第8話 海は幅広く、無限に広がって流れ出す
どうしようもなく心惹かれてしまった女の子の配信が終わった。
余韻にひたり、脳に籠る熱を開放する。こうしないと、きっと興奮しすぎて眠れないと思うから。
その最中、エキュスにダイレクトメッセージが届いた。
……正直怖い。私は心が弱いから、コメント欄を開くだけでも心がざわつく。
メンタルが弱いからこそ、応援してくれる視聴者たちを裏切ってまで大好きな動画投稿をやめたのだ。
だけど、二年間休んでいたのにいきなり動画を投稿してこんなすぐにここまでの行動をしてくれるならば、きっとファンだろう。
だけど、大幅な路線変更もしてしまった。そう思えば、ファンメッセージとも限らない。
ああ、怖いなぁ……。
怖いけど、見ないわけにもいかないから開くことにした。
『天霧さぬきと申します。夜分遅くにすみません。……配信は見てくださっていたでしょうか?』
まさかの相手だった。
……本物なワケがない。おそらく、あの文章を見て悪ふざけした視聴者が居るのだろう。
だけど、アカウントを見てみると……本物だった。よくよく見れば、相互フォローしていた。
私がフォローしているアカウントは、大好きなゲームの公式と、制作会社。そしてさぬきちゃんだけだったから。見間違えようがない。
……え?相互フォロー?なんで?私のことなんて知ってるはずないよね?慌てて自分の新作動画の視聴数を確認してみたけど、まだ一万にギリギリ乗ってない。
さぬきちゃんへの恋文が、何らかの形でバズったわけでもないみたいだ。
ど、どういうこと?
ずっと返信しないのも悪いから、なにかメッセージを返そうかと思ったけど、愛が溢れすぎて気持ち悪がられそうだったから書いては消して書いては消しての繰り返しになった。
「ど、どうしよう……なにか書かなきゃ……」
そもそも、あの恋文を書いたのは配信二回目どころか一回目だった。その時点であんなことを言う女なんてドン引きものだろう。
私がさぬきちゃんについて知っていることなんて、見た目や生い立ち、どんな力を持っているかや特徴的な喋り方くらいだ。表面的なところしか知らない。
――少なくとも、さぬきちゃんはそう思っているだろう。
実際にはそのダウナーで疲れを感じさせる非常に性的な雰囲気や、メスガキという人格が演技ではなく本当であるということを察している。
異能によるものだ。本来ならばさぬきちゃんほどの異能者の心など読み取れないはずだったが、なぜかさぬきちゃんに関してだけは他人より深く知ることができた。
心を可視化できるのだ。それによってその人がどんな人間か、本当にそう思っているのか、嘘をついていないか、騙そうとはしてないか。それがわかってしまう。
オンオフはできるけど、見たくないものほど見てしまうのが人のサガ。
「あ……これ駄目なやつ」
己の思考に没頭してしまったみたいだ。こうなってしまえば、しばらく他人の声など聞こえない。
……できるだけ速く終わらせるために、脳内をフル稼働させなきゃ。
話を戻そう。……こうして私は引きこもりになってしまった。人間の醜さを、知らなくていいのに知ってしまったから。自業自得といえばそうだ。だけど、そんな力があったら見たくなるのが自然だから予定調和ともいえた。
……だけどついこの間。さぬきちゃんの心を見た時、思わず呼吸するのを忘れてしまった。本当に、呼吸の仕方そのものを忘れたのだ。
あの時は本当に死にかけた。まさか、こんな心があるとは思っていなかったから。
見ただけで絶望感を覚えそうになるほどどす黒く醜く淀んだ部分がまず目についた。
そういう人は稀にいる。もっとひどい心を持った人間も数人見てきた。
だが、次の瞬間、光り輝く太陽のように明るく、見ているだけで癒やされる部分を見て天地がひっくり返る。
そして、全体像を知った。心の形は海のように広がっていた。どこに住んでいるのかはわからないけど、私の体を包んでいたというのは信じ難かった。
私と同じく東京に住んでいたと仮定する。そして、隣の部屋にいるとまで想定しよう。
だがそれでも、そこまで届き溺れさせるような心を持っているのはあり得なかった。
そして、外を見てみると……心は天地すべてを包み込んでいた。
白と黒にはっきり分けられている部分もあれば、混ざり合っている部分もある。
配信内で自身のことを法を流れ出させる神だと自称していたけど、真実のように思えた。
そして、その時から他人の心の醜さが気にならなくなった。
さぬきちゃんの黒の部分より淀んだ人もいた。さぬきちゃんの白の部分よりも太陽のように輝いていた人もいた。でも、あんな極端な二面性を持った人はいない。
それでいて、己が狂ってしまったのかと錯覚するくらい広い……というより巨大な心を持っていたのだ。
ショック療法的な感じで感覚が壊れたのかも知れない。
……ふう、なんとか落ち着いてきた。現実にだんだんと思考が戻ってこれた。
そして、詳しいところをくまなく知りたくなった。
記憶を探れるわけではないけど、心のあり方はああいう抽象的な感じではなく、詳しく知ることもできるから。
そして、惹かれてしまった。恋でもあり、神に対する信仰でもあり、アイドルに対する熱狂でもある。チカラも、瞬時に第三段階へ進んでいた。
ちょうどいいところまで考えられた。時間にしてジャスト1分。チカラが覚醒したことで没頭を多少コントロールできるようになれていてよかった。
完全に話を戻せる。
だけど、さぬきちゃんはそんな事を知る由もない。
なぜか唐突に限界オタクになったやべー女でしかない。
それなのに、なぜ?……もしかして、昔視聴してくれていたとか?
……信じられないけど、多分そうなんだろう。
アレ?というか、この状況って推しに認識されているってことだよね?
というか、密室でふたりきりで話しているも同義……!!!
……行けるかな?行けるよね?行って大丈夫だよね?
あまりにも冒険しすぎた。……私は、通話ボタンをクリックしていた。
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