままじゃ、色々な人に心配されるよ。とりあえず、ここは私しかいないし、泣き止むまでここに居たら? 私が邪魔なら、ここから居なくなるから」
そういって、掴まれた手になにか渡される。
それは、ワンポイントの花の刺繍の入った黄色のハンカチだった。
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