第5話 武闘派ユーリの登場

 無言のまま数十分ほど歩くと、物置小屋のような場所へ押し込められた。


「痛っ…!」


 女の扱いが下手な男は禿げてしまえ! とイリスは念じた。


「しばらく大人しくしとけよ」

「そうだぞ! 絶対逃げるなよ」


 モラ男に続き、ヒョロ男も強調するように言う。

 部屋の中に鍵がかかる音が響く。

 薄暗く埃っぽい室内でイリスは自分以外の気配を感じ、探るように見渡した。

 部屋の片隅で何かが動いたかと思うと、視線の先にある布から声がした。


「あなたも、拐われたの?」


 この暗い部屋には不釣り合いな、とても落ち着いた声だった。

 さらに、よく見ると瞳の色が金色なことに気付く。


「もしかして、リリちゃんのお姉さんですか?」


 小さく、えっ? と言う声とともに、戸惑いと警戒がまじったような目線がイリスに向けられた。


「怪しい者ではなくて! 昨日リリちゃんと会って……えっと、何が言いたいかというと、リリちゃんは無事です!」


 自分が無害だというアピールと、リリが無事だということを伝えたくて必死に説明をする。


「ふふっ、そうなんですね。リリが無事なら良かったです」

「ユーリさんですよね?」

「名前も知ってるんですか」

「昨日どんぐりゲームをしながら、いろいろ話も聞きました」


 想像よりもお淑やかで、柔和な雰囲気だ。

 この人が木を倒すのだろうか。

 初対面で聞くか否か迷ったが、好奇心が勝った。


「あのう、木を倒せるって本当ですか?」

「……それは、リリが言ったんですか?」

 

 笑顔の中に冷たいものを感じる。

 リリが怒られる未来が見えて、回避する言葉を付け足した。


「ミリザさんからも聞いてます! 木を倒すって聞いてたのでもっと強そうな女の子をイメージしてたんですけど、全然違くてびっくりです!」

「ふふっ。そんなに必死になって喋らなくても大丈夫ですよ」


 ふふっと笑うのは口癖のようだ。


 アイネの近くで育ったせいか、イリスは穏和でほわっとした人に惹かれる傾向があった。


「ミリーおばさ……ミリーさんから聞いてるなら、信用できる方なんでしょうね」


 明らかに言い直した。

 ユーリも気をつかっているところをみると、ミリザがおばさん呼びと年齢に敏感なのは確実のようだった。


「先ほどの話ですが……薪にする木が欲しい時は、よく木を倒しに行ってました。私に倒せない木はありません」


 こんなにおっとりと凄まじい話をする人を他に知らない。断言するあたりに自信が窺える。

 さらに疑問を投げかけた。


「それだけ強かったら、ここから逃げることもできたのでは?」

「できたんですけど、妹に手を出されたくなければ付いて来いと言われたので大人しく待ってたんです。まあ、やる事もないので、ずっと寝てましたけど」


 どこまでもマイペースなユーリを見て、段々と性格がわかってきた。


 この人、身体だけじゃなくてメンタルも鬼強い。


 思い返してみれば、ミリザ達大人はそこまでは慌てた様子はなかった。

 ユーリの強さを知っているからだとすれば、辻褄が合う。


「リリが無事なことがわかったので、いつでも逃げられるようになりました。捕まったついでに彼らの目的と活動拠点を壊滅できたらな……と考えていたんですけどね」


 見た目に反して好戦的。


「このまま居ると一族が出てきてしまう恐れがあるので、早めに退散しようと思います」

「一族が出てくると、どうなるんですか?」

「ふふっ。それはそれは、大変なことになります。この村はきれいに無くなるかもしれませんね」


 ユーリはとても楽しそうだった。

 終始笑顔で語る姿が怖い。


「それでは、作戦を立てましょうか。私一人でしたら全て破壊して出ていけばいいんですが、えーと……」

「イリスです」

「イリスさんのことを考えて、安全に脱出しましょう」


 なんだか申し訳ない気持ちになりながら、一般人にも優しい脱出方法に変更してもらった。


「人数は全く問題にならないんですが、あの魔力持ちの人が厄介なんですよね」


 ヒョロ男のことだろうか。

 とても弱そうに見えたが、実はかなりの実力者なのかもしれない。


「何が厄介なんですか?」

「私より魔力が上なので戦闘になった場合、少し時間がかかるかもしれません。なので、できるだけ彼を避けて逃げましょう」


 意外なことにユーリよりヒョロ男の方が魔力量は上なのだという。


「神狼族だからといって、魔力が特別強いというわけではないんです。どちらかといえば身体能力に全振りしているといっても過言ではありません」


 神狼族の能力は魔力よりも、頑丈な体で生まれるという特性の方が強く出るらしい。

 そして、夜のほうが夜目も利き、能力自体も上がるという。


 そんな理由もあり、作戦は日没後に決行されることになった。



 日が沈み夜が近づくと、扉が開き見張の男から硬いパンと水を渡された。

 

「腹ごしらえをしたら計画通り動きますよ。楽しみですね」


 柔らかい声のまま、悪役のような台詞を吐く。


「出された食事を食べるんですか?」

「腹が空いては戦はできませんから。毒も入ってなさそうですし」


 すでに食べ始めていたユーリを見て問題なさそうだと判断し、イリスも食べることにした。


「仮に毒が入っていても、私にはあまり効かないですしね」

 

 えっ? と思った時には、時すでに遅し。

 食べてしまった物は仕方ない。



「食べ終わったので、そろそろ出ましょうか……作戦開始です」


 お店を出るような気軽なもの言いに、気が抜けてしまいそうになる。


「少し外の気配を探りますね」


 そう言うと、ずっと被っていたフードに手を掛ける。

 思い返してみると、リリもフードを取ることはなかった。


 次の瞬間、すべてを理解した。

 ユーリの漆黒の髪色の間から、可愛らしい獣耳が現れる。その耳の色は同じで、艶のある毛並みだ。思わず触りたくなる。


「かっ、可愛い!」


 少し照れた様子のユーリの表情が、またいい。


「この耳も普段はしまっているのでフードが外れても大丈夫なんですが、念のため常に隠しています。今は能力を使いたいので出しましたが」


 集中すると、小屋の外の音が聞こえてくる。

 外には見張の男が一人。少し離れた所から数人で話す声も聞こえるが、魔力持ち——ヒョロ男の声ではない。


「近くにあの男は居なさそうなので、行きましょう」


 イリスは声は出さずに頷く。

 ユーリは一度深呼吸をすると、扉を見据え拳をつくる。

 勢いよく繰り出される正拳突きに、風を切る音が鳴る。

 その瞬間、扉が盛大に吹き飛んだ。


 ここからは時間との勝負だ。

 ヒョロ男が来る前に走って逃げる。

 作戦としては単純だが、体力と持久力が必要な筋肉に任せた脱出計画だ。


 この作戦が物語っているが、残念なことにユーリは頭脳派ではなかった。

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