第15話 昔の馴染み
ピンポーンとドアベルの音が鳴る。
今は午後8時頃。郵便物を頼んだ覚えもなければ、誰かが来るという知らせもなかった。
そもそも、自宅に招く相手なんて今は姉と唯菜くらいだ。
姉の方は電話くらいかけてくるし、唯菜だって何かしら確認は取ってくるだろう。
少々不思議に思いながら、インターホン越しに相手の顔を見つめることにした。
「……ああ、あなたですか。びっくりしましたよ」
来ていたのは知った顔だった。
顔が赤らんでいるあたり酔っ払っているのだろう。
一見すました顔をしているし、そもそも普段から割と破天荒だし、思考は明瞭だろう。
しかし、酔っているのは間違いない。それも結構飲んでいると見た。
実際、なんとなく雰囲気でアルコールに酔っているというのは感じ取れた。
少なくとも第三段階の時点からそういうのはなんとなくで検知できるのだ。
とりあえず、ドアを開けてやる。
「これは久しぶりですね。ずいぶん酔っているみたいですが、何かやらかしたのですか?」
「ふん、やらかしたって前提で語らないでよ」
和風お嬢様といった風貌の美しい顔だち。
特徴的な姫カット。
女性にしてはやや高い身長。
一見凛とした雰囲気。
この女……『藤原(ふじわら)史織(しおり)』はかつて居酒屋チェーンにおいて部下だった存在だ。
本物のお嬢様だからプライドは高いし品もあるし教養もある。
だけど、頭の出来は正直よろしくなかったし、なによりポンコツ気味だった。
プライドが高いことが良い方向に影響したのか文句を言わずに働いてくれたのと、ちょっとしたきっかけのお陰でさぬきを慕っていたこともありそれなりに好印象だった。
いまでもうわべだけの友達付き合いを続けているくらいには気に入っている存在である。
最近はほとんど連絡も取っていなかったし、所詮はうわべだけの関係ではあるが、他の大多数の人間よりはマシだと位置づけていた。
「まあ、せっかくですし上がっていってくださいよ」
「そうやって私を『食べる』つもりなんでしょ?その手には乗らないよ」
「なら、なんでわざわざ訪ねてきたんですか?」
「ふふ、さすがに冗談よ。先生がそんなヤツじゃないってのは知ってるしね。それに、別に先生ならいいかなって思ってるしー」
「いやいや、今の容姿を見てくださいよ。この見た目はハリボテじゃないんですよ?……性別的にキツくありません?」
「べっつにー?先生って元々すっごく可愛かったじゃない。今はさらに可愛い寄りになっただけ。私という人間を受けて入れてくれたのは先生くらいだし。他に選択肢があるわけでもないし、今後出てくるとも思えないわけで……責任、取ってくれない?」
「はぁ……藤原くんほど可愛いなら、いくらでも受け入れてもらえると思うんですけどね」
「見た目しか見てないってんならまだいいんだけどね。それは私自身の魅力なわけだし。でも、金と家と見た目の三つを見て来るのが厄介なのよね。それでいて人格には見向きもされたことないからさー。……さすがにイヤじゃない?」
「む……それは私でも嫌ですね」
「でしょ?でも先生は実家に勘当されかけて、家柄も金もない、手入れも怠っていたから見た目すら陰っていた頃のポンコツ魔人の私を何度も助けてくれたよね?そのうえですっごく可愛い!そりゃ、意識するなっていうほうが難しいと思わない?」
「……普通は意識しないんじゃないですかね?私の元の容姿って小学生並みでしたよ?」
「あーもー。先生って優しいくせにこういうところははぐらかすわよね。部屋には入っていいのよね?なら入るわよ」
この言葉に『他人に優しいのは上辺だけなんですけどね』と心のなかで思いながらも、ちゃんと対応する。
メスガキというキャラクターを普段から意識しているため、前よりは雑な対応というか生意気な受け答えにはなっているが史織は特段気にした様子もなくニコニコしていた。
「ああ、はい。それは良いですよ」
いつもよりさらにおかしな子だなと思いつつも、さぬきは部屋に入れることにした。
そして第一声がこちら。
「……うわあ。配信では知ってたけど、本当にふわふわした可愛い部屋なんだね」
「あはは、引きましたか?」
「今更引きはしないよ。先生のおかしなところはいくつか知ってたつもりだし、ニュースで初めて現況を知った時は比じゃないくらい驚いたしね。配信見たときはびっくりどころじゃなかったよ。メスガキTS娘として配信者始めるとか先生にしては思い切りすぎ」
史織は椅子に座り、さぬきの顔をまじまじと見つめた。
「……どうしたんですか?まさか、惚れましたか?」
「惚れてる……のかな?それはわかんないけどそれなら元からかな。でも、こうやってまじまじと見るとすごい綺麗だなーって思ったのよ」
「それはどうもありがたく。今の私は世界一の美少女ですからね。ふふん」
「うわー。なんか尊大。それってキャラ付け?さっきも言ったけどいわゆる『メスガキ』だよね?」
「キャラ付けといえばキャラ付けですし、本音と言えば本音です」
「よくわかんないなー。まあ、それはいいや。ぶっちゃけ超カワイイしね」
「ふふふ……わかってるじゃないですか。それで、なにかあったので?いきなり訪れたということは、なにかしら思うところがあったんですよね?」
「やっぱりわかっちゃうよね。先生だし。……運というか、家柄のおかげで大手企業に就職できたのは知ってるよね?」
「たしか三年前でしたか。ええ、知ってますよ。実にめでたいことです」
「それは良かったんだけどさ……なんか才能あったらしくて結構出世できちゃったのよね」
「それの何が問題で?喜ばしいことじゃないですか」
「……じゃあ聞くけど、私に部下の管理なんかできると思う?」
「ああ、なるほど……」
さぬきの中にある史織の姿は、とても管理職には向かない記憶ばかりだった。
様々な方向に向けて少しだけ同情し、それから真面目な表情を作る。
「私は多分、使われる側が向いてるんだけど管理職に回されちゃったのよ。そのせいでいろいろうまく出来なくてこっちもストレスだし、下の子達も私という無能な上司を持って大変だし、上司はキツくは言ってこないけど私のせいで大変そうにしてるし呆れられてるっぽいのよね……」
「……もしや、辞めたので?」
「ううん。なんとか頑張って交渉して責任のない立場に戻してもらったよ。上としても私が管理職として想像以上に無能で困ってたみたいだから、適材適所にできるとあらば受け入れてくれたの」
「なら、良かったんじゃないですか?ワガママな気はしますが、それで心を病んじゃしょうがないですし」
「そうなんだけどね……。今度はちょっと和解した私のお父さんが怒ってきて、何たるザマだ!とか言い出してさ。毎日のように説教たれてきて非常にめんどくさいというか心が辛いんだよね」
「はあ……。まさか、私の家に転がり込もうとでも?」
「そのまさか!先生ならそこらの大金持ち程度下に見れるくらいの『格』があるでしょ?お父さんもへーこらすると思うのよね。穏便に済むとは思わない?」
「……呆れましたね。まあ良いでしょう。このマンションの隣の部屋、最近空いたことですし勝手に借りてください」
「えー?先生のお部屋で一緒に住めないの?」
「私は配信者ですよ?異性の影なんてものはないほうが都合がいいのです」
「今は同性だよ?」
「そういうことではなく……」
「うん、わかってるよ。先生の配信の邪魔はしないし隣の部屋を借りる。ただ、家族を説得する材料には使うけど、良いよね?」
「それは構いませんよ。……籍を勝手に入れるとかなら困りますがね」
「あはは、さすがにそんなことはしないよ。私だって最低限の空気は読めるんだよ。……本当、ありがとね」
そうして、隣の部屋にかつての部下が転がり込んでくることとなった。
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