第7話 モチベになれたら

「……世間ではこういうふうに受け取られているんですね。ふむふむ」


 PCの前で真面目な表情を作りながら、さぬきは自身の評判を確かめる。

 エゴサーチというやつだ。

 SNSのエキュスやインターグレードあたりはひと通り見た。

 今はネット掲示板を覗いている。

 ここは便所の落書きのようなことばかり書かれている日陰であるが、一応忌憚のない本音が聞ける場所でもあったから。


 様々なところで見た意見をまとめると……好意的な意見はますこんな感じだ。

『全然興味なかったのにロリコンになってしまうくらい見た目がかわいすぎる』

『声と喋り方が最高だった』

『属性過多すぎて好き』

『かわいさ全一』


 ネットにあふれる感想のだいたいは好意的な意見だったが、そうでないものももちろんある。それがこれだ。

 

『メスガキになる前の姿のほうが好みだった』

『メスガキ属性を押し出しすぎてTS娘感が少ないのがイマイチ』

『たしかに見た目はエグいくらい可愛いけど、属性が渋滞しすぎていて微妙』

『見た目的には似合ってるけど、35歳なのにガチのメスガキってのは痛すぎる』

『いくら可愛くても元おじさんは流石になぁ』


 これら以外にも様々な意見があった。

 

 なるほどと思う意見もあれば、そう見られるのか、と思う意見もあった。

 治しようがないなというものもあった。


 顔出ししてやっている完全なナマモノであるとはいえ、まるで二次元の世界から抜け出してきたような容姿や設定のせいかおかげか、イラストもこの三日間で大量に作られた。

 健全なものが流石に多かったが、年齢指定がつくようなものも結構あった。


 ジャンルやシチュによっては『使えそう』だと思うものもあった。

 ……18禁メスガキ界隈において王道のアレは、本人にとっては直視に耐えないものであったが。


 とりあえず、知り合いや友人には見られたくないと切に願った。

 上辺だけの付き合いとは言え、流石にキツすぎる。


 というか、配信自体見られたくない。

 実名でやっていて、大きくバズった以上バレるのは時間の問題と言うか、多分バレたりもしているのだろう。

 既に電話で大爆笑されたり、レインでのやり取りで色んな意味で心配されたりしている以上、現実逃避でしかない。


「割と好意的に見られているようで良かったです。ウケるかどうか、かなり博打でしたからね。うわきも、で終わっていた可能性もあります……寒気がしてきました」


 しかし、実際には成功に終わった。だからあとは突っ走るだけ。


 次の配信は今日の20時からだ。

 毎日配信したほうが良いのかもしれないが、それでは義務になってしまいそうで嫌だった。


 配信とは別に好きななにかの解説動画や、ゲーム実況動画、しょうもないコント動画的なものも趣味として投稿するつもりだ。

 その中でもゲーム実況に関しては、シリーズが完結するまで毎日投稿とかは考えていたが、配信を毎日するとかは考えていなかった。


「……暇つぶしになにか動画でも見ますかね。研究に付き合っていない時は暇で仕方ありませんよ」


 第四段階に覚醒した今、研究に付き合うことは半強制的なものになっている。

 しかし、その頻度は決して高くないし、凄まじい大金ももらえるので、別にまともに働く必要がないのだ。


 研究内容については、能力の性質的に激しい痛みを感じるようなものもたまにはあるが、それくらいなら金のためと思えば軽く我慢できる程度のもの。

 しかも、やりたくないならやらなくていいという選択肢まで用意されていた。

 

 第三段階の時点でここまでではなくても大金はもらえただろうから、『気づけていたら』あんな居酒屋で働く必要はなかったと思えてきた。

 だが、そうやって生きていたら……ここまで追い込まれて第四段階に至ることはなかっただろう。

 追い込まれた事自体は最悪としか言いようがないが、得られた結果については大大大満足できるものだったから、これで良かったのだと考え直していた。


「このチャンネル、やっぱりいつ見ても面白いですね。知識とネタの豊富さが本当に素晴らしい。メンバーシップ入りましょうか?興味深い限定動画も多いみたいですし。……入ってしまいましょうか。金ならいくらでもありますから」


 そんなふうに、動画サイトを巡回していく。

 その途中、かなり喜ばしいことを知れた。


「……おっ、投稿再開するんですね。社畜時代に縋っていた思い出のゲームを延々擦ってくれていたから、このチャンネル大好きなんですよね」


 二年間投稿がなかったチャンネルが、投稿を再開していた。

 内容は、とあるゲームをコンセプトを持って攻略したり、それを機械音声で実況するというもの。


 他のゲームをやることはほとんどなく、そのゲーム一筋。

 プレイスキルも卓越しているのに、ロールプレイや創作ストーリーまで完璧。

 再生数としては普段は1〜3万。それなりに伸びたシリーズは13万。本気で調子が良い時は20万超え。時流に乗れたりなどの要素があって爆発的に伸びた単発動画が874万回再生だ。

 爆発的に伸びた動画を除けば、結構な人気がある投稿者と言った感じだろう。


 さぬきはその投稿者のファンだった。


 だからこそ配信を始めたという面もある。

 緻密に、完璧に、大胆に、丁寧に作った最高のクオリティの動画であるのに、特別伸びたシリーズで安定して20万再生されるのが限度。

 ――こんなに面白いのに、ここ止まりなのか。

 悔しいとすら思ってしまった。

 

 20万再生というのはたしかに凄いことではあるが、自分にはこんな動画は作れないからやれても3000再生が良いところだ。

 それならば、アドリブや己自身のキャラクター性で勝負する配信のほうが向いていると思った。

 やりたいことも配信のほうがしやすい。チヤホヤされたいという目的もあるから、自分でやるなら生の声援を聞ける配信のほうが好きだ。


 それはともかくとして、興味の向くままに動画を開く。


 今回のコンセプトはこのゲームにおけるネタキャラを、キャラの初期装備から変更せず、能力も上げたりせずそのまま操作して因縁のある大ボスの一体を倒すまでというものだった。


「……え、は?」


 しかし、動画のコンセプトの説明が終わった直後、思わず思考が停止してしまった。


 機械音声ではなく、投稿者と思わしき人間の肉声が発せられていたからだ。

 ……しかも、声はかなり可愛かった。


 どうにも、今回からは肉声で動画を上げるらしい。

 顔出しはしていないし、アバター的なものも存在しない。

 ロールプレイも継続するという。

 しかし、どうしてもショックを受けた。


 世界観に浸れるから機械音声のほうが良かったのだ。

 声をコロコロ変えられる人なんてめったにいない。そういう異能でもない限り、まず難しいだろう。

 だから、ある程度キャラに寄せられる機械音声のほうが良かった。

 たまに出てくるセリフに感情がこもり過ぎなネタ音声も好きだった。


「これも時流ですか……」


 そう思ったが、今後も視聴は続けるつもりだった。

 もしかしたらそのうち路線を戻すかもしれない。それに期待もしているし、声自体はかなり可愛いから、良く似た別モノとして捉えればよいだけだ。……それは流石に不誠実だと即座に考え直す。


 そう思って動画を視聴し続ける。最後まで面白さが詰まっていた。

 やっぱり、面白いことには変わりがない。まだ応援していた甲斐があったと思った。……が、コメント欄を見て血が凍った気がした。


『天霧さぬきちゃんが可愛すぎたので初投稿です』

 

 固定されていた投稿者コメント。

 もしや、と思い概要欄を見てみる。

 ……そこには、『天霧さぬき』を見て投稿するための熱が再燃したということと、彼女が思う『天霧さぬき』の魅力。コラボを夢見てとりあえず第一歩として生声にしたということ。

 それらが、いわゆる怪文書のような熱量を持って長々と綴られていた。


「これは……」


 好きな動画投稿者の望んでいなかった路線変更の原因は自分だった。しかし、投稿を再開したのは自分のおかげ。


 それが一番のショックだった。

 だけど、今後のことを見据えると二番目にショックだったことのほうがよっぽど重要だった。


 ――この子は己とのコラボを望んでいる。……まさかのことだった。

 

 熱量が強すぎて明らかにやべーやつにしか見えない。もともと、動画の内容も明らかに手が込みすぎていて、『神憑っている』ように思える時もあった。

 この怪文書がなくても、変人のたぐいだとは確信していた。


 だが、変人と言っても断る選択肢はなかった。


 声が可愛いと言っても、そういう目的でコラボを決めたというわけではない。

 見た目が可愛いかはわからないし、可愛かったとしてもそこは論点にならない。


 彼女にはずっと面白い動画を作り続けていてほしいので、そのモチベになれるのならば身を差し出しても良い。そういうことだった。

 だけど、変人を相手にするのは疲れるし、色んな意味で『ジャンル違い』過ぎてもろもろが噛み合うかも不安。


 視聴者に求められているコラボとも思えない。というか元々コラボなんてものをする予定はなかった。


「ですが……するなら、早めにですね」


 確信しているのは、己がこのプラットフォームにおいて強くなりすぎるか、それとも圧倒的な格下になるか、そのどちらかが確定しているということ。


 理論立てて考えたわけじゃない。『神憑かり』ならぬ『神本人』による直感にすぎない。


 だが、それは容易く想像がついた。

 コラボはある程度パワーバランスが拮抗している相手としたほうが良いだろう。


 将来的にはキツイと思う。

 

 だが、今なら……爆発的に伸びているとは言え、今後のやり方によっては一過性になる可能性も高い。

 対して、この子には結構な実績があるとはいえ2年間という長い空白期間がある。


 それならば……。


「誘い、かけてみますか?」


 二回目の配信、『メスガキおじさんの隙あらば自分語り配信』が終わった直後、アタックをかけることにした。

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