第27話 疑いの眼差し

 アイネが埋もれた人物へと腕を伸ばそうとした時、レイが一歩前へ出る。


「俺が——」

「いや、この中で私が一番上だからね。あなた達は後ろにいなさい」


 アイネは静かな瞳で、レイを制する。

 一度止めたアイネの手が再び動き出し、砂の塊から一気に引き上げる。砂がさらさらと零れ落ちると、その人物の全貌が明らかになった。

 華奢な体つきではあるものの、褐色の肌と緋銅色の髪が似合う端正な顔立ちをした少年だった。


「……母よ、その持ち方やめない?」


 アイネは犬猫を持ち上げるように、少年の首根っこを雑に掴んでいた。


「風魔術も使ってるから、この少年に負担はないわよ。むしろ、この子に付いた砂も取れて一石二鳥」


 魔術を使っていることを知らなければ、怪力な女性が少年を締め上げている……というような物騒な構図ができあがっていた。


「うっ……」


 少年が呻くように、口を動かした。


「み……ず……」


 乾燥して割れた唇から、弱々しい声を絞り出す。

 レイが水の入った筒をゆっくりと飲ませてやる。

 筒が空になるまで貪るように飲み干すと、少年は急に我に帰った様子で姿勢を正した。


「すみません! この砂漠で命ともいえる水を飲み切ってしまって……」

「そんなことは気にしなくていい」


 レイは、そっと少年の肩に手を置き気遣った。


「あの……家に帰れば水や食料も少しならお渡しできます。旅の途中ですよね?」


 三人の身なりから推察したようだ。


「そうだけど、もうすぐ目的の場所に着くし、気を遣わなくていいわ」


 アイネがやんわりと断る。


「もしかして、カトレア帝国に用があるんですか?」

「そうよ。だから必要な物はそこで買うし、私達のことは放っておいてちょうだい」


 イリスは母アイネの素っ気ない態度が気になった。意図的に拒絶しているような物言いだ。

 少年も雰囲気で感じとったようで、それ以上は口を開くのを躊躇った。


「あの……せめて、カトレアの国境付近まで一緒に行ってもいいですか?」

「そのくらいなら……」


 さすがのアイネも鬼ではないので、無一文の少年を置き去りにすることはできなかった。


 移動を始めると、少年は最後尾を大人しく付いて行く。レイも気にかけつつ速度を調整する。小一時間ほど歩いた頃、小さな村のような入り口が見えてきた。

 イリスはアイネの横に並ぶと小声で話しかけた。


「ねぇ、なんでさっきあの子に突き放すような言い方したの?」


 アイネがイリスを一瞥すると、すぐに視線を村の方へ戻した。

 

「……勘だけど、なんか嫌な予感がした。あまりあの子と関わりたくない」


 アイネの勘は昔からよく当たる。イリスはそれを知っているだけに、軽はずみに非難するような発言もできなかった。


「まあ、あの村に入ったら、すぐ別れればいいでしょ」


 そんなことを思っていたアイネだったが、目視できる距離まで近づいた時、異変を感じた。


 あの人だかりは何かしら?


 どうやら村人が集合しているようで、イリスやアイネ達を見るやいなや顔色を変えた。


「えっえっ? 何? すごい怖い顔で、こっちに近づいて来てない?」


 イリスが思わず母アイネの後ろに隠れる。


「私を盾にするんじゃないわよ!」


 十数人ほどの集団が脇目も振らずにイリス達の方向へ猛進していた。その手には槍、斧、短刀などが照りつける太陽の光を受け、ギラギラと輝いていた。


「ルカ様ーー!! ご無事でしたか! この不埒物目が! 我らのルカ様を誘拐するなど万死に値する!」

「あん? 誰が誘拐犯だって? 耄碌ジジイ

が! 誰に向かって刃物向けてんだ! そっちこそ血祭りにされる覚悟はできてるんでしょうね?」


 褐色の老人は骨と皮のような痩身ながら、勇ましい声を上げ、集団の先陣を切っていた。

 酷暑の長旅も相まって、苛立ちも最高潮に達したアイネと老人は視線から火花を散らし、物騒な発言が飛び交った。

 どちらも血の気が多く一髪触発といった状況だ。


 そこにレイと共に最後尾から付いてきた少年——ルカが口を開く。


「爺や……心配かけてごめん。この人達は、砂漠で死にかけていたところを助けてくれたんだ。みんな武器をしまって」

「ルカ様が、そうおっしゃるなら……」


 爺やと呼ばれた老人を含め、村人達は完全に納得した様子ではないものの渋々といった表情で互いに顔を見合わせると、武器を持つ手を下ろした。


「わかればいいのよ、わかれば」


 アイネはこれ見よがしに顎を上げ、見下すように老人を見た。

 老人は唇を噛み、悔しそうな表情を浮かべながらも言葉には出さなかった。


 アイネは颯爽と踵を返し、背を向ける。


「身内の人にも会えたみたいだし、私達はこれで……」

「お待ちくだされ」


 爺やが逃すまいと鋭く声をかけ、引き留めた。


「先ほどは、誘拐犯などと失礼いたしました。しかし誘拐犯ではないのなら、あなた方は何者なのですか? なぜこの砂漠を渡ってきたのですか?」


 質問の内容は極めて真っ当なものだった。この町は既にカトレア帝国の領土内。他国の者がたった三人で辿り着くのは困難だと、この老人は知っていた。


 そう簡単に見逃してはくれないか……。


 アイネは瞬き一つ分、思考を巡らせた。

 

「私達は仕事でこの国に来た。それ以上でも以下でもない。先に言っておくけど、内容も守秘義務があるから言うことはできない」

「…………」


 アイネも爺やも、両者譲らずといった雰囲気で探るような睨み合いが続く。

 痺れを切らしたルカが二人の間に割り込んだ。


「爺や、もうこのくらいで……」


 爺やはため息を吐くと、ルカを自分の後ろに隠すように優しく手を引いた。


「わかりました。ただ一つだけ確認させてもらいたい。その仕事は何か? そしてそれを証明するものをお見せいただきたい」


 アイネはイリスとレイを見ると、顔を横に振る。暗に何も喋るなと伝えていた。

 イリスは小さく頷く。


「私は魔術師として、依頼されてここに来た!」


 アイネの堂々たる宣言がその場に響いた。

 イリスとレイは信じられないものを見るように、目を見開いたまま固唾を飲む。


 神官として来たんじゃないの? この人、堂々と嘘ついた?


 いや、きっと理由があるはずだ……と、イリスは自分に言い聞かせた。

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