第15話 煩わしい視線

「おや? ベスの方と知り合いでしたか……縁とは不思議なものですのう」

「あなたとは、どういうご関係ですか?」


 レイからの質問というよりは、詰問に近かった。

 あと少しでこの老人が誰なのか、わかりそうだった。パズルのピースがあと一つ埋まれば……そんな感覚だ。


「よくある上司と部下って感じですかのう」


 それは、つまり——。


「神官……ということですか?」


 その発言を聞いたイリスが、反射的に振り返る。

 驚きで言葉が出てこない。


「それを聞いて、やっと誰かわかりましたよ。最後お会いした時とはずいぶん姿が違いますね……大司教様?」


 しかも、大司教!? そういう事は、早く言ってほしい。……私、失礼なこと言ってないよね?


 不安を募らせるイリスを他所に話は進む。


「ほっほっほ。元じゃがな……今は左遷されて平神官じゃ。バレてしもうたなら隠す必要もないの」

「いつまで、その姿で話すんですか?」

「ちと訳ありでの。悪いんじゃが事が終わるまで、この姿で勘弁してくんかの?」

「それは構いませんけど……喋り方もそのままですか?」

「このジジイの姿で、話し方だけ変えたら気持ち悪いじゃろがい!」


 レイは、グレイの本来の姿を思い浮かべた。

 年齢は定かではないが、爽やかな好青年風だったと記憶している。

 ……今の姿と相対的に考えると、なんだか気分が悪くなってきたため、想像することをやめた。


「しかし、姿も声も変えていたのに、よくワシじゃとわかったのう」

「時折、顔の輪郭がぼやけて見えてたんです」

「自分で言うのもなんじゃが、完璧だったはず……」


 グレイは納得できないといった様子で、真剣に考え込む。

 ぶつぶつと独り言を呟きながら自分の世界に入り込んでいたが、暫くすると、その視線がレイの神霊石を捉える。


「それじゃ!!」


 急に大声を出されたレイは、驚きを通り越してそれこそ石のように固まる。

 グレイは彼の首に下げられた石を指し示す。


「その神狼族の神霊石のせいで、ワシの完璧な変身魔術が乱されて見えるんじゃ」


 レイの瞳がキラリと煌めいた。

 大股で一歩、グレイに詰め寄る。


「うおっ! なんじゃ急に」

「俺の石について教えてほしい! あと、イリスの石についても教えてほしい! 石のこと全て教えてほしい!」


 案の定、石の話になった途端、豹変するレイだった。子供のように純粋で曇りなき眼を向けられたグレイは引いた……いや、後ずさった。


 気持ちわるっ。と、グレイは率直な感想を小さく述べた。

 

 とてもではないが断れる空気ではない。

 レイの得意技、魔石オタク饒舌モード発動。


「わかった、わかった。こんな場所ではなんじゃし、家まで移動するかの」


 人通りも多く、込み入った話をするには場所を変える必要があった。


「グレイ……」

「わかっておる。鬱陶しいのう」


 鳩がグレイの肩に乗ると耳打ちした。

 微かに苛立ちを滲ませたグレイに呼応するように、鳩の魔術が展開される。


「妨害するぜ! 俺様にみつからねぇと思ってる愚図どもが! 不快なんだよ」


 何かに見られている。

 その感覚は土の精霊の石のおかげか、女神の石のおかげか、イリスも微かに感じていた。

  

 あの鳩カッコ良すぎない? 強すぎない? 


 グレイが連れている鳩は一般的な鳩ではないのだが、都会の鳩は言葉遣いが悪く強い……というイメージがイリスに刷り込まれたのだった。


 そんな考えも束の間。


 一行を深い霧のようなものが包み込む。

 強い風が巻き起こり、目を開けていることもできず固く瞑る。


 空気が変わり、風が凪ぐ。


 瞼を開けると、一呼吸にも満たない間に自然豊かな緑に溢れた庭へと誘われていた。


「これも魔術?」

「ヒュ〜! これは凄いね〜。あの鳩、最強じゃん。イリスちゃん大丈夫? 転魔酔いしてない?」

「転……魔?」

「転送魔術酔い。略して転魔酔い」


 急に重力が戻るような不思議な感覚に、イリスの足下がふらついた。


 これが転魔酔い? 


 慣れた手つきでエンジュが支える。


「みなさーん! 大丈夫っスかー?」


 遠方から駆け寄って来る姿に見覚えがある。

 この声は……。


「ベスさん!」

 

 ふにゃりと笑うベスがそこにいた。


「無事、師匠と合流できたんスね。良かったっス」

「合流?」

「えっ? 師匠はイリスさん達を迎えに行くって言ってたんスけど」


 そんな話は、はじめて聞いた。


 グレイの方を見ると、とぼけた顔でほっほっほ。と、笑っている。


 グレイ以外の全員が「狸ジジイ!」と心の中で叫んだことは言うまでもない。


「説明しても怪しいだけじゃろうと思って、偶然を装って案内しただけじゃもん」


 可愛いこぶっても可愛くないジジイを横目に誰一人、一瞥もくれることなく聞き流した。


「つれないのう……立ち話も何じゃし、家に入るかの。さっき見つかってしもうたから時間も限られておるし」

「オレは、ご主人様の所に戻る! グレイを守ったからな! 褒めてもらうー!」


 去って行く鳩の背は、遠目から見ても浮き足立って……いや、浮き羽立っていた。



 羽が一枚、風に靡かれゆらゆらと舞い落ちる。



「鳩の主ってグレイさんじゃなかったんですね?」

「あれは連絡用の使い魔で、主人は別にいるんじゃ。連絡を聞いてあの子が暴走しないか心配じゃの」


 鳩の主人に伝われば神殿内部も動き出すことは必至だった。


 ゆっくりしている時間はない。

 神霊石を巡る争いは回避できなかった……が、そんな無力さに苛まれている暇もない。


 静かに奮い立つグレイの姿を、ひらりと羽が遮る。

 一刹那、清廉な空気を漂わせた青年のように見えたのは気のせいだろうか。


 イリスは瞼を擦り、再びグレイを見たが、そこには見慣れた老人の姿があるだけだった。


 真面目な表情の中に鋭い眼光をみせるグレイは、先程とは打って変わって別人のようだ。

 グレイの表情から、ただならぬものを感じたイリスは、何も言わずに扉の奥へ入って行くのだった。

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