第16話 神霊石に在るもの

「この部屋の中なら大丈夫じゃろ……神狼族の長の質問から答えようかの?」

「レイでいい」

 

 グレイは返事の代わりに軽く微笑むと話を続ける。


「レイは何を知りたいんじゃったかの?」

「そもそも、一族の神霊石とは何か……あと、魔力のないイリスがどうやって女神の石を使うのか」


 グレイは慣れた手つきでお茶を淹れる。


「お嬢さんの持っておる土の精霊からは、どこまで聞いたんじゃ?」

「神霊石については何も……女神の石は時が来ればわかる、とだけ」

「めっちゃ雑じゃの!」


 グレイはお茶を口に含もうとして、その手を止めた。


「ワシの知っとる範囲にはなるが、神狼族の石は女神のためにあると言っても過言ではない。その石にも宿命というか……目的があるんじゃ」

「石に目的? どういうことだ?」

「神霊石と呼ばれる石……例えば、お嬢さんの持っとる土の精霊の石の中には何が入っとる?」

「土竜」

 

 真剣な顔でイリスが答える。

 笑いが我慢できなかったグレイは、ブフォッと吹き出した。


「土竜か……いや、すまん。そういえば、土の精霊の姿は土竜じゃったな。あー可笑しい」

「それでは俺達一族が守っているこの石には、いったい何が……」


 レイは言いかけた言葉を呑み込んだ。


 もしかして……いや、しかし一度も姿は見たことはないが……。


「……神狼がいるのか? この石の中に……」


 ニヤリとグレイが笑う。

 まるで出来の悪い生徒が答えを導き出し、それを喜んでいるかのようだった。


「やっと気付いたか。まあ、文献に基づいた予想とワシの勘じゃがな」


 レイは、まじまじと首から下がる神霊石を見つめる。


「その石は、ずっと女神様を待っとるんじゃろ」


 その時まで目覚めることはないのかもしれない。


「お嬢さんの石なんじゃが……それについては誰にもわからん! としか言えんな」

「ずっと昔から、石を持って生まれるっていう噂はありますよね?」

「確かに、あるのう」


 グレイは髭を触りながら、考えるように言葉を発した。


「じゃが、不気味なくらい情報も文献も残されてないんじゃ。まるで意図して、誰かに消されているかのように……」


 そこまで、話すと外から騒がしい音が聞こえてきた。


「そろそろ時間が来たようじゃの……」


 グレイの視線がチラッと窓の外に移る。

 その視線につられるように、その場にいた全員が窓を見る。


「あの服は……神官?」

「そうじゃ。転移魔法で撒いたが、この家の位置はそれほど離れた場所ではないからの」


 神官の様子を見ていたエンジュが、彼らの不自然な動きに気づいた。


「ねえ、あの神官たちさ、なんかグルグルしてない? この家見えてないの?」

「ほっほっほ、よく気づいたの。しばらくは駄犬の如く阿呆みたいに回っとるじゃろ」


 言い方に性格の悪さが滲み出ている。


「今のうちに、神殿に向かうといい」

「グレイさんは一緒に行かないんですか?」


 イリスから投げかけられた質問に、出会ってから一番穏やかで優しい笑み見せた。


「ワシには、ここでやることがあるんじゃよ」


 なんだろう……全然似てないのに……。


 イリスは、ふと母アイネのことを思い出した。

 姿が形は全く似ていないのに、話し方や雰囲気がどこか懐かしく、アイネと重なった。


「どうしたんじゃ?」


 言葉に詰まっているイリスを、不思議そうな瞳でグレイが見守る。


「いえ、一瞬母を思い出して……なぜですかね?」

「……何かご縁があるのかもしれんの。お嬢さんの持ってた守護石は、ご縁を導く力も付与されとるからの」

「その石なんですけど、他に何かこう……攻撃できる力とかないんですか?」

「一応……メインは導きの力じゃからのう」


 イリスは、グレイの含みのある言い方が気になった。


「メインがあるということは、サブもあると?」

「ある。……じゃが、できれば使わずに済んだ方がいいと思うがの」

「えっ……爆発したり?」

「爆発の方がマシかもしれんな。これ以上聞くか?」

「……いえ、やめときます」

 

 世の中には知らない方が良いこともある、そんな気がした。


「まあ、本当に困った時は役に立つはずじゃ。安心しなさい……お嬢さんに害はない」


 逆に言うと、周囲に害を及ぼす可能性があるということだ。

 この守護石には導きに専念してもらい、サブ能力が解放されないことを願った。


 少しずつ駄犬のような神官の捜索範囲が狭くなっていた。居場所を特定しつつあるのだろう。


「神殿内部に潜入してもらっている人物がおる。まずはその男——ナズナという神官に会うといい」

「ナズナ……さん」


 広い神殿内で会えるだろうか? と不安になるイリスに、大丈夫と言う代わりに、レイとエンジュが寄り添う。


「大丈夫じゃ。その守護石の力はすごいからの! 嫌でも会えるじゃろうて」


 魔王のような母アイネがくれた守護石だと思うと、確かに強力な力で導いてくれそうな気がした。


「そう言われると、そんな気がしてきました……」


 よし、とグレイが頷くと、出口がある場所まで三人を案内した。


「ここから先は街の人に紛れて行けば、すぐにはバレんじゃろ。今の神殿は危険じゃ……気をつけての」


 それを最後に、扉が閉まる。

 ——と、同時に扉そのものが、スゥッと消えた。


「あのおじいさん、マジで何者? 神官レベルの魔術じゃないからこれ……」


 エンジュが引くくらいの高等魔術を、グレイは事もなげにやってのけた。

 イリスは、ますますグレイの本来の姿が気になって仕方なかった。


「絶対、敵に回したくないわ〜」


 それは間違いなく誰もが思った感想で、イリスとレイも同意するように深くゆっくりと顔を縦に振った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る