第17話 晩酌

「うん、準備は完了。私は帰るけど元気にしててね」


「せっかく地方跨いできてくれたんですから、もう少しゆっくりしていってもよかったんですよ?」


「あはは、できることならそうしたいけど、実は重要な仕事が残ってるんだよね。あまりにも心配だったから来ちゃったけど……えへへ」


「マジですか。それ、大丈夫だったんですか?」


「異能による回復力で元気を前借りすれば軽く間に合わせられるからね。そこは抜かりなしだよ」


「ハル姉も昔から元気いっぱいでしたけど、私と違って無理しすぎたら風邪とかはひくんですから注意してくださいね?」


「第一段階といっても大当たりの部類だからそうそう風邪とかはひかないよ。でも、心配してくれるさぬきちゃんもかわいいなあ……。さぬきちゃんがもし妹だったらって昔から想像してたけど、うん、すごいイイ」


「……そう言えば聞きそびれていたんですけど、昔からそういうシュミだったんですか?たしか女装させたいとか言っていたような……。女の身体になった私にも思いっきり色仕掛け掛けてきてますし」


「うーん……ちょっと違うけど近いのかな?あんまり詳しく話して気持ち悪いって思われたくないから言いませーん」


「……かなーり気になるんですが」


「まあ、一言で表せば『天霧さぬき性愛者』ってところかな。あくまでさぬきちゃんだけが好きで、そこから派生した感じ……って、普通にこれ気持ち悪すぎるよね」


「聞いた手前アレですが、まあヒいてしまいました。ドン引きも良いところですよ。詳しいところを聞いたら顔に出る自信があります。……ちょっとだけドキドキしてなくもありませんがね」


 最後に言ったか細いその声、晴はバッチリ拾っていた。


「ん、ごめんね。それじゃあ、バイバイ。……私のこと、昨日より意識してくれてるんだね。嬉しいっ」


 そう言い終わると、晴はマンションをササッと出ていった。


「そりゃあ、アレは刺激強すぎますって」


 一人になった部屋の中で、さぬきは一人悶々としていた。


「しかし、どうしましょうか。次があったら理性が効く気がしないんですが。はあ、本当私ってざこですね。……いや、これは流石に」


 鏡に向かってざこざこ煽る想像をして、自分の発想に駄目出しをしてからパソコンの前で悶々としていた。


「……落ち着いてください。流石に姉との妄想で致すのは駄目でしょう。いや、姉とか家族じゃなく『ハル姉』を意識しちゃ駄目なんです。ああでも、あそこまで思われていたら今更軌道修正は難しいですよね。そもそも私たち二人は不老ですから相手を見つけても離別が近いわけですし……アレ?これって……」


 思考停止を一旦やめてみたら、『私が受け入れたほうが幸せにできるのでは?』そんな事実に気づいてしまった。


 さぬきの異能であれば、条件次第で不老に近い、あるいはそのものの特性を付与することも不可能ではないのだが晴の異能は第一段階のままだ。

 到底そのようなマネは不可能だろう。


 晴に変わってさぬきがその相手の寿命を延ばすにせよ、条件的に躊躇してしまうし不可能だと思われる。


 結局、必ずやってくる離別の苦しみを与えたくないならばさぬきが恋人になるのが一番なのだ。


 もっといい人はいるだろう。だが、それは人間として優れているだとか、性格が素晴らしいだとかそんなもの。


 ヒトと長命種の悲恋は物語では定番だったが、今の時代では現実でも起こりうるのだからタチが悪い。

 

「……考えなければなりませんね」

 

 そこで一旦思考を断ち切って、イラストを描き始める。

 今の時代では機能が充実したソフトによって、絵を描くことへのハードルが下がった。

 AI技術は様々な分野でかなりの範囲で規制されたことにより、ブームはとっくの昔に去ったが部分的な使用という形で定着はした。

 その機能による補助があっても、絵を描くことがほとんどなかったさぬきにとっては難しい作業だ。

 描き始めて大した時も経っていないこともあって、『絵の上手い中学生』程度の絵しか描けていない。

 

 だけど、色々やってみたくなったのだ。

 第四段階に目覚めて以降、かなり器用にはなったから。

 いろいろやりたいという気持ちが抑えられない。


 焦りとドキドキとムラムラを昇華させてゆき……その途中でドアベルが鳴った。


 気づけば夜の九時だった。


 ゾーンに入っていたわけでもない。没頭していたわけでもない。

 必要なことはやっていた。


 動画編集だけはサボっていたが……本来毎日投稿なわけでもないから怒られる心配はない。

 たまに休むことも今まであったし。

 今日は配信の日でもなかったし。


 だけど、現状必要のない作業に時間を掛けすぎてしまったかもと少し反省しつつ、ドアを開ける。

 誰が来たかはわかっているつもりだ。


「はいはい。お酒飲みすぎですよ。そういうの、体に悪いんですからね?」

 

 すっかり泥酔した史織がそこにはいた。

 前後不覚という様子はない。

 間違いなく体には悪いだろうが、元々酒にはすごく強いのは知っていたから酔ったことによる失態を起こすことの心配はしていない。

 ただ、体はちょっとだけ心配だった。


 己のような人間を心から慕う『都合の良い元後輩』が突然死なれては困る。


 さぬきとしては当たり前の、人としては最低に近い心配の仕方をしていた。


「いや〜、お部屋で飲みすぎていたら気分が良くて〜。おつまみとかも持ってきたので、一緒に飲みましょうよ〜。先生、酔い覚ましの魔法使えるんでしょ?」


 その言葉に呆れながらも、史織のことはそれなりに気に入っていたから利用し合う関係と思えば悪くないと心のなかでほくそ笑む。


 これが本来のさぬき。悪行を行うことはないが、性格が劣悪というのは未だ変わらなかった。


「それが目当てですか。まあ、魔法ではありませんが使えますよ。しっかし、酒は飲んでも呑まれるなって言葉を知らないんですかね?ざ〜こ♥」


「おお!?生のざ〜こだ!これはなかなかにかわいいわね。持ち帰ってもいいかしら?」


「それは簡便。というか隣ですからあんまり意味ないでしょうに」


「そりゃごもっとも。じゃ、おじゃましまーす」


 史織は普段より軽くなった足取りで、さぬきの部屋に入った。


 そして可愛らしいデザインのダイニングテーブルを囲んだ。


「……しかし、ふふふ。先生も隅に置けないわね。あんな美人さんを家に連れ込むなんて」


「美人さん?」


「すっとぼけても無駄だよ。すっごい美人さんを部屋に連れ込んで、一日泊めていたじゃない。このこの〜」


「あ〜……あの人は私の姉ですよ」


「……え?嘘。たしかに似てるっちゃ似てたけど……姉?なるほどね。あの若々しさは似たような異能を持ってるってとこかな」


「いえーす」


「でも、その割には距離感とか近すぎたけど?そういや先生って割とお姉さんの話を頻繁にしてたような……ふーん、なるほど?」


「勝手に納得しないでくださいよ」


「でも本当は?」


「あまり余計な詮索はしないでくださいよ。……私のチカラ、知ってますよね?♥実際は公表より多少強いんですよ。この国くらいなら軽く支配できるくらいにはね。神を自称してるのは伊達じゃないんです♥」


「ひえ……ま、まあそういうことにしといてあげる」


「それでよろしいです。まあ、知られたところでなんともですけどね」


「なら脅しかけないでよ……。やっぱり前よりフリーダムになったよね。わからせ中枢が刺激されるなあ」


「変な気は起こさないでくださいね?本気でどうこうする気はありませんが、酒を飲めないようにしてさしあげますから」


「……ちょっと悩むなあ。いろんな意味で」


 そうやって、夜は更けていった。

 さぬきは気づいていないかもしれないが、史織に対する態度も明らかに変わっていた。

 この飲みをそれなりの幸せとして楽しんでいた。それ自体がその証左だった。


ーーーーーー

そろそろ配信回の準備回が来る予定です。

四人目のヒロイン登場と、それに伴う薄いバトル要素があります。

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