第14話 謎の老人②

 レイも老人の視線に気付き、眉を顰める。

 お互いの距離がこれだけ離れているのに気付いたこともそうだが、レイとイリスの関係を知っているような口ぶりも不審に思った。


 ……あの老人どこかで見たことがあるような気がする。


 考え事をしている時のレイは一層無口になる。


 ダメだ、思い出せない。恐らくかなり昔……それこそ幼少の頃かもしれない。


「レイ君、難しい顔してどうしたの? あのおじいさん知り合い?」

「いや……」


 歯切れの悪い様子を見て、エンジュはそれ以上話しかけることをやめた。




 ——翌昼。

 乗合馬車が集まる地帯まで移動すると、たくさんの人が目的地ごとに列をなしていた。


「おや? ほっほっほ。また会いましたな」

「おじいさんは昨日の……!」


 イリスはそこまで言いかけて、名前は聞いていなかったことに気付く。

 

「ワシも首都、木蓮郷の方へ用がありましての。同じ馬車かのう?」

「はい。ただ、どの馬車もいっぱいみたいで、私達は次の馬車に乗る予定です」

「ふむふむ、なるほど……」


 考える素振りを見せると、老人はイリスに少し待つように言い、老人は近くにいた御者へ話しかけに行った。

 二言三言話した後、イリス達のもとへ戻る。


「あと三人くらいなら乗せてくれるみたいなんじゃが、一緒にどうかの?」

「えっ! いいんですか?」


 三人は顔を見合わせ、異論がないことを確認すると一緒に乗せてもらうことにした。


 駆け込みで人数が増え満員かと思いきや、老人の他にはイリス達のみだった。


 あんなに人がいたのに、私達だけっておかしくない?

 

 それはレイとエンジュも不自然に思っていたことだった。

 しかし、危険な感じもなく、周囲の人間に怪しい者もいなかった。


「乗せてもらっておいてアレなんですけど、おじいさんは何者なんですか? 一人で乗るとか、一般人じゃあり得ないですよね?」


 誰もが気になる点を、エンジュが鋭く質問する。


「その話をする前に、ワシの話を聞いてもらってもいいかの?」


 今まで話し相手がいなかった老人のように、うきうきと話し始めた。その期待に満ちた瞳にイリスはたじろぐ。


「……ど、どうぞ」


 老人は短く整えられた顎髭を撫でながら、何から話そうかと思案する。


「まずは、自己紹介じゃな。なんか、ワシすごい警戒されとるし」


 それは、まあ……そう。と誰もが思った。


「名前はグレイじゃ。グーちゃんでも、グレじいでも好きなように呼んでいいぞぃ。つい最近まで首都で働いておったんじゃが、性格の悪い同僚がケチをつけてきおっての……左遷させられたんじゃ」


 老人は、大袈裟にしくしくと泣く仕草を見せた。


「それでまあ暇だったんで、その同僚がここに来ると知って追いかけて来たんじゃが、入れ違いになってしもうての……そんな時に、お嬢さんと偶然会ったんじゃ」


 嘘を言っているようには見えないが、嘘をつくのは上手そうに見えるという怪しさ。


「ここに来た目的はその同僚の弱味でも見つけられたら万々歳って感じだったんじゃが、なーんもなくてワシちょー残念」


 肩を落とし項垂れるグレイの身振り手振りはひょうきんだが、言葉には気持ちが込もっていた。


 その同僚との間に何があったのか深く聞きたい気持ちはあったが、グレイが敢えて触れなかったとするならば、聞いてもはぐらかされるだろう。


 レイとエンジュは何も問い質さず、ひとまず敵ではないと結論付け、そのまま同乗させてもらうことを決めた。


 やはり、どこかで会ったことがある。


 時々グレイの姿が揺らめくような違和感があった。

 レイの記憶と同調するように、あと少しのところで霞がかかったように思い出せない。


 不規則に顔の輪郭がぼやけているような……そういった類の魔術をかけている?


 イリスの石が反応しないということも、現状危険はないということを示していた。

 グレイと楽しそうに話しているイリスの姿を見ていると、レイの頬も自然と緩む。

 レイはこれ以上勘繰ることは一旦やめ、道中を過ごすことにした。


 そんなレイの姿を見ていたエンジュは、老婆心ならぬ老兄心でほくそ笑んでいたのであった。


 あーもう! うちの長ったら、かーわーいーいー! 


 言葉にすると怒られるので黙っていたエンジュだが、ニヤニヤした表情は隠し切れていない。




 首都に到着すると、御者が扉を開ける。


「あ〜腰が痛いわい。お尻も平らになりそうなくらいジンジンするのう」


 小言をぶつぶつ言いながらグレイが降りる。


 そこへ待っていたかのように、一羽の鳩が舞い降りる。鳩のわりには優雅な動きで、グレイの前腕部に止まった。

 鳩はその優雅な動きとは相反して、気の抜けた珍妙な顔をしていた。


「じろじろ見てんじゃねーよ! ブース」

「めちゃくちゃ口悪いな、この鳩。ていうか喋れるんだ……」


 間髪入れずにイリスが言い返す。


 私、動物に嫌われやすいの? 土竜にも嫌われてるし……。


「失礼したの、イリスさん。うちの鳩が申し訳ない」

「……んん? 待って。この特徴的な鳩、どこかで見たことない?」


 エンジュが眉間に皺を寄せながら鳩を凝視する。隣にいたレイも同じ事を思ったのか、しばらく鳩を注視していた。


「この鳩と知り合いでしたかな?」

「いや、鳩と知り合いじゃなくて……思い出した! ベスの鳩だ」


 イリスにとっては初対面の鳩だったが、レイとエンジュは違ったらしい。

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