軍事国家カトレア帝国 虎目石編

第26話 新たな旅は砂漠を越えて

 果てしない乾荒原の中、項垂れながらとぼとぼと歩くイリスの姿があった。フード付きの外套を羽織り、強い日差しから身を守っていた。

 灼熱の砂漠が視界をぐらりと歪ませる。


「暑い……」

「あんた、さっきからそれしか言ってないじゃない。鬱陶しい」

「母よ、あなたはなぜ平気なのですか?」

「口調変わってんじゃない……気持ちわる」


 暑さで意識が朦朧とするイリスに、辛辣に当たる母アイネ。


 クソババアめ……。


「あんた、今絶対クソババアって思ったでしょ?」

「思ってない」


 本当は思ったけど。


「魔石に思考探知の魔術かけてあるから、わかるんだからね」

「嘘っ!?」

「うっそ〜。そんなの付与してるわけないじゃない」


 腹は立つが、魔力のないイリスにはどこまでが魔術で実現可能なのか、それを正確に把握することはできなかった。


「二人ともそれくらいにして……真面目に移動しないと、目的地に着く前に日が暮れる」


 母娘の他愛ない話を無言で聞き流していたレイだったが、時間も迫ってきていたため仲裁に入る。


「そもそもこの旅に、私が来る必要ってあった?」

「ないわね」

「ないな……」


 アイネとレイの返事は、ほぼ同時であった。


 薄々気づいていたが、改めて否定されると更に歩く気力が失せた。


 そもそも今回の事の発端はこうだ——。





「この前の一件で、復職しないといけなくなったわ」


 アイネが足を組みながら、気怠げに呟いた。


「何の仕事に?」

「神官だっつの! 知ってるでしょ!」


 何度聞いても聞き慣れない単語に、懲りずに確認するイリスだった。


「それで、ちょっと急だけど隣国に行くことになったのよ」

「えっ!? なんで?」

「あんなことがあって、今動ける神官が少なくて……要は人手不足で、私が行かなきゃ行けなくなったってこと」


 他国に行くのに怪しい人物を派遣することはできない。そして道中の危険も考慮すると、力のない神官も同様だった。

 外交も兼ねているため、相手に怯まず進言が可能で魔力が強い神官……となると必然的に人選は限られてくる。

 

「……で、あんたはどうする? 一緒に行く?」

「いや、いい。一人で留守番くらいできるし」

「了解〜。じゃあ、レイ君に伝えとくわ」

「えっ、何? どうゆうこと!?」


 突然レイの名前が挙がり、明らかに動揺したイリスは手に持っていたグラスを落としかけた。


 中に入っているのが水でよかった。


「別に〜。深い意味はないわよ」


 アイネがニヤニヤと意地の悪そうな笑みを浮かべている。

 イリスは苛立つ気持ちを抑えつつ、なんだかよくわからないが直感的に行った方が良いような気がした。





 あの時、レイの名前さえ出ていなければ今この場にはいなかったのに……とイリスは思った。


「今回、隣国——カトレア帝国から説明に来るようにと要請があったのよ。それも神官一人と神狼族一人と、指定までして……」


 それを先に言えば良いものを、わざと秘していたあたりに母アイネの企みを感じる。


 さり気なくアイネを睨め付けたイリスだったが、アイネからすれば痛くも痒くもないので気に留めた様子はない。


「俺にも話がきたということは、闇の石……闇の竜について説明しに来いということですね?」


 黙々と歩いていたレイが、確認するようにアイネに問う。


「そういうこと。本来、神狼一族は国にも神殿にも関与しないことを前提に均衡を保ってきた。その神狼一族が動いたとなれば、神虎がいるカトレアとしては、あなたの口から話を聞きたいんでしょうね」

「神虎……俺は会ったことないんですが、イリスのお母さんはありますか?」


 急にアイネが眉を下げ、げんなりした顔をする。


「……ねぇ、その『お母さん』ってやめない? イリスだってお母さんなんて滅多に呼ばないわよ」


 イリスも当然のように頷いている。


 世間一般のお母さん像からかけ離れてるからね。


「アイネでいいわよ。これから仕事で一緒に行動するわけだし」

「わかりました。……で、アイネさんは神虎と会ったことは?」

「昔……一度だけね」


 アイネは記憶を手繰るように、遠くを見つめた。


「まあ、神狼と神虎は友達みたいなもんだし大丈夫でしょう」


 そう……そっちは恐らく問題ない。


 実はアイネにはもう一つ、カトレア帝国に知らせなければならない件があった。懸念があるのは、どちらかというとそっちだ。


 全く面倒くさい仕事を押し付けられたもんだわ。


 と、内心思っているアイネだが、イリスとレイもいるため顔には出さない。二人を不安にさせることは本意ではない。


 アイネがそんなことを思いながら、何気なく視線を流した時——。


「ん? 何かいる」


 アイネが目を細めて、前方の砂漠を見ながら呟いた。


「えっ? どこどこ?」

「あの砂の中」

「いや、どこもかしこも砂でわかんないんだけど……もっと的確にさぁ」

「煩いわね。砂漠なんだから目標になるようなものなんてあるわけないでしょうが!」


 アイネは半ば強引にイリスの顔を掴み、首が折れそうな勢いで直角に曲げた。


「あーそーこっ!」

「見えた!」


 そんな親娘を横目に、レイは余裕でイリスより前に発見していた。


「あれは……人!?」


"何か"に近づいたイリスが悲鳴に近い声を上げた。


 砂海の中に人が埋まっている。燦々と照りつける太陽の光を浴びて、砂の温度は高温になっていた。


「殺人事件? 幸先悪いわね……埋めるならちゃんと埋めてほしいわよね」


 ため息混じりに縁起でもないことを言うアイネだった。

 論点は埋め方の問題ではない。

 イリスとレイは呆れるように顔を見合わせた。

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