第16話 次の段階
「……で、昔の部下の子を庇護下においたんだよね」
「ええ、はい。別に養っているとかではありませんがね。いわば名前を貸しているだけですよ」
何気なしに史織のことを姉に話した翌日の昼。
姉の晴が心配そうな顔をしてすっ飛んできた。
「……そう。うん、それはわかったよ。でも、ちょっと感心しないかな」
「それは、うん、はい」
「まあ、あまり期待しないでって言われた以上そういうことなんだろうけどね。……いろんな女の子に手を出すのは駄目じゃないかな?」
「や、それは……。藤原くんに関しては全くそういう意図はありませんし、唯菜さんとのアレはそういう営業ですから」
「ふーん?まあ、藤原さんに関してはそうなのかもね。今のところは。でも、絹川さんに関しては心を許してるように見えたけど?そこを責める資格は私にはないけど、ちょっと傷ついちゃったな」
「ご、ごめんなさい……」
晴に圧をかけられながら、さぬきはいつになく不安を覚えていた。
晴はきっとこうなるとわかっていて、からかって反応を楽しもうとしたりといった理由で詰問しているのだろうが、それでも。
「別に謝らなくていいよ。こういう経験もしたかっただけだから。恋人に圧をかける彼女ってやつを……ちょっとね。というか論点途中からズレちゃってるし、責める気は本当はないよ。うん、謝るのは私の方なんだ。……ええと、驚かせちゃってごめんなさい!」
その言葉に安心を覚えながら、肩をすくめて呆れた素振りをする。
しかし、晴は言葉を続けた。
「……本音をいうとね?ちょっとびっくりしちゃったんだ。前の姿の時は女の子からアプローチかけられても全く心が動いてなかったのに、女の子の姿になってからは逆に女の子に興味津々になってるからね」
「……」
実際は違う。心の余裕があったり、相手がかつてから尊敬していた相手だったりしたというだけ。
それに、晴の見立てとは違いまだそこまで意識しているわけではなかった。
以前の時点で多少の性欲はあった。別に強くはないし、むしろかなり少ない方だったろう。だが、確かにあるにはあった。
だが、他者を恋愛対象として意識したことはなかったし他人嫌いが発動して意識しようという努力すらしてこなかった。
いや、小学生までの時点ではそれなりに周りの女の子に心を躍らせることも一応あった。しかし、心が一度壊れてからはなくなったのだ。
しかし、異能の段階が進み、体も変わって、配信も始め、心境が変化したことにより世界の見方も変わってしまった。
体が変化した直後に晴に告白されたことによって意識が変革されたという面もある。
小学生の頃から止まっていたさぬきの時がようやく動き出し、それに伴い異性……もとい同性、女の子への意識ができるようになった。
しかし、やはり偏屈なので好みの幅は狭いし他人嫌いはまだ変わらない。
そこに尊敬と嫉妬心と純粋な好感をもっていた人間が明確な好意を持って近づいてきて、思いっきり好意を寄せられて、己のせいでいろいろと歪めてしまったことを自覚してようやく多少意識してしまった。
だけど、電話やレインこそ頻繁にするがリアルで毎日会うわけでもない人間の心の全てを読むことなんて、理解者である晴でもできるわけはない。
飛び抜けてハイスペックな訳ではないし、唯菜のようなタイプの異能を持っているわけでもないから当たり前だ。
だから、女の子になった途端逆に女の子に興味津々になった変わり者なんだと勘違いされているのだろう。さぬきの心のなかでは恥ずかしさが決壊しかけていた。
さらに深読みして見た目年齢的に思春期に入ったからなのかも?と思われていると想像して、勝手に顔が赤くなっていた。
状況だけ見てみればなかなかにおかしな話だったから、そう勘違いされてもおかしな話ではない……かもしれない。
「私にとっては好都合も好都合だけど、流石に驚いちゃった。でも……今ならこういうことしたらドキドキしてくれるかな?」
「ちょ、ちょっと……いきなり体を密着させないでくださいよ。そういう目で見てたって話聞かされた後だと、どうしても意識しちゃいますって。これは性別が変わった云々以前ですよ!」
晴はグイッと体をさぬきの側に寄せて、ぴとっと密着させた。
さぬきは顔を赤らめながら必死に抵抗の言葉を叫ぶが、力では抵抗していなかった。
「あ、そ、そうだよね……。これに関してはそうだよね……。でも、こんなに意識してくれるんだ。えへへ……ドキドキしてるの、聞こえてくるよ」
「もう、聞かないでくださいよ……!!!」
「あ、あはは、ごめん。……でも、ここまでちゃんと意識してくれてるなら、シてもいいかな?私の気持ち、さぬきちゃんに全部伝えたい……」
「……それは駄目です。ハル姉のことが嫌いなわけありませんが、だからこそ……。私よりもっといい人がいるはずですから」
「くすっ、そんな人はいないよ。仮にいたとしても、さぬきちゃんがいいの。……ねぇ、駄目?今回の関係だけで恋人になれって迫るつもりはないから、ね?」
そうはいいつつも、晴は今回でさぬきを落とすつもりだった。
第四位階に至った者の姉だからか、はたまた関係ないのかはわからないが、晴はなかなかに想念の化け物だった。
ここが想いが力為す世界であったならばきっと素晴らしい力を手に入れていただろう。
決してヤンデレだとか狂愛だったりの類ではないが、思いは一直線かつ非常に強固。
その分、それなりの年月を生きてきて、見た目も人生通して一切変わらず素晴らしかったのにも関わらず、異常なほどに一途であったために経験がない。
だから、テクニックがあるわけではないが……さぬきのことなら大抵はお見通しだ。
どこをされれば弱いか、どういうシチュエーションが好みなのかなどは反応を分析することにより一発でわかるだろう。
しかし、今回で堕とすという意思がさぬきにも伝わってしまった。
流石にわかりやすすぎたのだ。
「それでも駄目です。……むぅ、そんな目で見ないでください。ああもう、添い寝くらいは許してあげますよ」
しかし、肝心なところで折れてしまった。
悲しそうな目をすれば少しは折れてくれる。
さぬきは好感を持っている者……少なくとも自分からの押しには弱い。
そう晴は理解していた。
実際拒絶されて、姉妹だから当たり前のことだと思いつつも非常に悲しかったのは事実なので演技はせずとも良かった。ただ自然体でいれば良いだけ。
返答を聞き、晴は嬉しそうに笑う。
「やったあ!高校生になったあたりで拒絶されてから辛かったんだよ?……でも、今の状態で抱きしめられながら安眠できるかな?お互いに、ね?」
「……や、やっちゃいましたかね?」
晴が作った好物を堪能したのちに添い寝することになった。
……結果としては耐えきったが、強く意識することになってしまった。
愛の鎖に雁字搦めにされる未来は近いのかもしれない。
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