第4話 白犬村の由来

 リリを別の部屋へ寝かせに行ったミリザが戻ってくると、コーヒーを淹れる。


「私はコーヒーを飲むけど、イリスさんはコーヒーと紅茶どっちがいい?」

「じゃあ、紅茶で」


 まだ、あの苦味が美味しいとは思えない。

 コーヒーが飲める女性は大人の女という感じがする。

 

 どうぞ、とイリスの前へカップが置かれた。


「さっきは、ありがとう。あの子がどこまで話すかヒヤヒヤしたわ」


 苦笑まじりに話す声に、申し訳ない気配を感じ取る。イリスも何も言わず苦笑いで返す。


「あの木を倒した話は本当で、隠すつもりはないんだけど……いろいろと事情があってね」

「いえ、無理に話さなくて大丈夫です」

「あなたには話しても大丈夫かな、と思っているんだけど……ちょっと気になることを聞いてもいいかしら?」


 イリスは短く頷く。


「なぜ一人旅をしているの? しかも女の子が一人で」


 真っ当な質問で、その通りとしか言いようがない。

 そう思いながら事の経緯を、掻い摘んで話すことにした。

 さすがに、石を持って生まれたことは話さなかったが、オパールの石を視てもらうために神殿に向かっていることを説明した。


「母にもやることがあるみたいで、一人で行けと言われまして……それで、今日リリちゃんと出会ったという流れです」

「……なんだかすごいお母様ね」


 守護石を鞄に入れるわけだわ、と納得した様子だった。


「それなら、イリスさんには話しても大丈夫そうね」


 話すことを決めたミリザは、手を顎に当てながら考える素振りをみせた。


「イリスさんは、この国の建国神話を知ってるかしら?」


 急に建国神話? と怪訝に思いながら、覚えていることを話す。


「この国を創ったのは女神様で、4つの魔石を蒔いた所に国ができたっていう話くらいしか……あ、あと女神さまの横には必ず神狼と神虎がいたとか」

「そう。そして、この村の名前は知ってる?」


 何を言いたいのかわからず、なぞなぞをしているような気分になる。


「迷ってこの村に辿り着いたので、村の名前まではちょっと……」

「あら、そうだったの? ますます信用できるお嬢さんね」


 村の名前を知らなくて怒られることはあっても、褒められるとは思わなかった。


「この村の名前は白犬村と呼ばれているんだけど、昔から多くの犬がいたらしいの」

「そうなんですか? まだ一度も見てないです」

「私も、見たことないわね」


 ますます意味がわからない。

 犬がたくさんいるから白犬村なのに、ミリザも見たことがないとはどういうことか。


「昔の人が見間違えたんじゃないかっていう説もあるんだけど、何と見間違えたと思う?」


 建国神話の話と関係があるとするならば、自ずと限られてくる。


「……狼? ですかね」


 正解というように、満足そうに微笑んだ。


「そのとおり! 本当は狼なんじゃないかと言われているの。そして、ここからが本題」


 少し顔を近づけるミリザにドキッとする。


「この村のどこかに神狼がいる」

「本当に実在してるんですか!?」


 ミリザは顔を離すと両手を肩まで上げ、おどけてみせる。


「どうかしら、本当だと思う?」

「冗談なんですか」


 笑顔のまま真面目な声音に変わる


「本当よ。……正確にいうと、神狼の末裔といった方が正しいかしら」


 真実を話していることが、はっきりと伝わる物言いだった。


「そして、それがあの子達、姉妹が狙われた理由だと思っているわ……今の話で伝わるかしら?」

「リリちゃん達が、その神狼の末裔なんですね」

「そう、これは一部の人しか知らない話なの」


 ミリザは大きく息を吐くと、頬杖をついた。


「ただ、そのこともあって自警団とはあまり関わりたくないの。神狼を狙っているのは、悪い奴だけじゃなくて……」


 暗に、正義を掲げる組織の中にも神狼を狙う者がいるということだ。


「自警団も信用してはいけない、ということですね」


 明日にはこの町を出る予定のイリスとしては、さほど関係はないのだが、道中は気をつけようと思った。




 ——そう思っていたのに、なぜこんな状況になったのだろうか。


 翌朝ミリザに挨拶を済ませ、リリにも声をかけようと思ったが、まだ寝ていたため起こさずに出発した。


 その後、少し歩いたところで違和感を覚えた。

 誰かにあとをつけられている。

 気付いてからは、とにかく走った。

 しかし、土地感がないイリスではすぐに逃げ場がなくなり現在に至る。


「この女か?」

「そうです。こいつが、あのチビと一緒にいた女です」


 偉そうに話す髭面茶髪の男と、その部下らしきヒョロッとした、同じく茶髪の男がイリスを見下す形で話をしている。


 モラ男とヒョロ男と呼ぼう。


「一緒にいたチビはどこだ? 素直に答えればすぐに帰してやる」


 「チビ」とはリリのことだろう。当然教えるつもりはない。


「知りません」


 毅然と答えるイリスにモラ男が話しかける。


「昨日、広場で一緒にいたことは知っている。その後どこに行った?」

「途中で別れたので知りません」

「嘘をつくなよ」


 この状況で必要な嘘をつかない人間などいない。


「お前も、なんで途中で見失ってんだ!」


 今度はヒョロ男に向かって苛立ちをぶつける。


「ち、ちゃんとあとをつけてたんですけど、急に消えて……」

「言い訳をするな!」


 典型的なモラハラ上司、モラ男。清々しいくらいに理不尽だ。


 急に消えた、とはどういうことだろう。普通に歩いて移動していたはずなのに。


「お前も魔鉱石を持ってんのか?」

「魔鉱石?」


 質問ばかりのモラ男に辟易する。

 お前も、ということはリリの姉ユーリのことかと見当をつける。


「持ってません」


 魔石と呪いの石は持っているが、魔鉱石は持っていない。


「リーダー! その女は魔石を持ってる」

「ほう。じゃあ、その魔石をみせてもらおうか」


 なぜ魔石(別名、返り討ちの守護石)を持っていることを知られたのか、と不思議に思う。


「持ってません……」

「いいや、お前は持ってる。言い方に躊躇いを感じるし、何より俺の部下は魔力持ちだ」


 なるほど、そういうことか。


 魔力持ちだけは、魔石を感知できる。

 だから、こんなに使えなさそうな部下なのに側に置いてるんだ。などと失礼なことを考えた。


「渡す気がないなら、それでもいい。面倒くせぇからお前ごと連れて行く」


 モラ男が顎をくいっと上げると、それが合図のようにヒョロ男がイリスの手を掴む。

 そのまま手首を縄で縛り、人が少ない道へ連れて行く。


「逃げようと思うなよ。もう一人の女を傷つけられたくなければな」


 イリスは口を固く結び、睨みつける。

 付いて行けばリリの姉に会えるかも知れないと思い、言われた通りに従う。


 魔石——守護石が守ってくれるはずでは?


 他力本願だが、魔石が光ったり爆ぜたりすることを期待していた。

 イリスが強気だったのは、魔石を頼っていた部分も多分にあった。


 もう信じない! と心の中で泣いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る