第19話 気に入らない、けど……

「あっはっは。まさか陰山ちゃんが連れてきてくれるとは思わなかったよ。しかも超大物というね。成長したみたいだねぇ……なんだかジーンと来たよ」


 長身で黒ずくめの、胡散臭い雰囲気を醸し出した陽気な男が笑っていた。

 笑いながらも、情緒が刺激されているのか本当に泣きかけていた。

 

「(……いくらコミュニケーションが下手と言っても、ただの上司がここまで感動するとか……意外と侮れないのかもしれませんね)」


 テレビや各種メディアを見てわかる中では物凄いプライドの高さや自信がありながらも妙に気弱でコミュ障、そこのギャップが可愛らしいのに実力は人類最強。

 そこが人気の最たる要因だった。


 リアルでファンとして接した人がネットに書き込んだところによると、『ファンサービスが凄く良いんだけど人と関わるのがかなり下手そうでめっちゃかわいい』などと言った、イメージはあまり崩れないものばかりが記されていた。

 

 いわゆる愛されキャラというやつなのだろう。

 

 ポンコツだけどどこに行っても妙に愛されるタイプ。

 失敗しても周りが庇ってくれる。


 この女、『陰山(かげやま)七離(ななり)』の場合はそこに圧倒的なルックスと、競技者としての実力がついてくるから一種の圧倒的なスター性すら生まれ出ている。


 さまざまな要素が絡み合った結果、素で振る舞っているだけでいくらでも人気がついてくるのだ。


「(あちらも私が気に食わないようですが、私も気に食わないですね。私の人気は定着するかはまだ怪しいところがありますが、この人の人気は現時点で絶大でありながら安泰であり、さらに増える見込みです。……気に食わない)」


 わざわざ思考したりはしなかったが、ぶっちぎりで一番気に食わないのは似たような精神性の存在でありながら向こうは競技者として大成したということ。

 さぬきは夢を諦めざるを得なかった。金の問題もあったし、いろいろしんどすぎて考えることも億劫だったのもあるが……一番の要因は折れたからだ。

 我を貫き通して、姉に迷惑をかけることも厭わずに手術を敢行すれば早期に復活してプロに行けた可能性もないわけではない。


 だが、七離は大スター。さぬきほどではないがかなりの危機に陥りながらも夢を諦めず、我を貫き通してそうなった。いや、大スターという枠にとどまらずESP.Ω及び異能格闘技界隈の人気を跳ね上げて定着させた立役者でもある。


 互いに嫉妬し合う対象であり……なによりリスペクトもそこには含まれていた。

 互いが互いに『強い敗北感』を抱いていた。だからこそ、気になる。嫌いだからこそだ。

 針の先端を見るのは怖い。しかし、嫌だからこそ気になって仕方ない。それに少し似ているだろうか。

 ……七離の方はレインを交換した時点で既にかなり心を許したと言うか依存してしまった感があるので怪しいかもしれない。


「(ふん、お門違いですね。七離さんは悪くない。……自分でも性格が悪いとはわかっていますが、これはさすがに筋違いに過ぎます。私ってやっぱざこざこのクズですね。……高速思考を終了させましょうか。ネガティブ一直線になっても仕方ありませんし)」


 この間実に0.18秒。実際にはもっと深い思考もしていたが、忘れることにした。


「い、いえ……ボクが凄いとかじゃなくて……天霧さんが良い人過ぎたから……」


「ちょうどよかったというだけですよ♥そんなに気に病まないでください♥両者の都合がうまいこと噛み合ったんですよ♥それより、撮影に関しては問題ないんでしたよね?」


「うんうん。そこは問題ないよ。映しちゃ駄目なものとかは事前に言っておくしね。……しかし、キミって本当に凄いんだねぇ」


「ふふん、私はこれでも神ですので♥」


「ああ、俺達にとっては本当にカミサマだよキミは。戦闘力があまりにも高すぎる。データやパルスを軽く見ただけで、目ん玉が飛び出そうになったからね。これで戦闘用の異能じゃないってんだから、やっぱり前人未到の第四段階ってとんでもないねぇ」


「そこまで理解しているのなら、私と人類最強の陰山さんを戦わせるのは愚策なんじゃ?」


 そこでさぬきは一言ぶっこんだ。

 明らかにおかしい。大スターであり、297勝3敗というとてつもない戦績を叩き出している『最強』の価値をわざわざ貶める理由がわからない。

 どこからどう見ても七離には勝ち目がなかったから。

 ルールの上でなんとか引き分けに持ち込むのが関の山であり、それも運動不足の一般人がなかなかに険しい山を登り切るくらいには厳しい道のり。


 ESP.Ωへの熱を冷めさせる原因にもなりかねなかった。


「大丈夫大丈夫。競技者じゃないとはいえ第四段階の子に負けたとしてもそれは例外として捉えるはずだ。ほとんどのファンは納得してくれるよ。うちのファンたちもキミのチカラの程はなんとなく理解してるはずだしね。……それにね、この子は勝つ気でいるからね?」


「いくら天霧さんが神様にも等しい存在だとしても、か、勝てないと決まったわけではないと、お、思っています……へへへ」


「可能性は限りなく低いと思いますが?それこそいいとこ0.0001%とかかなあと。引き分け狙いならば可能性はずっと跳ね上がると思いますが、勝つのは無理でしょう」


「か、可能性が低いってことは……つまり、ゼロじゃないってことなんです。……天霧さん本人から、その可能性を聞き出せたならば余計に燃えてきました。へ、へへへ、へへへへへ……」


 そこまで聞いて、ようやく気づいた。己とこの子では器が違うのだと。

 似ていると思ったのはまったくの勘違いだ。


 この子はスターになるべくしてなったのだ。

 対して、自分は競技も人生も一度全て諦めた。ポッキリと折れたのだ。だが、この子ならものすごく落ち込んだりはするだろうが、すぐに回復して競技復帰へと努力し続けただろう。

 少なくとも、ルールや法に抵触しない範囲でいろいろと手を講じたはずだ。

 心に完全な敗北感が生まれた。


 ここにきてさぬきは、ようやく初めて『わからせ』られた。

 格が違うことを痛感した。あまりにも役者が違う。


 しかし、今はこの程度で折れたりはしない。

 今は一度ポッキリと折れてぐちゃぐちゃに曲がった心は、曲がったままなれど折れた部分はひっついてさらに硬くなった。


 己と一緒にしてしまったことに心のなかで謝罪しながらも、リスペクトを強める。


「やっばり強い人なんですね。あなたはつよつよのスーパーヒロインですよ♥」


「ひひ……そこは否定しません。これでもボクはぶっちぎりの最強なんですから。これでもルーキーイヤーと二年目以外は負け無しの最強戦士ですので……くひ」


「いや、膂力とか能力の強さではなく……まあいいです」


 高校入学と同時にこの世界に入ってきてから三敗しかしていない。

 現役13年、28歳になった現在は負けることは一切なくなっていた。

 叩かれるとひっじょーに落ち込みはするが、それ以上に注目を浴びるのが大好きだし、今でも日に日に強くなっていってる。

 容姿もなぜか若返りの傾向にあった。おそらくは異能が活性化しているせいだろうと結論付けられた。だからというわけでもないが人気も増え続けている。

 全てが順調すぎて逆に不安になっていた。 


 そんなうまくいきすぎな日々の中に現れたあまりにも高すぎる壁。

 それはなぜか強く惹かれて、ちょっと接しただけで依存しかけてしまいながらも……未だに心底気に入らないヤツでもあった。

 そんな敗北濃厚な敵と戦うことへの高揚感が間違いなくあるのだ。

 負けたら全てを失うかもしれないという悲観。破滅への恐怖。己の価値が否定されるかもしれないということへの怒り。

 なにより、それをひっくり返すことへの圧倒的な高揚。


 そしてもう一つ。


「(天霧さんをもし倒しちゃったら、人気がうなぎのぼりだろうな……へへ。それに、『この私を倒すなんて陰山さんは素晴らしいですね。ステキです♥』って感じで天霧さんが友だちになってくれたり……ふひひひ)」


 純粋とは言えない妄想が爆発していた。

 尋常でない人気者でありながら、陰キャゆえに友達が一人もいない者の悲哀であった。


 友達なんて作ろうと思えばいくらでも作れるだろうが、『なんか怖い』、『嫌われたら嫌だ』という理由で逃げ続けてきた。

 実際、嫌われることは十分にありえた。


 だがさぬきからは同じ匂い(セイムスメル)を感じていた。

 少し嫌うことはあっても縁を切ったりすることはないし、なにかしら自分に惹かれてくれると言う直感があった。

 この直感は全く外れていなかった。


 さぬきは『己とこの人は違う』と結論付けたが、似通っている部分は間違いなく多かった。


 エキシビションマッチを機にして友だちになれるか……そんな戦いも始まっていた。

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