第18話 ネガティブ・ダンス
「……さすがに緊張しますね」
20:00……つまりは配信の時が近づいていた。
その配信の内容はいわゆるASMR配信。
今までは理由をつけて避け続けてきたし、実際にどうしようもない理由はあったが逃げ続けなければもっと早く配信はできていただろう。
なぜ逃げてきたか。それは単純。
「あ〜恥ずかしいです……なんであんなこと言っちゃったんですかね……」
そう、恥ずかしさ。
元から精神年齢も肉体年齢も子供であったが、実年齢は間違いなくおじさんだったから。
今はTSして美少女になったとはいえ、それでも抵抗はあった。
己の美しさを誇るのは前の体の時点からそれなりに好きだったわけだが、これは恥ずかしさのレベルが違った。
それに、やるからにはそこそこ凝りたかった。
気の迷いで買った安い機材ではなく高めの機材は使うべきだと思ってたし、部屋の中で一人練習したりもしていた。
よくわからない精神性。恥ずかしさと高揚の中、配信が始まろうとしていた。
「あー、あー……ちゃんと聞こえていますかぁ?♥」
・あっ……(成仏)
・ざこざこの御主さまもついに覚悟を決めたか
・多分いい感じ
「ふむふむ、いい感じのようですね♥……えーっと、いままで何かと理由をつけてこの配信から逃げてきたことに対する謝罪はあとでにしましょうか。この場では申し訳なかったとだけ言っておきます。今日は癒しに来たわけですしね。というわけで……まずは指耳かきをされてなっさけなーく眠ってくださいね♥」
さぬきはいろいろな動画を見て研究した指耳かきを始める。
それは初心者にしてはあまりにも良い音すぎた。
器用さのステータスはカンスト寸前だし、リアルがかなり割れていることもあり、実は他のアカウントでやっていたんじゃ?などと疑う者はほとんどいなかった。
効果はてきめん。
触りの部分から感触は良かった。
・駄目だ、わからせるどころかわからせられてしまう……!!!
・なんかもう眠くなってきた。寝て良い?
「ぐっすり寝ていいですからね〜♥わからせられるのって気持ちいいでしょう?♥」
・さすがにまだまだ大丈夫……
・別にエティなこと何も言ってないはずなのに心臓がバクバクしてヤバい 性癖壊れる
・頭が溶けそう
「ふふん、ふだん生意気なことを言っているくせにこういうときはやられっぱなしなんですね♥ざぁこ♥ざぁこ♥防音に使える術も使ってますし、うるさかったりはしないはずです♥安心して寝ちゃってください♥」
・なんか一瞬で目が覚めた さぬきちゃんそんな事も出来るの?ASMRよりそっちの話のほうが興味あるんだけど
「そのうち異能研究の動画のおまけか何かで話しますよ♥今はリラックスするなり作業用BGMにするなりゆったり聴いてくださいね?♥ひひひ……」
・至近距離で邪悪な笑い聞けるの素晴らしい
・今のめっちゃ良かった
それから1時間30分ほど配信は続き……終わりの時がやってきた。
「さて、と。そろそろ良いお時間なのでここらへんで終わりにしますか。……案外やってみたら楽しいものですね♥今度はシチュエーションボイスってやつにも挑戦してみましょうかね?演技力も高めないと……じゃあ、おやすみなさ〜い♥」
普段よりやや多い同接の中、配信は切られた。
大きな満足感と強く感じる違和感の中、さぬきはコンビニへと歩いてゆく。
無性にコンビニチキンが食べたくなったのだ。
異能が強力すぎていくら食生活が荒れようと太らないし、たとえ太ったとしても自分を戒めて節制することは容易い。
罪悪感を覚えることもなくスポーツドリンクとチキンを求めにコンビニへと歩いていく。
……その途中のことだった。
「……あなたは、もしや噂の天霧さぬきさんですかねぇ?」
195cmはあろうかという身長の大きさと胸の大きさを持つ、猫背で少し陰気な雰囲気の黒髪美女が進行方向に立ちふさがった。
「……?もしかしてファンの方でしょうかね?」
そういいつつ、違うことはわかっていた。
相手の顔をどこかで見たことがある。いや、それなりに知っている人物だ。
リアルではほとんどあったことはない。
テレビ局ですれ違ったことがある程度の面識。
だけど、互いに認識している人物であるのは間違いなかった。
「いえいえ、違いますよぉ。このボクを差し置いて最強の座を奪おうとしているあなたが憎いんです……フフ、ふふふ……」
危ない目の輝きを見て、近寄りたくないと思いつつも何かしら対処をしないと大変だろうなという確信が生まれた。
この女は異能者による格闘団体『ESP.Ω』において最強の闘士だからだ。
陰気で自信なさげな性格に反して、己の力に対する自信と信仰は誰よりも強い。
実際、さぬきが現れるまで個としてはぶっちぎり最強だっただろう。
ついでにいえば……。
「(なるほど?そちらも気に入らない、と)」
この女の容姿は特別優れていた。
こちらもさぬきがいなければ世界一を名乗れるかもしれないレベルに。
そちらへの自信も相当なものだ。自分を偽る……垢抜けたファッションをしなくても最高に自分は可愛いのだから必要がない。そういう思考が間違いなくある。
なのに、両方で上回る存在が現れたから気に入らなくて仕方ないのだろう。
だけど、今すぐ仕掛けてくるわけでもないとわかっていた。
力があるからやれているだけで社会不適合のような精神性はしていそうだが、それでもメディアの前で晒され続けて人気者として生き残ってきただけあってしてはいけないことは理解していた。
ここまで詳しいところがわかるのは、さぬきも少しは近い精神をしていたから。
彼女が生まれつきならば、さぬきは後天的ではあるし、先天的後天的の分類に関しては確信は持っていない。
それでもわかる。
「マッチでも組みますか?私は全然構いませんよ?」
「ぜひそうしたいところですけど……フフ。さすがにそれは申し訳ないような気がして……。自分から喧嘩売っといてなんですけど、いきなりすぎませんかねぇ?……都合とか大丈夫です?」
「変なところで理性がありますね……」
「よ、よく言われます……これだからボクは……」
「いえ、その理性があるから生き残ってこれてるんですよ。大胆で主張が強いけど、本質的に気弱ゆえに相手に合わせることもできる。それは一見するとあまり良くない特徴ですが、間違いなくあなたの強みなんです。だからこそそのキャラクター性が生まれ、大人気のスター選手でいられるんですよ?そう、誇って良いんです」
「え、えへ、へへへ……ありがとう、ございます……。ずーっと理性的でいれたら良いんですけどね……これだからボクは……でも、へへへ……」
その精神性に面倒くささを感じながら、コラボ相手としては悪くないと思い始めた。
『人類最強』をぶっ倒せば、『神』として箔がつくだろう。
あまりにも強すぎてファンたちに離れられても困るけど、腕力でぶっ飛ばす方向性じゃなければどうとでもなるような気もしている。
もっとも、この相手に勝つには腕力が一番可能性が高いし、異能強度に差がありすぎて負けることは絶対にありえない。
負けることがない以上、決定打に欠けた場合耐久力が鬼すぎることを見せ続けることになるので、逆にドン引きされそうな気もするから……。
「(今考えるべきことではない、ですね。後でで良いです)」
一旦思考を打ち切って目の前の女にニコリと笑いかける。
「……実はESP.Ωのエキシビションマッチ、誘われてるんですよね。イメージ的に断るつもりでしたが、あなたが相手を受けてくれるなら戦っても構いませんよ?あ……あと動画撮影の許可も頂ければ嬉しいですね」
「ほ、ほんとに良いんだ。……じゃ、じゃあ連絡先交換しませんかぁ?実は秋季シーズン開幕戦が来週の金曜日で、ちょうど試合前イベントに出てくれる人が音信不通になっちゃってて……」
「それはなかなか大変ですね。いきなりじゃ困るかとも思いましたが、代役の方の目星が立ってなければその日の方向で考えさせてもらいますけどよろしいですかね?」
「た、多分大丈夫です……聞いてみなければわかりませんけど……へへ。じゃ、じゃあ個人的にも……連絡先、交換しても良いですか?」
その言葉の後、レインの連絡先を交換した。
「おじいちゃんとライバルの人たち以外でレインに登録したの、初めてだぁ……へへ」
その喜びようを見ていると、先程までの怒りが嘘のようだった。
だが、実際には怒りはまだ燃えていた。
それも理解しているが、それでもこんなホニャホニャしてて変わった人が人類最強とは信じがたかった。
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